静かなり暁の戦場
劇場公開日:1959年9月4日
解説
国塚一乗の「印度洋にかかる虹」を映画化したもので、第二次大戦下、印度俘虜将校と一日本人将校との交流を描いた戦争叙事詩。久方ぶりに久板栄二郎が脚色し、「無警察」の小森白が監督した。撮影は「猛吹雪の死闘」の吉田重業。
1959年製作/92分/日本
原題または英題:Quiet Dawn in the Front
劇場公開日:1959年9月4日
ストーリー
昭和十六年十二月八日、マレー半島に上陸した日本軍は、ジットラ地区で英印軍に頑強な抵抗を受けた。--仁木連隊は数十名のインド兵俘虜を連れていた。その中のパトナイク中尉から、ジットラ要塞についての秘密を得ようとした。訊問には、英語を少し話せる国井中尉があたった。それは何日間も続けられた。参謀はついに暴力を振おうとした。国井はやっと止めた。パトナイクはインド教典を肌身離さず持っていた。国井は戦いの話をやめ、魂のふれあう話をしようとした。パトナイクの日本軍不信の念がほぐれてきた。俘虜たちはパトナイクを返せと要求していた。ある夜、彼の営倉に一人の婦人が忍んできた。恋人を必死に追ってきたカムラである。が、彼女も捕われてしまう。カムラは誇高い態度で日本兵に対した。その間に要塞は落ちた。国井の説得で二人は収容所へ返された。国井は俘虜係を命ぜられた。彼は相手を友人として扱った。俘虜部隊は日本軍の進撃について移動した。アッスン集落に宿営した。俘虜たちの力強く、哀しい歌声が国井の心を親愛の情で満した。“アジア人のアジア!アジア民族の願いはそれだ”国井は軍刀と拳銃をパトナイクに預けたのだ。一部の脱走を企てた俘虜たちも彼を信頼し始めた。ケパラ・バタス飛行場に転進し、俘虜部隊はサッサ河の橋を修理する命令を受けた。作業の能率はよかった。将校集会所に残された英軍の御馳走で、賑かな晩サン会が開かれた。“インド独立までがんばろう”パトナイクは彼女を優しく抱いた。部隊長が突然現れ、二人を殴った。国井は、一心に二人に詫びた。--日本軍はグルン要塞の反撃で苦戦していた。決死隊も効果がなかった。国井が第三次夜襲隊長に選ばれた時、パトナイクは要塞のインド兵に投降をすすめると申し出た。同胞の血を流したくない。日本軍はインド独立の友軍だと信じていた。部隊長は残りの俘虜を人質にする条件で、やっと聞きいれ彼やカムラたちは出発した。が、砲撃はいよいよ激しくなるばかりだった。ついに日本軍は俘虜を先頭に総攻撃に出た。国井はパトナイクらを信じていたのだが……。俘虜にインドの歌を歌わせた。夜明けの戦場に、突然、ラッパが鳴り響いた。すると、向うからもインドの歌がきこえてきた。投降インド兵たちが見えてき、歓声と共に俘虜たちと合流した。皆が抱きあい、歌声が草原をおおいつくした。--こうしてインド国民軍は結成され、独立の道を開いていったという。