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抜きん出た能力を持つ兵はいない。一人ひとりが生きてただ死ぬ。
戦争を見たいならスターリングラード2001ではなくこちら。
現場経験の無い少尉が新兵のジジ・ミュラーに「行くぞ!」と声を掛けるところからが戦場のはじまり。
先輩が素敵な鹵獲銃をくれて「動くものは何でも撃て」と言ったのでジジは(きゃーっ!)と撃った。目を開けたら味方が死んでた。
混乱し、そこへやってきたロシア海兵に「俺が撃ちました!」と報告し、自分を撃ってくれと依頼する。
直後飛んで来たドイツ兵が「手を上げろだばーいだばーい」とロシア兵を射殺。
ジジは味方を殺しちゃった!と訴えるが「だから何だ」「俺も経験がある」と相手にしてもらえない。仕方ないよ今は忙しいからね。
死を悟ったロシア兵は独り遺す事になる故郷の母を思い、悔いと愛を呟く。でもジジは何を言っているのかわからず口半開けで腰を抜かしてるだけ。
少し後の方では危険な任務に(ぼくも!)立とうとしたジジをロロが「行くな。お前は俺の息子に似てる(息子3歳)」と止めたりもしている。
シリアスシーンに妙な可笑し味がある。
古参兵ロロは女房に“浮気”されて荒れる。でも「俺がやってるのは二人乗りのボート競技だ、女房が漕ぐ、俺は昼寝する、女房は疲れて無口になる(五月蝿くなくていい)」とのたまう方ですもの、もう見限られてたんですよ。マシに思える男に乗り換えただけですよ、それ浮気じゃないですよ、だから隠さず告げたんですよ。(ところでそのフランス男、故国に妻や恋人がいたりはしないか。彼女らの愛が結実したとしてフランス男の母は敵国の女を受け入れられるのか)
そしてロロを慰めようとする少尉がまた外れている。「お前は良い兵隊だ。お前がいなかったら全滅してた」。少尉には愛する人がいるらしい。彼は(おばかさんね)と愛される未来を得るのか他の男と換えられるのか。ボルクは「俺が知りたいのは生まれた仔牛の性別だ、母牛が元気かどうかだ、なのに女房は生まれた(俺の子が)男だと知らせてきた。ズレた女だ」と愚痴ってみせる。仲間が「ちび女なんだろ」と茶化すと「気はいいけどな!」と押し返す。ボルク夫妻は仲良しなのね。これからも一緒に生きたいと願ってるのね。
直後に戦闘再開。
両軍が撃ち合う中自分も手榴弾を投げようとしていたロシアの少年は靴職人の子。時折ロシア兵の表情が映し出され名が呼ばれ、彼らの友情も描かれる。
ドイツ兵に捕まり暴力を振るわれていたロシアの女性海兵は「ブタ!ドイツのブタ野郎!」と罵るが、その体には半分ドイツの血が流れている。彼女はドイツ語が好き。
視点はドイツ軍側に置いてあるがこの映画は誰もが人であることを忘れさせない。
兵一人に一つの人生、どの国の兵であれ必ずいる大切な人たち。
そんな中でハラー大尉ほど純粋な人はいない。彼はこの重く苦しい映画を観る者の唯一の救いだ。彼には人間としての温かい背景を想像させる要素が全く無い。チラシを切り抜いて作ったサタンのようにペラペラ。彼なら死んでも辛くない。
⭐︎温かい部屋でレースを編みながら観ていた。美しい模様を編み出す凝ったレース編みではなくてただ四角を並べるだけの単純なもの。横に紅茶。春までに編み上げて窓に掛けようと思っている。
ドイツ軍が小さな民家に火を放った。その窓で燃え上がるレースのカーテンが手元の編みかけと同じ方眼編みだった。
この家に住むロシア女が編んだのだろう。若い婦人か年寄りか、子はいるのか、今夜を生き延びられるのか。愛した家は燃やされてしまった。明日家族に食べさせるものはあるのか。
ドイツ兵に体ごとぶつかって抗議する子供たち、虚ろに歩くお婆さん、幼子には手袋をはめさせたのに自分は素手のお母さん、得たパンをそのまま子供に手渡し自分は何も口にしないお爺さん。
私がこの映画の中にいるとしたら、彼らのうちの一人だ。