ハウルの動く城のレビュー・感想・評価
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【85.4】ハウルの動く城 映画レビュー
宮崎駿監督による2004年公開の「ハウルの動く城」は、スタジオジブリの歴史のみならず、21世紀のアニメーション映画史において極めて特異な位置を占める野心作である。ダイアナ・ウィン・ジョーンズの児童文学を原作としながらも、宮崎監督独自の反戦思想と老いへの洞察が深く刻み込まれた本作は、物語の整合性を超えた映像的カタルシスを追求した作品として、公開から20年以上が経過した今なお、その評価は多層的な広がりを見せている。
作品の完成度について考察する。本作は、それまでのジブリ作品が保持していた「勧善懲悪」や「明確な物語の帰結」という枠組みを意図的に解体している。呪いによって老婆に変えられた少女ソフィーの内面的な変化が、物理的な容姿の変容と同期するという設定は、従来の論理的な脚本術から逸脱し、観客の感性に直接訴えかける「映像詩」としての性格を強めている。特に、動く城の造形に代表される、スチームパンク的な意匠と魔法という非科学的な要素の融合は、宮崎駿のイマジネーションが到達した一つの極致といえる。物語の中盤、戦火が激化する中で提示される空虚な暴力の描写は、公開当時のイラク戦争という時代背景を色濃く反映しており、エンターテインメントの枠を超えた社会的メッセージを内包している。プロットの飛躍や説明不足を指摘する声もあるが、それこそが本作の完成度を規定する重要な要素である。論理で説明できない愛や呪いの不可解さを、圧倒的な画力と演出によって「納得させる」力業こそ、本作を唯一無二の芸術品へと昇華させているのである。
キャスティングと役者の演技について述べる。
倍賞千恵子(ソフィー)
主演のソフィーを演じた倍賞千恵子は、18歳の少女から90歳の老婆までを変幻自在に演じ分けた。特筆すべきは、老婆の声を単なる技術的な老け役としてではなく、精神的な成熟と解放を伴う響きとして表現した点にある。少女時代の内向的な声が、老婆になることで図太く、かつ慈愛に満ちたものへと変化していく過程は、本作のテーマである「内面の若々しさ」を聴覚的に裏付けている。彼女の演技は、アニメーションのキャラクターに実写映画のようなリアリティと重厚感を与え、観客がソフィーの数奇な運命に共感するための揺るぎない土台となった。その声の芝居は、単なる配役の妙を超え、本作の魂そのものと言っても過言ではないほど、深い情愛と強さを観客の胸に刻み込んでいる。
木村拓哉(ハウル)
助演の筆頭としてハウルを演じた木村拓哉は、美貌と臆病さを併せ持つ魔法使いという難役を、極めて現代的なニュアンスで体現した。彼の声が持つ独特の透明感と、時折見せる危うい色気は、ハウルのキャラクター造形と完璧に合致している。宮崎監督が求めた「いい男」の虚飾と純粋さを、過剰な芝居を排した自然体で表現したことで、ハウルの持つ神秘性と人間臭さが絶妙なバランスで成立した。
我修院達也(カルシファー)
火の悪魔カルシファーを演じた我修院達也は、その独特の声音とリズムによって、作品に軽妙なユーモアとリズムをもたらした。ハウルと契約を結ぶ強大な悪魔でありながら、愛嬌のあるマスコット的な存在感も放つという二面性は、彼の個性的かつリズミカルな発声によって強調されている。シリアスな戦時下の物語において、彼の存在は観客にとっての息抜きであり、同時に生命の根源的なエネルギーを象徴する重要な役割を果たしている。
神木隆之介(マルクル)
ハウルの弟子である少年マルクルを演じた神木隆之介は、当時まだ子役でありながら、落ち着いた知性と子供らしい無邪気さを同居させる見事な演技を披露した。彼の声は、ハウル、ソフィー、カルシファーという擬似家族の絆を繋ぎ止める接着剤のような役割を果たしており、物語に温かな家庭的な色彩を添えている。その変声期前の清廉な響きは、動く城という混沌とした空間における、数少ない癒やしの要素として機能していた。
美輪明宏(荒地の魔女)
クレジットの最後に登場する重要な役どころとして、荒地の魔女を演じた美輪明宏の存在感は圧倒的である。強欲な権力者から、魔力を失い無垢な老人へと堕ちていく変遷を、彼女は凄みと慈しみの双方を感じさせる声で演じきった。美輪が持つ唯一無二のオーラは、キャラクターの造形を超越し、宿命や執着といった人間の業を体現している。彼女の演技が、本作のファンタジーとしての格調を一段引き上げたことは疑いようがない。
演出と編集に関しては、静と動の対比が極めて鋭い。草原の静謐な風景と、巨大な機械が軋む動く城の騒々しさ、そして爆撃機が空を覆う禍々しい動的なシークエンスが、緻密な計算に基づき配置されている。映像美術は、19世紀ヨーロッパを彷彿とさせる街並みや、色彩豊かな花畑など、スタジオジブリの真骨頂とも言える緻密さで描かれ、衣装デザインにおいてもソフィーの質素なドレスとハウルの華美な装飾が、両者の対照的な生き方を象徴している。
音楽は、長年宮崎作品を支えてきた久石譲が担当した。メインテーマである「人生のメリーゴーランド」は、ワルツの三拍子が持つ優雅さと切なさを通じて、移ろいゆく時間と愛の尊さを謳い上げている。主題歌は倍賞千恵子が歌う「世界の約束」(作詞:谷川俊太郎、作曲:木村弓、編曲:久石譲)であり、映画のエンディングにおいて、物語の余韻を静かに、誠実に、そして深く観客の心に刻み込む役割を果たしている。
本作は国際的にも高く評価され、第78回アカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネートされたほか、第61回ヴェネツィア国際映画祭では、その卓越した技術貢献に対してオゼッラ賞を受賞している。これらの評価は、宮崎駿という作家が持つ普遍的な芸術性が、国境や文化を越えて認められた証左である。
「ハウルの動く城」は、単なるファンタジー映画ではない。それは、戦火という暴力的な現実の中で、いかにして個人の魂を守り、愛を育むかという問いに対する、宮崎駿なりの祈りの結晶である。論理的な整合性よりも感情の真実を優先させたその構成は、映画という媒体が持つ「夢」の側面を最大限に引き出しており、アニメーション史における金字塔として、今後も議論され続けるであろう傑作である。
作品[Howl's Moving Castle]
主演
評価対象:倍賞千恵子(ソフィー)
適用評価点:A9
計算:9 × 3 = 27
助演
評価対象:木村拓哉(ハウル)、我修院達也(カルシファー)、神木隆之介(マルクル)、美輪明宏(荒地の魔女)
適用評価点:A9
計算:((9+9+9+9) / 4) × 1 = 9
脚本・ストーリー
評価対象:宮崎駿
適用評価点:B+7.5
計算:7.5 × 7 = 52.5
撮影・映像
評価対象:奥井敦
適用評価点:S10
計算:10 × 1 = 10
美術・衣装
評価対象:武重洋二、吉田昇
適用評価点:S10
計算:10 × 1 = 10
音楽
評価対象:久石譲
適用評価点:S10
計算:10 × 1 = 10
編集(加点減点)
評価対象:瀬山武司
適用評価点:+1
計算:(27 + 9 + 52.5 + 10 + 10 + 10) + 1 = 119.5
監督(最終評価)
評価対象:宮崎駿
総合スコア:[85.4]
絵本のよう
公開時に観たときにとても気に入っていた作品です。個人的に、同じ映画を繰り返し観ないようにしているのですが(ファースト・インプレッションの印象を強く残したいがため)、時々数10年ぶりに見直してみると、色々な発見があって、それはそれで面白いなと思ったりもしています(観た途端にファースト・インプレッションだけではなくなってしまいますが…)。動く城が登場するオープニングから独特の異国情緒に包まれ、とてもワクワクした気持ちになりました。ハウル(木村拓哉)の登場シーンも秀逸ですよね。ソフィー(倍賞千恵子)ならずとも、一瞬で心を掴まれてしまいます。そして、荒れ地の魔女(美輪明宏)やカルシファー(我修院達也)、かかしのカブ(大泉洋)など現実離れした魔法の世界がたっぷりと堪能できます。初見時に気に入っていたのは、ソフィーの容姿がその時々の心境によって変化する描写で、アニメーションならではの魅力を感じました。約20年ぶりにみると、人物描写などで少し物足りなさを感じてしまいましたが…。
初めてちゃんと見た
イケメンは声までイケメンなんだなあ
2004年公開作品
久々の鑑賞
おそらくおよそ20年ぶり2回目
監督と脚本は『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『紅の豚』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』の宮﨑駿
動く城の造形が凄い
スタッフはかなり力を入れたようだ
あの巨体を支える比較的華奢な4本の足で歩くことよって城は動く
これも全てカルシファーの魔力によるものだ
ソフィーの街の乗り物は蒸気が動力源
宮崎駿はプロペラ機も好きだが蒸気機関も好きなようだ
実家の工場が由来しているのだろうか
若いソフィーも老婆のソフィーも倍賞千恵子が演じている
海外の声当てはどの国も18歳と90歳は別の俳優がキャスティングされている
倍賞姉が器用なのか海外が俳優の労働組合の方針で役割分担がはっきりしているのかそれはわからない
今回も美輪明宏が良い味を出している
美輪が演じた荒地の魔女そのものもキャラとしてかなり立っている
2体のゴム人間に担がれた籠の中にぎっしり収まっている荒地の魔女はインパクトがある
王宮の階段を汗だくで上がってきた荒地の魔女
サリマンによって魔力を全て吸い取られ本来の年齢の姿に変わり果てたジャバのような荒地の魔女
その度の声当てが本業でもないのにお見事
木村拓哉の声当ても案外良かった
髪の色が変わり癇癪を起こすハウルのシーンはとても良い
宮崎駿の厳しい演技指導の賜物かもしれない
だとしても顔出しではどうしても所謂キムタクを求められがちな木村拓哉
その点ではハイテンションでコミカルな芝居を求められがちな浅野温子も同様
声当ての仕事もどんどんやれば良いのに木村拓哉
ソフィーは呪いをかけられ90歳の老婆になるが劇中髪の色は白いままで顔が度々若返る
精神状態によって変わる様で前向きなときは若返り後ろ向きなときは年寄りになり寝ているときは黒髪の18歳に戻っている
この設定が初心者を戸惑わせる
少々ややこしい
勘の鋭い人は良いかもしれない自分の様な鈍い野暮天はこれでこの作品に躓く
少なくとも初見は
早い段階で荒地の魔女の口から解説してほしかったものだ
粗筋
2人連れの兵士にナンパされて困っていたところ魔法使いのハウルに助けられたハッター帽子屋の娘のソフィー
帽子屋にやって来た荒地の魔女に90歳の老婆にされる呪いをかけられたソフィー
荒地の魔女は若返るためにハウルの心臓を狙っていた
翌朝帽子屋を飛び出し家出をしたソフィーは助けた案山子が連れて来た動く城の掃除婦として住み込みで働くことに
案山子のカブも付いてきた
動く城の主はハウルだった
城にはハウルのほかハウルの弟子のマルクルとハウルと契約した火の悪魔カルシファーが住んでいた
ソフィーが住む国は隣国と戦争をしており隣国の爆撃機が町に無数の爆弾を落としていた
ハウルはサイズはそのままで燕のような姿になって戦場に飛び立ち地上への爆撃をなるべく防いでいた
そんなある日にソフィーと荒地の魔女は王宮に招待されていた
王宮にはハウルの師匠サリマンが住んでいた
サリマンは王室に使える魔法学校の校長
悪魔と契約し追放した荒地の魔女の魔力を奪いソフィー側には我国の戦争の協力の依頼を求めた
ソフィーと国王に化けて登場したハウルはサリマンの要求を拒否し立ち去った
住人に荒地の魔女とサリマンの使い犬のヒンも加わった
声の配役
父が残した帽子屋の長女でお針子として働いているソフィー・ハッターに倍賞千恵子
動く城の主人で魔法使いの美青年のハウルに木村拓哉
肥満型の裕福な貴婦人を思わせるが50年前に悪魔と契約し王宮を追放された魔法使いでソフィーを90歳の老婆にする呪いをかけた荒地の魔女に美輪明宏
ハウルの弟子の少年で動く城に住み外出と客の対応をするときは魔法で老人に変装するマルクルに神木隆之介
ハウルと契約を交わした火の悪魔で動く城の動力源と料理の手助けをしているカルシファーに我修院達也
街の中心部に位置するカフェ・チェザーリで働く看板娘でソフィーの妹のレティーに香月弥生
レティーによく似たソフィーの義母で帽子店の経営者だが店はソフィーに任せっきりでいつも出掛けているハニーに八十川真由野
荒野に埋まっていたところをソファーに助けられ流れで動く城の住人になった頭部が蕪で出来ている案山子のカブ(隣国の王子)に大泉洋
ハウルの師匠で魔法学校の校長であり宮廷に仕える王室付き魔法使いでもある車椅子の老婦人のサリマンに加藤治子
サリマンの使い魔で密偵として動く城に住み着いた鳴き声「ワン」ではなく「ヒーン」の犬のヒンに原田大二郎
好戦的で軍服を着ているソフィーが住む国の国王に大塚明夫
金髪おかっぱの美少年でサリマンの小姓に伊嵜充則
金髪おかっぱの美少年でサリマンの小姓に保村真
漁師の娘のマッジに菅野莉央
八百屋に森崎博之
ケーキ屋店員に森崎博之
兵士Aに安田顕
兵士Bに大泉洋
橋の上の男に佐藤重幸(現・戸次重幸)
城の門番に音尾琢真
港町の魚屋に佐々木誠二
心が動くことが若さ
自分がこれを劇場で観た時、まだ若かった。だから面白かった印象はあっても“とても良い”という印象はなかった。しかし歳を重ねたいま(言うてもこれを書いてる時点で自分はまだ30代半ばだが)、これを見直したとき、“とても良い”と再認識した次第です。
よくよく思えば、“若い女性が呪いにより90歳の老婆に変貌させられた”という最初のあらすじ。これが若い時の自分の中で誤解を生んでいたように思います。この呪い、実は、
“自分の気持ち(内面)が姿(外見)として現れるもの”ではないか?
それは劇中のソフィーの容姿が目まぐるしく変化している点だ。呪いがかけられた当初はまさに“おばあちゃん”。しかしハウルやカルシファー、マルクルらに出会い、心が動く場面では少し若返ったり、元に戻ったりと変貌していた。だが、自分が年老いた人物と思えば、老婆に戻ったりしていた。そうや、物語の最初、ソフィーの心は動いていなかった。表情も硬かった。まさに“年老いた心”をしていたのではないか?そしてハウルに恋心を抱いていた時だけでなく、家の掃除や景色に心を奪われていたときなど、ソフィーの心が動いた時、感情が表立った時、若くなっていた。
心の弾力を保つことが、若さではないか?
話は変わるが、世界で最も過酷なレース「ダカール・ラリー」に36回挑戦した菅原義正というドライバーがいる。77歳までダカールに挑戦し、84歳となった今アフリカ砂漠のラリーに参加している。幾度かテレビで観たことあるが、容姿は年相応でも心が若さは尋常ではない印象だった。つまり、こういうことやったのではないか?
恋して、笑って、泣いて、怒って、生きる。これがあれば、人間はいつでも若いんやというメッセージではないか。
他方、ただ心の若さを保つだけではないこともこの映画では感じる。一つは「自己決定の大切さ」や。自分の思いを内に抑圧せず、出すことこそ生きることであり、それが若さであるということではないか?そしてもう一つは「戦争は愚の骨頂」という戦争批判や。これに関してはハウルのセリフに激しく同意。
最初観た時は、自分が若かったからわからんかったんやろう。だが歳を重ねた自分が見直したとき、これほど素晴らしい映画だったとは思いもしなかった。
これからの自分、いろんなことに心を動かしていきたい。そして、自分の年齢を理由に抑圧するような考えは持たないようにしたい。そう思える映画です。
改めて、宮崎駿監督の偉大さに触れたと感じました。
あゝ、無情‼️❓
今観ると思いっきりルッキズムの映画だった
映画館でやっていたので20年振りに鑑賞。
外見に自信が無くて周りに壁を作って生きていたソフィーが、魔女の呪いで老婆に変えられた結果、見た目を気にする必要がなくなり、逆にありのままに生きていけるようになる話。
歳を取るとコミュニケーションが若い頃より積極的になりがちなのは、自分もそうかも。
ソフィーが老婆に変わってしまったと知った時、慌てはするけど落ち込まないのは好印象。
逆にハウルは髪色が思い通りにならなかったぐらいで、あり得ないほど絶望的になっていて、対照的だと思った。
ソフィーの素晴らしいところは、たとえ憎悪の対象だとしても、相手が弱っていたら手を差し伸べられるところ。
なかなかできることではなく、ハウルが惚れるのも納得。
キスシーンが出てくる印象が記憶にあったが、久しぶりに見たら終盤はキスラッシュだったのでびっくり。
本当に宮崎駿が作ったのかと
途中放棄したのか??
ソフィが居てこそまとまる作品
理解不足なのかもしれないけど、考えれば考えるほどよく分からなかった点が浮かんでくる。
何の為にハウルは流れ星を取った(契約をした)のか、なぜ荒地の魔女はソフィを呪ったのか、マルクルは何者なのか、、、
ソフィがハウルに再会したとき、この人がハウルだったのと驚かないのも不思議だし、魔法が解かれた後の荒地の魔女は見通したようなことを言ったり認知症みたいな言動をしたり、どういう人なのか定まっていないように見える。
こんなに不安定な物語なのに破滅しないのは、とにかくソフィが落ち着いているからかなと思う。
若い女の子がいきなりおばあさんになって誰にも相談できない中、鏡に向かって「大丈夫よ、あなた元気そうだし服も前より似合ってる」と言う場面で一気にソフィを好きになった。
起こったことを動揺もせず受け入れて前向きに行動し続ける、不気味なくらい落ち着いてぶれない主人公のおかげで物語が成り立っているように感じた。
こんなに分からないことだらけなのに、別に分からないままでもいっかと思わされる。
わざわざ細かく説明する必要はなく、作品の世界を素直に楽しめばいいんだろうな。
空から降ってくるカルシファーと少年ハウルと出会ったソフィーが涙をこ...
キレイな炎だね〜
この頃の宮崎駿は、必ず深い思いやメッセージ色を全面に出した物語を作るようになってしまい、子供が楽しめる映画じゃ無くなってるんだよね。歳を取ったからなのか、思想が変わったからなのか、もう昔の宮崎駿ワールドに戻れないのかな〜。いいじゃない、最後までワクワクドキドキするアドベンチャー映画でさ。ストーリーもさ、皆んなでサリマンの魔法から逃げつつ、面白おかしくハッピーエンドで良かったと思うよ。暗い過去や反戦を押し出した物語を子供は観たくないよね普通。
まぁ、余り言いたく無いけどやっぱり言わせて欲しい。主役2人の声優が糞過ぎるね。倍賞千恵子さんは、年寄りに変化した時だけで良かったよね?キムタクは最後まで糞でした。その他声優さんは素晴らしく、特にカルシファー役の我修院達也さんが最高にマッチしてた。
私にはあまり響かず
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