アバター(2009)のレビュー・感想・評価
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見方により変わる
良いところはやはり映像美。
ここから問題点に入る。
まず見てて思ったのがもののけ姫感が半端ない。自然を破壊し開拓しようとする人類vs自然を愛す民族。なんかそんな感じ。
そしておかしいのが人類がナヴィにボロクソにされるのを映画からして応援しなきゃ感。 ?
見ているのは人間。人間なら人類を応援しなきゃ。確かにナヴィを大量虐殺したのは悪いだろうが人類からしてみれば自分たちを救う為にやったことだろう虐殺を否定的に見るのが許せない。自分もそこにいたのならやはり人類に協力している。実際米軍だったかが、
「観客はナヴィを応援し、人類(恐らく自分たち米軍と比較してると思われる)は負けろとなるだろう。」的なこと言っていた。これに対して監督はそんなことはないとコメント。
何だかんだで独自感のない映画だった。
安直な二項対立
未来を描くSF 映画だが、内容はこれまでの地球の人類史で繰り返されてきた侵略者と原住民の軋轢。
これは20世紀も終わりごろの映画でしばしば扱われたテーマである。新しい世紀に、新しい映像技術を駆使して、どれだけ新しい視点でコロニアリズムの問題を表現しているのかに興味があった。
原住民側の容姿は南北アメリカ大陸の先住民みたいで、自然環境や音楽もアフリカや南アジアを彷彿とさせる。白人から見た「未開」のイメージが実に素直に宇宙の彼方の空間にも再現されている。
映画を構成しているものも、「侵略者と原住民」、「鉱工業と大自然」、「肉体と精神」といった、前世紀に使い古された単純な二項対立である。
この対立軸を移動することによって、傷ついた弱い存在が英雄になる。
これもすでに指摘がなされているように、「ラスト・サムライ」や「ダンス・ウィズ・ウルブス」といったハリウッド映画に見受けられるヒロイズムを受け継ぐものであり、異なることは物語の舞台が地球から遠く離れた星であるということ。
映画はこのような色褪せたシナリオを用いて、色鮮やかな視覚スペクタクルの洪水を観客に体験させる。
ある者は見たこともない素晴らしい映像と感嘆し、またある者は立体映像の技術によって新しい映画の時代の幕開けを予感した。
コンピューターテクノロジーが切り拓く映画の最前線。カメラと被写体の物理的制約から解放され、俳優の容姿はもはや何の問題にもならない。今や、映画製作者たちは完全な自由を手に入れたのである。
この完全なる自由を得て作った映画の結末が、勝者と敗者の二項対立でしかないことは、果たして映画の豊かな未来を示しているだろうか。
金字塔
やはり名作
当時3Dで鑑賞したが
SFインディアン超大作映画
引き込まれた作品
観賞後の余韻は30分で消え、鑑賞翌日には観た事も忘れていたという珍しい作品。
2010年元日の夕方に渋東シネタワー(現在の“TOHOシネマズ 渋谷”)にて、2D鑑賞。
『タイタニック』で興行成績の記録を塗り替え、賞レースを制し、“巨匠”と呼ばれるほどの功績を残したジェームズ・キャメロン監督。その後はテレビドラマ『ダーク・エンジェル』を製作したり、深海ドキュメンタリー映画を手掛けたりと表舞台から遠ざかっていた彼が12年ぶり(当時)に劇場用映画の新作を放ったというのは、『ターミネーター1&2』をキッカケに映画好きになった自分にとって、興味を持たずにいられない事で、その『アヴァター』は、その頃の自分にとっては、かなりの期待度の高さで劇場へ足を運んだほど、楽しみな一作となりました。
時は西暦2154年。死んだ兄に代わり、衛星パンドラでの任務に就くことになった海兵隊員のジェイク(サム・ワージントン)は、その地に住む原住民“ナヴィ族”と接触するために、ナヴィ族と人間の遺伝子を融合した生物に自身の意識を移して操る“アヴァター計画”に参加し、計画責任者のグレイス(シガニー・ウィーヴァー)と共にパンドラの地上に降り立ち、そこで予想外な経験をしていく事になる(粗筋はここまでです)。
12年のブランクは感じさせず、モーション・キャプチャーを駆使した映像と実写を違和感無く溶け込ませ、新たな映像革新に挑み、タフな女性をヒロインに据えて、企業やテクノロジーを脅威として描きながら、地球温暖化やアメリカの侵略の歴史を批判するといったキャメロン監督らしさは満載で、2時間40分以上の長尺を飽きずに観られる事は良かったと思います。しかし、キャメロン監督が年を取って、創造力が衰え始めたのかどうかは分かりませんが、残念ながら、後には何も残らず、鑑賞終了から僅か30分で余韻が消え、鑑賞翌日には観た事を忘れているという珍しい作品でもありました。
キャメロン監督は『ターミネーター2』のソフトに収録されたドキュメンタリーのなかで「美しい映像を見て、観客が驚かなくなったら、それは“人間味を失うな”という製作者への警告を意味している」とコメントしていた事があります。このドキュメンタリーが収録されたのは2003年頃で、ちょうど、大作でCGを駆使した映像が当たり前となり、それに驚く事が少なくなり始めた時のものですが、本作を観て、そのコメントが私の脳裏を過り、もし、このドキュメンタリーをキャメロン監督本人が見たら、何を思うのかと興味を持ちました。本作は映像が全てで、その映像も本編が始まってから45分が経過する頃には見慣れてしまい、そこで驚ける事は無く、終盤の戦いでは『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』や『同 エピソード3/シスの復讐』で観たことあるシーンの焼き直し、他にも色々なファンタジー映画で既にやっている事の亜流な再現など、アイディアの枯渇(アヴァターを操る装置が日焼けサロンのマシーンにしか見えないのは如何なものか。“マトリックス”のプラグの接続一つで仮想現実へ行けてしまうようなシンプルかつ斬新さが、あまりにも無さすぎます)を感じさせるところがあり、それが多すぎてウンザリしました。
登場人物に魅力は無く、キャメロン監督の過去作の主人公ならば絶対に有り得ない“足の不自由な主人公”が“アヴァターを操作する事で現実逃避に走り、それが最後まで続き、全く成長を見せない点には呆れてしまい、「こんな魅力のない主人公をキャメロンは描きたかったの?」と疑問を持つことしか出来ず、共感をしなければ、心に響く行動や台詞も無いので、物足りなさしか感じず、多少はカッコいいキャラが居ても、それはキャメロン印を忘れさせないようにするために、急遽、付け足されたような存在に過ぎず、今までの主人公が何か(人類の命運や夫婦・家族の絆の維持と再生、極限の状態まで追い詰められても生き延びようとする)に病的なぐらい執着してきたのとは違い、「自由に動き回りたい」事を除けば、何のポリシーや情熱を持たないので、キャメロン作品で最もロクでもない人物だとしか思えません。
本作のマイナスな部分は多いですが、今までのキャメロン作品にあった特徴的なカメラワークが殆ど無かったのも、その一つでしょう。『ターミネーター』では負傷した腕を“ターミネーター”が自ら修復するシーンで手術器具から、腕の内部までを徹底的に見せ、『タイタニック』では一等船室の夕食会に招かれたディカプリオ扮するジャックがナイフやフォークの使い方が分からず、戸惑う時に、それらを一瞬、さりげなく映して、彼の戸惑いを分かりやすく見せたといったのが本作ではなく、普通のカメラワークで、他の監督が撮っていても変わらないように見え、「キャメロン監督だから」という特別な感じも味わえず、物足りなさが残ります。
現在、キャメロン監督は本作の続編を準備し、“三作同時撮影”とか“フレームレートを上げて撮影する”といった事に挑戦するようですが、そこには何も期待できません。本作はキャメロン監督のネームバリューと3D上映の謳い文句が無ければ、そこまでヒットはしなかったでしょうし、『タイタニック』で一つの到達を果たしたのだから、本作のような作品ではなく、もう一度、低予算か大作でも実写がメインの作品に挑んで原点回帰をするべきなのではと思います(“ターミネーター”のドキュメンタリーで彼は“低予算-ゲリラ-映画は自分の信念に基づいて作ることが出来るから、魅力がある”とコメントしているので)。本作は公開前に流れていた4分間の予告編が全てで、それ以上のモノがありません。自分の期待値が高すぎたので、観たことも忘れるぐらい、つまらなかった事は衝撃的でしたが、もうキャメロン監督のピークが過ぎたという事で、この内容も仕方がないのだと思っています。
始まって最後まで守るモノのない主人公。 結末は馬鹿でも予想がつくし...
美しいの一言
やっぱり最高
今も色褪せない映画
アバターの最新作を見るにあたっての再鑑賞。
2009年の作品とは思えないほど、今観ても映像の鮮度が高い映画だと改めて感じた。パンドラの森や生き物たちは細部まで作り込まれていて、「生きた世界」として成立しているのがすごい。
イクランで空を飛ぶシーンは、この映画を象徴する名場面。スケール感と浮遊感が同時に押し寄せてきて、観ているこちらまで空に放り出されたような気分になる。映像技術が感覚そのものに訴えかけてくる。
ジェイクがトルーク・マクトとなり、ナヴィが一つに団結していく場面では、今回の再鑑賞でも内面から熱が込み上げてくる。忠誠の叫びや覚悟の表情が積み重なり、「皆で守る」という意志がはっきりと伝わってくる。
一方、人間が聖なる樹であるホームツリーを破壊していく描写は、観る者に重くのしかかる。それは単に居住地を失うという話ではなく、ナヴィにとって世界そのもの、すなわちエイワとの繋がりが断ち切られていく瞬間でもある。巨大な樹が倒れ、炎に包まれていく様子は、まるで自分の体を引きちぎられるような感覚になる。
それでも『アバター』は、絶望だけで終わらない。
エイワを通じてすべてが繋がっているという世界観の中で、人もまたその一部として生き直すことができるのだと、この映画は示している。自然と共に生きるという選択は、決して特別なものではなく、本来あるべき姿なのかもしれない。
引き込まれる
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