第9地区 : 特集
【特別対談】芝山幹郎×滝本誠 その3
■続編の可能性
芝山:この映画の最後は、続編をほのめかして終わっていますね。で、一応作るのが既定路線であるかのように言われているけど、どうでしょうか。僕は、あれだけ余韻の残る作品だったら、むしろ作らないで、あのまま完結させて終わらせてもいいように思うんですけどね。
滝本:でも3年後のストーリーは見たいでしょ。
芝山:その前に、クリストファー・ジョンソンを主役にして、彼が自分の星に行っている間のストーリーを作れるかもしれませんね。すると、エビばかりが出てくる映画になってしまいますけど(笑)。それはともかく、3年後は、クリストファー・ジョンソンがエビを人間に戻す薬をもって帰ってくるはずなんですよね。
滝本:でも、そのころには人類はみなエビになっているんじゃないの?
芝山:あはは。3年後には、エビの数が2500万くらいにまでふくれあがっているかもしれない。
滝本:もうアフリカはエビ大陸だよ(笑)。エビとナイジェリア・ギャングが戦争中でさ。
芝山:エビ大陸の内戦はいよいよ激化し……みたいな感じで始まるのもいいよね。
滝本:まあ、これだけ世界的に受けたとなれば、(続編は)絶対作るよね。クローネンバーグが「イースタン・プロミス2」を撮るようなことになっているわけだから、大ヒットしたこっちはもっと(続編を)撮りやすいと思うけどね。
──次はやっぱり「第10地区」なんですかね。
芝山:そうでしょうね。「第10地区」「第11地区」と、一気に撮るのもわるくないですね。しかし、製作費30億円というのはハリウッドでは低予算だけど、日本では大作ですからね。たしか、あの「沈まぬ太陽」が20億円強ぐらいでしょ。「第9地区」は何にお金を使ったんだろ。スター俳優は出てこないし、ほとんどがCGなのかな?
滝本:たしかにCGは見事だったよね。CGということを意識しないで最初から見たからさ、違和感がなくて、CGということをまったく感じなかった。ついでにいうと、28年前のビデオ映像の見せ方も上手かった。宇宙船もくたびれた感じにぼかして見せていて。クリアにしてたら、また違った印象になるからね。
■新鋭ニール・ブロムカンプの作家性
──この一作で世界的に名が知れ渡ったブロムカンプ監督ですが、彼の作家性というのはどうですか?
芝山:この一本じゃ断言できないですけど、素晴らしく才能があると思いますね。どうしてかというと、この映画はひと言で言うと、僕の造語だけど“バーバル・アクション”なんです。“バーバル・コメディ”というのは、登場人物たちが喋りに喋るコメディの形態だけど、それのアクション映画版。アクションとバーバルはある種の形容矛盾になってしまうんだけれど、この映画は最初から最後まで人類もエビもものすごい勢いで喋りまくっていて、なおかつ波瀾万丈のアクションが後半に用意されている。その両立が素晴らしい。で、さっきもいったけど、言葉も色々な言語を使うでしょ。字幕の使い方なんかは「イングロリアス・バスターズ」を思い出させますよね。
つまりブロムカンプは、その辺の感覚にとても敏感なんです。映画的快楽の源泉を直観してるというか。そういう体質を上手く活かしていけば、SFにとらわれないコメディも撮れると思うんですよ。この映画は荒唐無稽な設定だからこそ笑いも活きているわけで、洗練されたシチュエーション・コメディなんかには向いてない人だと思うけど、山田風太郎的な荒唐無稽を描く資質は持った人じゃないかな。僕はそこを期待してるんですけど。
滝本:題材によっては今後苦しむかもしれないよ。
芝山:まあ、若い監督はそれがあるからね。あのタランティーノでさえ苦しんだわけだし。でも、ブロムカンプには続けて2〜3本、面白いのを撮って欲しいな。どう化けるかも見届けたい気がする。
──この映画は、芝山さんの好きな“混沌”が描かれてますが、そういった意味では深作欣二の感じもありますよね。
芝山:そうですね。手持ちキャメラの映像が多いということはもちろんあるんだけど、深作欣二と共通しているのは、狭い場所でのアクションが上手いということですよね。例えば、クリストファー・ジョンソンの小屋の中でのアクションとか、ビカスが筒を取り戻しに企業に潜入するところとかは上手いと思う。広大な空間はさほど見せなかったでしょ。狭っくるしい画面が多いですよね。そういえばあのスラムは、住民を立ち退かせたあとで実際に残っていた場所を使って撮影したという話を聞きましたけどね。
──滝本さんは誰かの影響を感じましたか?
滝本:僕は誰の影響も頭に浮かばなかったよね。というか影響云々で映画なんか見ないよ。考えるのが面倒くさい。これはこれで完全に独立している作家性だと思ったよ。一気に最後までもっていかれちゃったし。個人的なポイントは人間の血糊とかがすごいリアルだっていうことかな。
芝山:皮膚感覚とか内臓感覚とかが伝わってくるんだよね。
滝本:思い出したけど、エビの卵をブチュブチュ潰して、でぶった護衛兵士がニコッと笑うでしょ。あの表情がこの映画で一番好きな表情なんですよ。すごく不気味でね。いい表情するなあって思ったんだ。そういう日常的な表情と感覚があるから、この映画全体が活きてくるんだよね。
芝山:「スターシップ・トゥルーパーズ」の場合は、確信犯的に全部作り物にしているから、若い俳優の芝居も「ビバリーヒルズ青春白書」ですよね。で、「ザ・フライ」の場合は、せつないラブ・ストーリーを織り込んでる。だけど「第9地区」は、さっき滝本さんも言ったけど、荒唐無稽と日常性のブレンドが実に巧みで、スムーズに相互乗り入れしている印象を受けるんですね。だから、見ていて継ぎ目がない。
滝本:最初から最後まで突っ走る感覚はすごいよ。
芝山:疾走感があるよね。しかも濃い。疾走というより驀進だね。
滝本:着地点も、全くの予想外のところにいくからね。見事な展開だった。
芝山:最良の意味での荒唐無稽映画だから、ぜひヒットしてもらいたいですね。