千年女優 : 映画評論・批評
2020年7月14日更新
2002年9月14日よりロードショー
邦画の名作へのオマージュも、時空を越えた女優の一代記
普段アニメを見ない映画ファン、なかでも昔の邦画が好きな人にお勧めしたい1本。「PERFECT BLUE(1998)」に続く今敏監督の劇場アニメ第2作で、原案は監督自身が手がけている。ドリームワークスで全世界配給され、海外でも高く評価された。
「千年女優」という魅力的なタイトルどおり、原節子や高峰秀子を彷彿させる架空の名女優・藤原千代子の一代記。女優を引退した老齢の千代子のもとに彼女の大ファンである映像制作会社の社長が訪れ、ドキュメンタリー作品のためにカメラをまわす。千代子は昔の自分に思いをはせながら女優時代のことを語りだす――するとシームレスに当時の思い出の場面につながり、若い頃の彼女がさまざまな役柄で出演した映画のなかも舞台となり、虚実入り混じった物語が展開される。
聞き手の社長とカメラマンも彼女の思い出に入りこみ、映画内で共演したり彼女の言動にツッコミを入れたりしながら物語に介入していく。こう書くとメタフィクションの小難しい映画にみえるがむしろ分かりやすく、尺も87分とコンパクト。戦国時代から未来まで時空を越え、黒澤明の「蜘蛛巣城」、小津安二郎作品など邦画の名作へのオマージュも交えながらテンポよく場面が切り替わっていく。好きな映画に「スローターハウス5」を挙げる今監督らしい編集の切れ味のよさが全編冴えわたっている。
千代子が女優を続けてきたのは、思いをよせる絵描きの男性に再会するためだった。ひたすら彼の影を追う健気な姿を縦軸に物語は進むが、しめっぽい悲恋ものには着地せず、終盤で彼女が放つある一言で物語はさらにツイストする。観客が抱いていた千代子像が反転し、公開当時このシーンは特に話題になった。
クリスマスの一夜の奇跡を描いたハートウォーミングな第3作「東京ゴッドファーザーズ」でも、今監督は登場人物に過度に感情移入させるつくりにはしなかった。そんなクールな語り口も今監督作品の魅力だ。
(五所光太郎)