アンドレイ・ルブリョフ

劇場公開日

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解説

ロシア美術史上、不世出の天才画家として有名なアンドレイ・ルブリョフの波欄に充ちた生涯を描く。監督は「僕の村は戦場だった」のアンドレイ・タルコフスキー、脚本はタルコフスキーとアンドレイ・ミハルコフ・コンチャロフスキー、撮影はワジーム・ユーソフ、美術はエウゲニー・チェルニャーエフ、音楽はビャチェスラフ・オフチンニコフが各々担当。出演はアナトリー・ソロニーツィン、イワン・ラピコフ、ニコライ・グリニコ、ニコライ・セルゲニフ、ニコライ・ブルーリャーエフ、イルマ・ラウシュ、ユーリー・ナザーロフ、ローラン・ブイコフなど。オリジナル版は205分。

1969年製作/186分/ソ連
原題:Andrei Rublyov
配給:東和

ストーリー

〈第一部・動乱そして沈黙〉一四〇〇年。降りしきる雨の中、三人の僧侶が田舎道を急いでいた。アンドレイ・ルブリョフ(A・ソロニーツィン)とキリール(I・ラピコフ)とダリール(N・グリニコ)は、モスクワのアンドロニコフ修道院の同じ僧房で神への奉仕と絵画の修業に十年近い歳月を過ごした研鑽の仲間たちである。三人は雨やどりで立ち寄った丸太小屋で陽気な旅芸人が、富裕階級の聖職者の道徳的廃退を面白おかしい物語にして歌い踊るのを見たが、途中で一度キリールが小屋から姿を消した理由をアンドレイもダリールもそのときは気づかなかった。いきなり三人の騎兵隊がきて旅芸人をムリヤリ連れ去ったのはその直後のことだった。支配階級への民衆のささやかな抗議はいつもこのようにして圧殺されていたのだ。一四〇五年。ある旅の途中で、キリールはフェオファン・グレク(N・セルゲエフ)に出会った。乞食坊主のような風態ながら、この男こそ国にならぶ者なきイコン(聖像画)の名匠だ。自分の画才がアンドレイにはるかに及ばぬことを知っているキリールはフェオファンに取り入りモスクワの寺院にイコンを描く仕事をもらうとそのための大公からの招請状を自分にあて修道院へ届けてほしいこと、それもアンドレイの見ている前で自分に手渡してほしいことを約束させたが、意外にも大公から届いた招請状はアンドレイあてであった。賢明なフェオファンはいち早くキリールの魂胆を見抜いたのだ。落胆と憤懣からキリールは逆にアンドレイを出世欲のかたまりと決めつけ、宗教界の堕落を罵って、僧職を捨て俗界へ飛び出してしまった。一四〇六年。モスクワでのアンドレイの新しい生活が始まった。弟子たちの協力を得て彼は連日寺院の白い壁に向かったが、絵筆は一向に進まなかった。ペストがはびこり、飢饉がうち続き、民衆が年貢の高さに苦しめられながらしかもなお、無為な生活に甘んじているという現在の暗黒世界は早く終わらねばならない、そして人間は自分たちの力で地上に幸福を作りださねばならない--そう信じているアンドレイには、たとえ「最後の審判」を壁画にするにしても、今までのように古い伝統をそのままなぞってキリストや使徒たちの周囲に地獄の釜ゆでの残酷な光景や悪魔の恐しさをただ毒々しく彩って描くことが耐えられなかった。彼が描きたいのは“愛”であった。忍耐と寛容に充ちた神の愛なのであった。 〈第二部・試練そして復活〉一四〇八年。タタール人の突然の襲来はその頃であった。大公と公弟の争いに端を発したこの襲撃はロシア国内を地獄図に変貌させ、塁々たる屍の山を築き上げ、寺院をも血の海にして火を放った。殺戮の嵐が通りすぎたあと、生きて堂内に残ったのはアンドレイと彼が助けた知的障害者の少女(I・ラウシュ)とフェオファンだけだった。アンドレイが絵筆を捨てる決意をしたのは、その日である。少女の生命を救うためにせよ人をひとり殺してしまったことが彼の心をさいなんだからだが、理由はそれだけではなかった。同じロシアの土地で同じ信仰のもとに生きる者同志がなぜこのような殺し合いをせねばならないのか? もはや彼は人を信ずることが出来ず、ただ労働に生きる決意をかため、アンドロニコフ修道院へ戻っていった。一四一二年。大飢饉が三年も続き、長い冬はいつまでも終わろうとしない。そんなある日、キリールが修道院へ戻ってきた。彼はかつての醜い出世欲とも無縁の人間になっていたが、旧交が戻った彼の前でも相変わらずアンドレイは言葉を知らぬ者のように無言の行を守り続けていた。一四二三年。ロシアはなお暗黒の中にあったが、その底に秘めた生命力を諸外国に示威するため、大公は教会の頂きに飾る巨大な鐘の鋳造を技術者たちに命じた。しかしその鋳造の名人と言われた男はすでに死んでいて、そのひとり息子ボリースカ(N・ブルリャーエフ)が生前に父から秘訣を教えられたと主張するのを半信半疑ながら、彼をリーダーに、ともかく作業が開始された。まず最良質の粘土さがしから始まり、それを固めて作り上げた鐘の鋳型に、これまた彼ら自身の力で築いた溶鉱炉から銅を流し込むまで、技術者たちの不眠不休の努力は、まさに生命をけずる凄まじさで、ことにボリースカの創造への情熱は狂気じみて凄絶だった。その少年の姿を沈黙のうちに見守るアンドレイの瞳にも感動の色はかくせなかった。ようやく完成した大鐘が各国からの使節団の前で、ロシアの大空に高らかな音を鳴り響かせたあと、大地につっ伏して号泣する少年にアンドレイは初めて近寄った。「父が鋳造の秘訣を教えてくれたなどといったのはウソだった。ただ鐘を自分で作りたくて……」。無邪気な少年にかえって泣きじゃくるボリースカを抱き寄せて、アンドレイはやさしくいった。「泣くことはない。お前は立派にやりとげたではないか。私はもう一度絵筆をとってお前と一緒にやっていこう」。十五年ぶりに彼の口から出た言葉だった。古代ロシア美術史の今も燦然と輝くイコン美術の巨匠アンドレイ・ルブリョフの偉大な画業への出発は、実にこの瞬間から始まったのであった。

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映画レビュー

3.0何を感じるか・・

2020年12月27日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

一貫して、人間の良くも悪くも多面的な要素を描き、
観る側の受け取り方を試される映画でした。

私個人としては、心の奥までは届かなかったです・・・

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タクロー

5.0偉大なるふたりの芸術があいまみえる瞬間

2020年4月19日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

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悲しい

知的

実在したイコン画家アンドレイ・ルブリョフの伝記。15世紀初頭のロシア、暴力と飢饉が民衆を苦しめる乱世。天才イコン画家アンドレイ・ルブリョフの苦難の道を、天才映画作家アンドレイ・タルコフスキーの芸術性が辿る。ルブリョフの人生、鐘造りの少年の生き様、タルコフスキー監督自身の芸術映画造りの苦悩も投影されている。そしてとうとうエピローグで、ルブリョフの芸術とタルコフスキー監督の芸術があいまみえる。イコンとカメラが対面する。

途轍もなく重厚な映像芸術。タルコフスキー監督の芸術性が正にイコンさながらの繊細さで張り巡らされている。映像と内容共に繊細で奥深く、泥臭くて味わい深い人間らしさもあり、涙無しには観ることが出来なかった。そしてタルコフスキー監督らしい神がかった映像美と音響の使い方。残酷描写の描き方にも妥協を許さず、その完成度の高さには目を塞ぎたくなる程のリアリティがあった。

アンドレイ・ルブリョフとアンドレイ・タルコフスキー。偉大なるふたりの芸術の対面にこれ以上なく感性が刺激された。

念願の劇場にて2度目の鑑賞。改めて観ても最後の章「鐘」が素晴らしすぎる。忍耐、努力、責任、怠慢の反対=愛。少年が責任を背負って、生きるチャンスをモノにしようと挑戦し奮闘する姿に涙が出る。タルコフスキー監督はこの章で主人公をルブリョフから少年に変えた。その少年にタルコフスキー監督の若き日の芸術映画造りの苦悩が投影されている。職人達の血の滲むような努力と、誰もが避けたがる責任を自ら背負い絶望の淵から再起をかけた少年の生き様。その地味ながらも質素で泥臭くて慎ましくて真に美しい光景に、生の真髄を感じる。その光景を遠くから見守っていたルブリョフも若き日の自分を思い出し、苦悩の果に光を見出し、再起を決意する。全体的にもそうだがこの章はタルコフスキー監督の神がかった芸術性が特にほとばしっている様に思えた。水に馬に犬に鏡に火、タルコフスキー監督の美しすぎる描写も全編を通して存分に味わうことの出来るタルコフスキー監督初期の大傑作。

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バンデラス
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