愛のコリーダ

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劇場公開日

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解説

昭和11年に起きた「阿部定事件」を題材に、大島渚監督が男女の愛の極致を描いた問題作。料亭「吉田屋」の住み込み女中となった定は、店の主人の吉蔵とひかれあい、情事を重ねる仲となる。やがてその関係が露呈したこと2人は駆け落ちし、さらなる愛欲の世界におぼれていくが……。性愛を題材にした作品が日本で十分に制作できるかという懸念から、フランスから輸入したフィルムで撮影を行い、撮影済みの生フィルムをフランスに直送して現像・編集するという方法で完成させた。日本公開版は修整が加えられたが、芸術か猥褻か表現の自由をめぐって論争が巻き起こり、後に出版されたシナリオ本をめぐっては裁判に発展するなど大きな注目を集めた。海外では1976年のカンヌ映画祭で上映され、芸術作品として高い評価を受けた。2000年12月には初公開時にカットされたフッテージをほぼ完全に復元したバージョンが「愛のコリーダ2000」として公開された。2021年4月にも「愛のコリーダ 修復版」としてリバイバル公開。

1976年製作/108分/R18+/日本・フランス合作
原題:L'Empire des sens
配給:アンプラグド
日本初公開:1976年10月16日

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(C)大島渚プロダクション

映画レビュー

4.0人生のどこかで覚悟を決め挑むべき山

2021年4月30日
PCから投稿

これまで恐れをなして一度も鑑賞できていなかった。今回の「修復版」の力を持ってしても当然ボカシまで見透せるわけではない。が、二・二六事件が起こった時代の空気、日本家屋のたたずまい、人々の表情に至るまで、鮮明になった映像は我々に本作へ挑む”動機”を与えてくれる。そうやって遂に対峙を果たした本作なのだが、いざ蓋を開けると、極度に閉ざされた室内にて、肉体と感情とが織りなす叙情的な世界がただひたすら展開していく様に驚かされた。人間の情欲を描きつつも、その構造はストイック。時に狂気と過激さを微増させながら、互いの感情がピンと張った線のごとく研ぎ澄まされていく様にも感心する。この壮絶なる役柄を文字通り裸一貫で演じた二人の身の捧げ方には言葉を失う。観終わった後はしばらく衝撃の余韻が抜けなかったし、全ての人にお勧めできる作品でもない。しかしながら人生のどこかで覚悟を決めて挑むべき山。そう言えるのではないか。

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牛津厚信

4.0精神の結合と肉体の結合は表裏一体

あき240さん
2021年6月11日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

コリーダとはスペイン語で闘牛を意味すると言います
愛の闘牛とはなんでしょう?

相手が挑発的に赤い布で興奮を煽るものだから、その気になって幾度も突進してしまう
なのにひらりひらりと身をかわされる
そうして疲れたところを剣で一衝きされてしまう

本作の内容とは違うのですが、それは確かに男女のラブゲームは闘牛に似ているのかも知れません

命のやりとりになるほどの真剣な愛
それが愛のコリーダという意味だと思います

エマニエル夫人、チャタレイ夫人の恋人、O嬢の物語、カトリーヌドヌーヴの昼顔
その系譜に連なる作品だと思います

陰部を隠さず、結合部すらも意図的にカメラに映るような構図で撮影するのは一体何故なのでしょうか?

そこにこそ疑問を持たなければならないと思います
ボカシがあるとかないとかを云々しても、それは不毛だと思います

21世紀の現代ならば、ネットでいくらでももっと露骨にその部分だけをクローズアップしたものを視れます
劣情をかき立て性欲を充足させるという目的ならば本作はとても及ぶところではありません
つまりAVポルノはマタドールの赤い布の機能だけに特化していると言うことです

本作は闘牛であるとタイトルで謳われています
赤い布に興奮して突進しても、それはひらりとかわされるのです

男女の愛
相手を求める気持ち

それは何を求めているのでしょうか?
相手の心?
相手との心がひとつになった喜び
これが本当の愛なのでしょうか?

人間も動物である以上、相手の肉体を求めるのは自然なことです
肉体の結合を伴ってはじめて愛が満ち足りるのもまた真実です
心だけの結合では人間は満足出来ないのです

では、心を伴わない肉体だけの結合は?
お互いの肉体によって快楽を相手に与え合う行為、それは愛では無いのでしょうか?

お互いの真心の優しさを相手に与え合うことと、何が異なるのでしょうか?
無論それは肉欲とか色欲といわれ、愛情とは違うとされています
ポルノはその為に純化した映像作品です

人は何故ポルノを視るのでしょうか?
それは劣情を自ら刺激して興奮するため?
確かにそうでしょう

しかし、男女の愛を充足できない
その悶々とした精神の涸渇感を満たそうとして視ているとも言えるのです
相手との心の交流だけでは満ち足りないのです
もし心を触れあわせる相手すらもいないならば、一層それを求めてしまうのは当然でしょう
せめて肉体の結合の錯覚だけでも満たそうとしているのです

甘く清い純愛物語に胸を一杯にすることと、それは表裏の関係なのだと思います

では本作は?
確かに肉体の結合ばかりを映し出しています
しかし明らかにポルノではありません
本作が目的としているところは違うからです

本作の二人が目指そうとしたのは、精神の固い結合でした
こころと肉体までが全て溶け合うまで、お互いを愛し合うこと
互いを求め合うこころの結合の吸着力が猛烈ならば、肉体の結合の力もまた猛烈になるのは当然のこと

男女の愛とは、こころと肉体は二つでひとつ
表裏一体、車の両輪なのだと思います
それ故に、このように性行為のありのままを表現しなければ、男女の愛の全景すべてを描き出しているとは言えなかったのです
愛の量が巨大ならば、肉体の結合もまた巨大にならざるを得ないのです

ここまで男女の愛の本質に迫った作品は他に無いと思います

間違いなく世界的な傑作であると思います
明らかな芸術作品です
ポルノでは決してある訳もありません

愛のコリーダ(Ai No Corrida)
今ではクインシー・ジョーンズの1981年の世界的大ヒット曲の方が有名かも知れません
この曲は本作に触発されて1980年に作られたものなので当然ながら本作では流れません
クインシーは,米国ポピュラー音楽界の超大物プロデューサー
あのマイケル・ジャクソンがスーパースターになれたのも彼のプロデュースの力が大きいと思います
そのクインシーが別人の作ったこの曲を気に入りカバーして自分のアルバムの一曲目に採用したものです
この人のアルバムに曲が採用されること、録音に呼ばれるということは、サッカーで言えばW杯の代表チームに召集されることに匹敵する程のことなのです
この曲の入っているアルバム「デュード」はジャズフュージョンの名盤100選に入る程の傑作です

クインシーらしい80年代の幕開けに相応しいゴージャスな素晴らしいサウンドの曲です
そして、その歌詞は本作のテーマを的確に伝えているものなのです
ネットで簡単に聴けますし、歌詞も和訳で読めます

本作を観終わったなら、是非この曲を聴かれてはいかがでしょうか?
それも体に感じる程の大音量で、イヤホンでなくスピーカーで
オーディオ的な快感を感じると思います
その快感は本作に通じるものだと思います

旅館にこもって、三日三晩やり続けているシーンはエヴァンゲリオン第20話を思い出させます
あのシーンは本作由来なのかも知れません

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あき240

4.0圧倒…

I am R.さん
2021年6月5日
iPhoneアプリから投稿

何よりかにより役者の方々に敬意を…凄まじい。
観るか迷ってましたが、一度は観ておいて良かったと思いました。
最初から最後までずーっと…ですが、どこか品を感じるのは
単なる性欲からくる行為というより、抑えきれない相手への愛を感じるからでしょうか。
ゾッとするような出来事ではありますが、
食欲、睡眠欲、性欲、三大欲求ですから(この2人はだいぶ性欲に偏ってましたが)
何を恥じるのです?と喝をいれられそうなほど大胆な2人はもはや清々しかったり。
理性より本能的に生きる昔の方々は己が強いですね。
吉蔵が兵隊さんとすれ違うときのうつむくシーンはとても印象的でした。

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I am R.

4.0妖艶で魅力的な昔の日本の女性像

唐揚げさん
2021年6月5日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

幸せ

萌える

邦画史に最も影響を与えた(と勝手に思っている)阿部定事件をテーマにした大島渚監督作。
現代を生きる自分でさえ、この事件をはじめて聞いたときにかなりの衝撃を受けた覚えがある。
少し阿部定事件について調べてみたけれど、結構忠実に描かれている印象。

そして何より、ずっと濡れ場。
想像の何倍も絡みのシーンで、それだけ阿部定が吉蔵を愛していたんだなとわかる。
究極の愛の形。
独占欲と一言で言ってしまえばそれまでだけど、演技とはいえ2人の相思相愛っぷりが生々しくも愛おしく、ずっと観ていたいと思ってしまった。
だからこそ、普通だったら理解しにくいプレイも納得してしまう。
ただ、理解できないところもあった。
大島映画はまだ2本目ですが、しっかり人物相関をわかりやすく描いたうえで多くは語らず、解釈をこちらに委ねてくるこの感じ、嫌いじゃないです。
特に結婚式?の場面はかなりカオス。
昔はあんなに公開SEXが普通だったのか?
普通なら修羅場と化すような状況でもヤり続ける。
定さんきっつぁん流石です。

これはアートか?エロスか?
アートであり、エロスでしょう。
エロスこそアート。
こんなに芸術的な官能を今のところ見たことない。
ただ、そういう話の前に今だったら児ポでアウトですね。

最初は「これ、公共の場で観ても大丈夫か?」と思っていた濡れ場にも次第に慣れた。
登場する様々な爺婆の魅力を堪能し、「かたい」に関するなぞかけ的な一幕(性格・雰囲気/イチモツ)に笑い、悲しいとも幸せとも違うなんとも言えない気持ちで迎えたラスト。
これが最後の劇場公開。
映画館で観れて本当に良かった。

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唐揚げ
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