雷電(1959)

劇場公開日:

解説

尾崎士郎の原作を、「復讐秘文字峠 (前後篇)」の杉本彰と、中川信夫が脚色し、「東海道四谷怪談」の中川信夫が監督したもので、大関雷電為右衛門の青春時代を描いたもの。撮影も「東海道四谷怪談」の西本正。

1959年製作/日本
配給:新東宝
劇場公開日:1959年11月23日

ストーリー

◇正篇--浅間山麓長瀬村の庄屋・上原源五右衛門の屋敷に奉公している十六歳の少年太郎吉は六尺豊かの大男である。相撲好きの源五右衛門は、太郎吉を江戸に出して力士にしてやろうと思っていた。その頃、旱魃と天災で地方巡業ができなくなった浦風一行が、上原邸にワラジを脱いだ。太郎吉に、浦風は目を見はった。谷川で難を救ってやった小諸の娘おきんが、上田の女郎屋に売られて行ったことを聞いた太郎吉は、博徒久六の手ごめになっているおきんを助け出した。各地に百姓一揆が起った。太郎吉は彼らの中に父の姿を見、親子水入らずで暮すことが何よりだと考え、関取になる望みを断念、家に帰った。が、ある日江戸に奉公に出るというおきんに会い、考えなおし再び源五右衛門の屋敷に帰って来た。太郎吉は白鳥大明神の大相撲で優勝し、やがて浦風一行と江戸へ上った。おきんが老中本多中務大輔の屋敷に奉公に上ってい、太郎吉は会うことができた。浦風部屋の筆頭力士関ノ戸が本多家のお抱えになり、十数人の力士を連れて錣山部屋へ移って行った。浦風親方は、関ノ戸お抱えの披露の席上で、はずかしめを受けた。太郎吉は憤激し、本多の家臣たちを大川に放りこんだ。帰途、浦風は何者かに肩を斬られた。残った力士も去った。太郎吉は胸を借りる力士がいない。これを案じた浦風は、太郎吉の身を谷風に依頼した。一方おきんは、老女の監視と、好色な本多中務に耐えられなくなり、太郎吉の許へ駈けこんだ。浦風におきんと会わないと誓った太郎吉だが、二人は屋形船へ身をかくした。太郎吉とおきんは、死ぬのが最大の幸せと懐剣を抜いた--。 ◇続篇--太郎吉が懐剣を握った時、狂歌を口ずさみながら現われた男があった。屋形船に寝ていた狂歌師・大田蜀山人である。話を聞いた蜀山人は命をあずかろうと言った。おきんの相手が太郎吉であることを知った本多中務は、相撲会所に命じて十両の太郎山(太郎吉)と小結の関ノ戸を取組ませ、太郎山を片輪者にしようと図った。太郎山は茶店で酔った侍に追い廻されていた町娘お八重を助けた。さて秋場所、太郎山と関ノ戸の一戦。太郎山は関ノ戸の頭突きをうけとめ、士俵ぎわで体を開き関ノ戸を破った。本多中務は腹いせに、太郎山の本場所出場禁止と、谷風部屋の所属力士の夏場所出場停止を申しつけた。仕方なく谷風は、小田原方面の巡業に出た。草相撲の大関大岩に因縁をつけられ、太郎山が谷風に代り対決し、大岩の両腕を折った。太郎山は行方の知れぬおきんが、伊東のあいまい屋に監禁されていることを聞き駈けつけたが、すでに彼女は姿を消していた。太郎山の不出場は大相撲の人気を失わせた。蜀山人は、狂歌で本多中務に秋場所に小野川と太郎山の取組を約束させた。お八重は、太郎山の名をかたり呼び出され、旗本の倉橋にいどまれ懐剣で彼を突きさした。お八重の父彦兵衛は、その剣で自分ののどを突いた。「太郎関、お八重をよろしく」と言い残して。太郎山は出雲守に“雷電”という四股名を貰って出場、小野川との一戦には上手技で小野川を破った。場所が終り、雷電はお八重と夫婦になり、東海道を下った。その姿を、おきんが涙をおさえ見送った。

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