阿波おどり 鳴門の海賊
劇場公開日:1957年8月6日
解説
観世光太の原作・脚本を「仇討崇禅寺馬場」のマキノ雅弘が監督、「ふたり大名」の坪井誠が撮影した。主演は「仇討崇禅寺馬場」のコンビ大友柳太朗、千原しのぶ、「大菩薩峠(1957)」の丘さとみ「魔の紅蜥蜴」の星美智子、徳大寺伸、東映には久し振りの藤田進。ほかに内海突破、沢村宗之助、永田靖、吉田義夫、月形哲之介など。東映スコープ娯楽篇。
1957年製作/89分/日本
劇場公開日:1957年8月6日
ストーリー
阿波の豪商十郎兵衛は、その莫大な財産と、十郎兵衛の弟の許婚お市の美貌に目がくらんだ国家老広幡平左衛門の為に、密貿易抜荷買の海賊という汚名をきせられ、阿波踊りの日、残酷にも磔刑にされてしまった。それからというもの、毎年盆踊りが近づくと「十郎兵衛必ず参上」と墨痕もあざやかな貼紙が、家老の家の門に貼られるようになった。町の人たちはその悲願達成を祈ったが、七年たった今となっては噂もしなくなった。だが阿波屋の娘お光だけは固く信じていた。そして今日も家老の家に例の貼紙が貼られた。これを見て、烈火の如く怒った家老は、目明し権蔵に城下中の宿改めを命じた。その結果網にかかったのは、阿波屋に盆踊りまで逗留するという髯先生、尺八先生、道八旦那と呼ばれる浪人者の三人組だった。こんな捕物があった翌日、篠つく雨の中を、道中合羽に三度笠のやくざ風の一人の男が阿波屋の表戸を叩いた。これこそ兄の長恨を晴さんとする十郎兵衛の弟の世をあざむく姿だった。兄の濡衣をはらすため、海賊の群れに自分から飛びこんで七年、力あるものとはなったが、その代り世間の幸福を一切捨てた男の姿であった。その頃家老屋敷の牢屋では、何を思ったのか髯先生が、十郎兵衛の弟の居場所を教えようと言いだした。やがて十郎兵衛の弟は捕方を多勢斬った後、家老屋敷に捕えられた。三人組はそこかしこにとぐろまく漁師や、船大工、でこ廻しに、「明日はいよいよお盆の十五日……おい明日は踊ろうぜ」と、言葉を投げかけながら夜の町に消えて行った。翌十五日家老の屋敷でほお市の嫁入りの祝宴が開かれた。うち沈むお市が固めの盃を口にしようとする丁度その時、「その盃待った」と声がかかり、面をつけた踊り装束の男達がなだれこんで来た。いつの間に牢屋から抜けたのか十郎兵衛の弟。そして面を取った男達の中には、三人組も入っていた。悪逆非道を重ねた家老も、十郎兵衛の長恨をこめた弟の長脇差の一閃に、不様にのけぞった。