ミッドナイト・イン・パリのレビュー・感想・評価
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映像は綺麗
パリの街並みが美しく映像を楽しみたい人にはもってこいです。
内容は文学・音楽・哲学・美術に対して造詣のある方は楽しめるかもしれませんが僕のような学のない人間には退屈極まりない内容でした。
過去にいた偉大な芸術家をデフォルメして(やや小馬鹿にして)出演させているあたりはこの監督の得意とする下品な演出方法でしょう。
他の方のレビューを見るとコメディとして楽しめるということでしたが学がないと価値が分からず逆にその芸術家を知っていれば馬鹿にされているような気持ちになり、全く評価できません。
内容はありきたりでこれといった主張を感じません。
辛口で申し訳ありませんが割引がない日にはいかない方がいいです。
現在に生きるためのファンタジー。
ウディ・アレン監督作品は、どちらかと言うと私は苦手。
でも、この作品は、ロマンチックなファンタジー要素が程良く、とても居心地の良い作品だった。
婚約者のイネズと心のすれ違いを感じたギルは、真夜中に一人散歩に出る。
午前0時の鐘の音と共に現れた旧式のプジョーに乗り込むと、そこは何と1920年代。
その1920年代で、ギルの目の前に現れるのは、彼が憧れ続けている著名人達。
フィッツジェラルド夫妻、ヘミングウェイ、コール・ポーター、ガ―トルード・スタイン、ピカソ、ダリ、マン・レイ、ゴーギャン、ロートレック、ベル・エポックたち。
そんな著名人達のそっくりさんぶりが、とても楽しい。
詳しくは知らないけれど、きっと、そんな人だったのだろうな~なんて素直に思える。
ある人には、作品のアイディアを教えたり、
ちゃっかり、美人と淡い恋をしたりしてね。
タイムトリップは、まるで魔法のようで、とても気持ちが良い。
古き良き時代を十分に堪能できる。
絵画を切り取ったかのような映像も綺麗だった。
魔法話のラストもステキだった。
オーウェン・ウイルソンのコメディも良いけれど、こんな作品も良いね。
軽い映画だった
最近のウッディアレンの地味なサスペンス映画はWOWOWなどで見ていて、けっこう面白かった。今作は町山智浩さんが絶賛していたのでとても楽しみに見に行った。
軽い乗りでタイムスリップしてしまい、過去のセレブと軽く出会って軽く交流するとても軽い映画だなーと思って軽く受け止める事にした。毎週、日曜美術館を見ていた事がこんなところで活きるとは思っておらず、ちょっと得した気分になった。ヘミングウェイは『老人と海』しか読んだことがなくて、重要人物として登場したフィッツジェラルドは全然知らないので、残念だった。
主人公がシナリオの仕事に飽き飽きしていると不満を漏らすのは、仕事があるだけいいじゃないかと腹立たしかった。パリに対する愛情は伝わったけど、パリに行きたい気分には全くならなかった。それと同じく20年代にもあんまり行きたくなかった。オレが行きたいのは日本の70年代の東京です。
パリふれあい街歩き。
"今"しか生きる事が出来ない決定的な悲哀と,
見渡せば豊穣な歴史が埋もれている"現実"を,
抑制を効かせたウィットに富んだドラマで,
映画マジックに陶酔させてくれた。
人生の豊かさにブラボー!
好奇心とロマンチックに溢れていて,素敵としか言い様が無い。
上映後,館内を出て世俗にまみれるのがイヤになるほどの幸福感!
深く考えないで
ウッディ・アレンの映画は、決して深く考えちゃいけない。
まあ、コメディだからというのもあるけど、
それだけじゃなく、なんか弛緩させてみるのがいいと思う。
あんまりマジに考えすぎると、どうしても変なことが多すぎて、
ちょっと、それはないだろうとなっちゃう。
ウッディ・アレンの好き嫌いもそんなとこにあるんじゃないか。
そうだな、頭の深度70%くらいを使うのがちょうどいい。
頭脳深度70%に、ぴったり合ったのがこの映画。
全然、気の合わないフィアンセ
(なんで彼女とくっついたんだと思ってはダメ)
突然、20年代にワープ
(なんでだ、おかしいよなんて考えてはダメ)
当然、現れるパリの作家や画家、音楽家
(ややステレオタイプだが、似ている。笑わせる)
悠然、と現れるパリの恋人
(マリオン・コティアールが小粋なパリジェンヌです)
夢と現実を行きかうパリのミッドナイト。
「曖昧模糊」を洒落て、魅せた映画といえるだろう。
ウディ・アレンは苦手ですが・・・。
昔、誰かが書いていたことです。「ウディ・アレンの映画が本当に理解できるのはニューヨークに住んでいるユダヤ人だけだ」。なるほどな、と思いました。やや大袈裟な身振り手振りで台詞を早口にまくしたてる主人公。笑いを観客にせびるような安っぽい演出。皮相的で衒学的な会話が延々と続く・・・。今まで、20本以上、この監督の映画を観てきましたが、劇場内で起こる一部の観客の笑いにいつも違和感を覚えてきました。全然、笑えないのです。「アニー・ホール」も「カイロの紫のバラ」も笑えませんでした。色々なアイディアを持った監督であることは私は認めます。しかし、そのアイディアとは、ごく狭い範囲の人々にしか通じない限定的なものなのです。しかし、今回の作品は娯楽作品としては上々の出来である、と思います。殊にヘミングウェイが争いごとが好きな単純なマッチョな男として、描かれていたことに、この監督とヘミングウェイの微妙な距離感が看てとれます。とにかく、この映画は「ギター弾きの恋」や「マンハッタン」と同様にウディ・アレンを苦手とする人にもお薦めできるものです。公開二日目、渋谷のル・シネマで観てきましたが5割程度の入りでした。もう少し、客が入っていてもいいのではと思いました。最後になりましたが、私が一番、笑った映画はジョン・ランディス監督の「ブルース・ブラザース」です。
文藝好きにはたまらない作品
もし自分が主人公だったらなあ~~!!☆=
と、思わずにはいられない作品です。
たくさんの作家や画家が出てきて、特徴をよくとらえています(笑)
正直を言うと、恋がどうこうの点には、
あまり魅力を感じませんでした。
やはり、美しいパリや、芸術家を見たい方におすすめです。^-^
蛇足ですが、滝川クリステルさんが写真集で紹介していた、
シェイクスピアの本屋さんの本物(??)が見られたのが
プチおいしさでした。
アレン作品は苦手!という方も、これはいけるのでは??と思います!
結局不倫かよ(笑)
1920年代にタイムスリップしてしまう小説家の話。
映画はヘミングウェイ、ピカソ、ダリ、ゴーギャンなど過去の芸術家が次々登場。その辺文学やら美術やら詳しくないと、この映画は見る価値がない。
俺みたいに「ピカソの名前なら知ってる」程度の知識だと退屈そのもの(笑)
時空を行ったり来たりのストーリーはぶっちゃけありきたり。個性的なキャストと独特なジャズナンバーは面白いが、映画自体のアイデアは乏しい。
何より結局安い不倫で締めるクライマックス。ラストで新しい出会いにニコニコしてた主人公が失笑もの。
うまい!
アメリカで観ました
アレン氏のシナリオはおしゃべりが多くてシンドイのですが
それは
百歩譲って
設定、展開、込められたメッセージ
良く出来ています。
人生のパートナーを選ぶ条件は色々ありますが
最期のシーンは
その一つとして
素敵かもしれません。
ラブコメディーという宣伝ですが
コメディーではないと思います。
造詣がある人には極上の映画ですので
そういう方は是非、ご覧ください。
おすぎさんだけではなくて、きっとみんなが好きになれる最高の映画です!
グリム兄弟が描いた「シンデレラ」はミッドナイト=12時になると魔法が消えてしまうが、
ウディ・アレンがパリに仕掛ける魔法は、ミッドナイトから幕開けだ!
オーウェン・ウィルソン演じるジルは婚約者イネズ(レイチェル・マクアダムス)の両親に誘われて憧れのパリに4人で訪れる。
ジルはイネズに確かにラブラブだが、ブルジョア育ちの彼女とは生活感がどうにも相容れない。
そんなジルとイネズとその両親を交えたパリのレストランでの会話は、またいつものウディお得意の辛辣なユーモア溢れるセリフが機関銃の様に連発されるのだ。ネタバレになるのであまり多くは語れないけれど、決して噛み合う事の無い議論がジルとイネズの父の間で交わされる。こんな人間関係で結婚の行方はいかに?と思っていると怪しくも、イネズの大学時代の先輩が奥さんと共にパリへ来て偶然遭遇。ここからまた新たな人間関係が成立してゆくと言う話だ。
そして、ハリウッドで脚本家として成功を収めているジルは、生活の為にチープで詰まらない映画の脚本はもう書きたくない。そこで、彼はパリに移住し、小説の執筆を始め、人生の再出発を結婚を契機スタートさせようと夢見ているのだ。
作家は皆子供だと言うセリフが出て来るが、芸術家とは、創作活動に専念するため、現実的な日常の糧をどうするかと言う金銭感覚を持ち合わせて生活を考える人は少ないようだ。
ジルは、ひたすらパリに恋して、パリの街を彷徨い、20年代のパリの芸術家に憧れているとミッドナイトの魔法が、ジルの願いを叶えて、彼はヘミングウェイや、ピカソ、フィッツジェラルドと出合い、様々なアイディアや助言を持ち帰り、執筆にのめり込んで行くと言うお伽話だ。
ウディの創作する脚本は、どれもドギツイユーモア溢れる機関銃の様なセリフの連発でその時代と人間を風刺してきて、そのテンポの良いリズム感と、音楽のセンスのすこぶる良さも相まって、彼の映画はいつも人生を踊り明かしているような軽快なリズムを放ち、観客を楽しませてくれているのだ。
そして、今回はパリの魅力溢れる街並みを存分に味わい尽して、そしてまた、20年代、更に時代は過去へとタイムスリップして行き、遠く昔の芸術家達との交流を通して、ジルは作家としての観察眼により磨きがかかり、自分の作品に対して自信を付けてゆく!
ウディの作品は早送りの様な会話のテンポのリズム感と尖がっているセリフが大好きな私であるが、先日「人生万歳」を観ていて気が付いたのだが、彼の映画の魅力とは、ヘソ曲がりで偏屈で悲観的に世の中を色眼鏡で眺める人物が登場する事で、常に世の中を風刺して、愛などは、幻想に過ぎない一時的なビジョンであり、真実の愛など続きはせずに、夢に過ぎない、儚い生活こそが、人生の本質であると語っている事が、コメディアンである彼の生き方だとズーッと思っていたのだが、そうでは無くて彼は全くその逆で、ロマンチストでヘソ曲がりでも無く常にお冠真直ぐなキャラの持ち主だったと気が付いた。そして彼ほど人間好きで、人間の良さを表現しようと常に挌闘し続けている作家はいなかったのだと言う事に、遅まきながら今にして気が付いたと言うわけだ!
きっと皆さんは前からとっくにそんな事は解っていたのだろう!
また1つウディの魔法が明かされた気がして、ハッピーな気分を味わえた!
試写会で一足先に魅せて頂いた私であるが、映画館で、また再度観ようと思っている!
懐古趣味に浸らず現実に立ち向かっていくメッセージに共感しました。
なんて素敵にパリのエスプリに酔わせてくれる作品なんだろうと思いました。オープンニングからして、パリの町並みを、朝からミッドナイトまで、音楽を交えながら切り取って映し出しています。その美しい映像には監督のパリに憧憬する思いがたっぷり込められているように思えました。
ある意味でフランス映画よりもフランス的。きっと外国の監督の方が、フランスのいい面をよく見ているのかもしれません。それは日本でも日本文化を研究している外国の方の法が感性が研ぎ澄まされているのと一緒です。
そして、本作では主人公のギルが5度もタイムスリップして、フランスの著名芸術家や文人たちと交流するというファンタジーとなっています。なぜタイムスリップするのか全く説明がない中で、毎日決まった時間に迎えが来る古めかしいプジョーに乗車するだけで、1920年代のパリにワープしてしまう設定は、少し間違えば違和感を感じてしまうところでしょう。けれどもポールが立ち寄るカフェやサロンは、ヘミングウェイやフィッツジェラルド、コール・ポーターがそこにいるのが当然という、彼らなりの自然な佇まいで登場するので、ポール同様に観客も監督の用意した設定に引き込まれてしまうのです。まるでアレン監督の魔法にかけられているような感じでした。劇中でもたっぷりと赤ワインやシャンパンがポールに振る舞われます。観客もホールと同様に映像の雰囲気にほろ酔い気分になってしまう作品なのかもしれません。
ところで本作にとても好感が持てたのは、タイムスリップを重ねる中であることに気づき、人生の生き方を変えるギルの心境の変わり方でした。懐古趣味に浸らず。現実に立ち向かっていこうとする本作のメッセージには、多いに前向きに生きていこうと感じさせてくれるものがありました。
とかくタイムスリップものは、過去にどっぷり浸り、ノルタルジックな気分を強調しがちです。ギルも当初は、現代を捨てて、過去の世界に浸ることがことができればと思っていました。過去の世界は、ギルにとって理想郷とも呼べる憧れの時代だったのです。しかし、その時代に生きるピカソの恋人であり、ギルが次第に惹かれていくアドリアナにとっては、当時は2000年代に生きるギルと同様に退屈な日常にしか感じていませんでした。 アドリアナを誘って1890年のパリへタイムスリップしたとき、自分と同じようにこの時代がいいと言い出すアドリアナの物言いに、ギルは過去への憧憬は現実逃避ではなかったかと気付くわけですね。
そして見渡せば、1890年のカフェにいたダリなどの文化人も、もっと昔のルネッサンスの時代がよかったという。懐古に囚われれば、どんどん昔のほうがよかったという現実否定に歯止めがなくなって、きりがないということにギルは気付いたわけなんです。
冷静に考えれば過去がいいばかりではありません。むしろ文明の発達が遅れている時代では、コレラの流行に対処できなかったり、どこに行くにも交通手段の発達がまだで時間のかかることばかり。きっと1890年代に暮らしても、またまた不満が出てしまうだろうとギルはアドリアナに忠告するのです。仏教でいうと「足ることを知る」ということですね。幸せの青い鳥は1920年のパリに住んでいると憧れていたギルが、タイムスリップを重ねる中で、掴んだものは自分のなかで本当にやりたいと願っている現実に立ち向かっていくことでした。
こころが変わると自然と環境が変わるもの。アドリアナと別れたギルは、パリの永住を決済します。あくまでパリの永住は非現実的と退けるイネズと口論になり、婚約解消に。結局は、婚約自体が惰性の産物でしかなく、いつの間にか現実から遊離した関係となっていたのでした。
しかしお話は、ここで終わりではありません。一つの運命の扉が閉じるとき、新たな運命の扉が開きます。ギルが愛してやまなかった光景、ミッドナイトのパリを雨がロマンチックに濡らしていくとき、ギルに新たな出会いが待ち受けていたのでした。
嗚呼「人生万歳!」。
芸術のパリ!!
鑑賞手段DVDって選択しましたけど…実はウィーン行きの飛行機の中で見ました!
どれ選択していいか分からなかったからDVDにしといたけどあってるのかな?
レビュー初心者ですみません!!
いろんな歴史上の人物が、真面目な話を繰り広げるんですが、オーウェン・ウィルソンのテンションと周りの人々とのテンションのギャップが面白かった♪
ウッディ・アレンの映画は好んで見てるんですが、過去作品の中でもすごく見やすい方だったと思います。
これネタバレ無しで書こうと思うと結構、厳しいですねww
とりあえずパリの町並みが綺麗すぎて行き先を変えたくなりました(笑
芸術家でなくても魅惑されるパリ
ウッデイ アレンの新作映画 「ミッドナイト イン パリ」を観た。アレンの41番目の作品だ。
フランスのサルコジ大統領がモデルだったカルラ ブルニと結婚したとき、カルラのほとんど裸と言って良いモデル時代に撮られた写真を 世界中の新聞社が トップページに でかでかと掲載されたことは 記憶に新しい。その彼女も 一児の母になった。出産のその日 サルコジは ギリシャの経済破綻をいかに救うかで、ドイツのメリケル首相と会談していて、妻の出産に立ち会うことが出来なかった。夫の立会いが当たり前の社会で、出産は夫婦で一緒に経験する試練の機会だというのに 夫はチャンスを逃した。ギリシャをユーロ圏に留めて置くことを優先した結果 夫婦の間にヒビでも入ったら、サルコジは泣くにも泣けないだろう。
そのカルラ ブリニ サルコジが 清楚で知的な美術館のガイド役で この映画に出演している。カメラの接写や キャッツウォークを楽々こなし、フランス語の本を即興の英語で語って聞かせる。知的で 小粋で、ファッションセンス抜群で とても美しい。感心した。
1920年代のパリで活躍していた アーネスト ヘミングウェイも、スコットとゼルダ フイッツジェラルド夫婦も、T S エリオットも、マン レイも 出てくる。おまけにパリのベルエポックの時代にまで遡ってくれて、モジリアニ、ロートレック、ゴーガン、ゴヤ、セザンヌ、ダリ マテイスまで出てくる。過去の栄光パリ、輝けるパリ、芸術のパリ、印象画のパリ、ムーランルージュのパリ、マキシムのパリ、シャンソンのパリ、、、。
ニューヨーク、ブロンクス生まれのユダヤ人のウッデイ アレンがいかに、パリに魅惑されたかが わかる。この映画は彼自身の最初のパリ体験とパリカルチャーショックを映像化したものだ。
ストーリーは
カルフォルニア生まれのジル ペンダー(オーウェン ウィルソン)は作家で ハリウッド映画の脚本を書いている。今執筆しているのは、ノスタルジーという名の店の骨董屋をやっている男の話だ。しかし、婚約者のインツ(レイチェル マクアダムス)は 全然彼の作品を理解しようとしないし、脚本が退屈だと言う。インツは裕福な家庭の娘だ。インツの父親は、パリに商用ができた。これを機会に彼は 妻と娘と その婚約者ジルをパリに伴っていき、パリで休暇を過ごすことになった。
ジルは 初めてのパリに有頂天になる。何もかもが輝いて、芸術の香りがする。過去と現在が混在していて、見るもの聴くものすべてが刺激的だ。ジルはパリを じっくり探索したいのに、婚約者のジルは母親と買い物、夜は商談相手の接待のデイナーなどで、スケジュールは一杯だ。ある夜、友達と出かける婚約者を見送り、ジルは やっとひとり夜の街をぶらつくことになった。歩き歩いて 迷子になることさえもパリでは 心踊る体験だ。そんなジルの前に 深夜の鐘が鳴ると同時に、黄色のプジョークラシックが走ってきて停車する。
誘われるまま乗り込んだ車の中に居たのは 陽気な飲んべい達、スコットとゼルダ フイッツジェラルド夫婦だった。行った先はジャン コクトウの家。ピアノの前には コール ポーターが居て、ピアノの弾き語りをしている。活発な文学談義のあとは、そのままの流れで、意気投合した皆と ガードルード ステインのサロンに出かける。アーノルド ヘミングウェイや、ジョセフィン バーカーにも会って 文学論争を楽しむ。おまけに 自分が書いた脚本を ガードルード ステインに見てもらうことになってジルの心は躍った。酔って帰ったホテルで 婚約者と過ごしても 真夜中に作家達に出合った歓びが大きすぎて 昼間は退屈で仕方がない。
次の夜も次の夜も、ジルは 自分の原稿を抱えて街角に立ち 真夜中にやってくる黄色いプジョーを待つ。乗り込んでしまうともう、夢のような素晴らしい世界だ。モジリアニの元愛人で、ピカソの愛人、アドリーナが ジルの作品を高く評価してくれる。それが嬉しくて ジルは美しいアドリーナの恋をする。アドリーナと一緒に、サロンに集う作家や画家達と刺激的な会話を楽しむ。パリではどんな魔法も望めば実現するのだ。
とうとうジルは婚約者インツに愛想をつかされ 彼女の家族が滞在していたホテルから追い出される。ジルは自由になって、ひとり雨の中をそぞろ歩きする。パリでは雨に濡れることさえ 素晴らしい。
というお話。
これは全く ウッデイ アレンの青春時代に起ったこと そっくりに違いない。1920年代と、ベルエポックの二つの輝ける時代のパリに 焦がれる余り パリを彷徨う若い作家の魂が描かれている。実際、書きかけの脚本が パリで完成することが出来た というような体験もあったのだろう。若い日々の自分を笑ってみせているが、本心は真剣そのものだ。新しいものばかり追い求めてきたニューヨーカーが ノスタルジアという店をやる男の話を書き、タイムスリップしたパリで 自分は2010年から来た旅人だ と言っても誰も驚かない。なぜなら アドリーナもヘミングウェイもフイッツジェラルドも画家たちも皆シュールリアリズムの芸術家だからだ。そこが面白い。
配役では ジルにオーウェン ウィルソンという どちらかというと醜い顔のもっさりしているが知性のある役者を使ったのは、気が利いている。アレン自身が 自分が醜いことをよく知っている。
芸達者な役者たちが 次々とピカソになったり、ロートレックになったり、マチスやゴーギャンになったりして それらしく演じている。フイッツジェラルド夫婦が本当の本人達のようだった。また アドリアン ブロデイ演じるダリも本物みたいだった。すごく素敵だ。
ウッデイ アレン、、、さすが。よく考えて 実によく作られている。90年前のパリのサロンに集まる芸術家達の会話を聞いてみたい人、ベルエポックの頃の画家達に会ってみたい人にとって、この映画は得がたい作品といえる。ウッデイ アレンが嫌いな人でも、この映画なら好きになれる。
芸術家でなくても 深夜の鐘が鳴ったら街角で黄色のプジョーがやってくるのを待ってみたくなるに違いない。
キャスト
ジル ペンダー :オーウェン ウィルソン
婚約者 インツ ;レイチェル マクアダムス
コール ポーター :イブス へック
アーネスト ヘミングウェイ:コリー ストール
ゲートルード ステイン:キャッシー べイツ
アドリアーナ:マリオン コテイラルド
パブロ ピカソ:マルセル デイ フォンゾ ボー
サルバドール ダリ:アドリアン ブロデイ
マン レイ :トム コルデール
ルイス ブニュエル:アドリアン デ ヴァン
T S エリット :デヴッド ロウ
エドガー ドガ :フランコス ロステイン
ヘンリ ロートレック:ヴィンセント メンジョウ コルテス
ポール ゴーガン :オリバー ラボーデン
ヘンリー マチス :イブス アントワヌ スポト
レオ ステイン :ローレント クラレット
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