コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第46回
2022年9月8日更新
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!
実写「キングダム」中国における評価は? “始皇帝”を題材とした作品も振り返る
ここ数年、日本の友人からこんなことを聞かれることが増えました。
「『キングダム』はどうでしたか?」
原泰久さんの人気漫画「キングダム」を知ったのは、2012年頃。本屋の“おすすめコーナー”でたまたま見かけて、そこからずっと読み続けています。結論から申し上げますと、「キングダム」はとても素晴らしい作品です。読めば読むほど、驚きが増していく……といった印象なんです。
「キングダム」のような切り口で“始皇帝の時代”を描く作品は、中国では読んだ(見た)ことがありません。ストーリー展開も、キャラクターの個性も、とにかく新鮮です。
ふと、私が日本に来た時のことを思い出しました。「三国志」に関しても同様ですが、当時「日本の皆さんは、こんなに中国の歴史に興味を持っているのか!」と衝撃を受けたんです。その時、改めて“中国史”の魅力を感じました。
私の中学&高校時代(1999~2005年)は、ちょうど中国の歴史ドラマが大量に制作された頃。当時はドラマをたくさん見ましたし、関連する歴史小説を読むほど、中国の歴史にハマっていたんです。中国の歴史は長いので、それぞれの王朝を描く作品が数多く登場しました。
特に、中国最後の封建王朝である清朝を描いたドラマ「雍正王朝」「康熙王朝」「走向共和」などは、当時非常に人気を集めていました。今でもクラシック作品として、多くの人々に愛されています。また、明朝・嘉靖帝の時代を描く「大明王朝 ~嘉靖帝と海瑞~」、前漢の名君・漢武帝を描く「漢武大帝」といった傑作が続々登場。もちろん始皇帝を描いた作品もたくさん制作されています。
まずは、始皇帝について、簡単にご説明いたしましょう。
始皇帝は、中国5000年の歴史の中で、初めて中華統一を果たした皇帝です。戦国時代の秦国の王に即位した後、他諸国を次々と攻め滅ぼし、中国統一を果たします。その後、中央集権制度の確立、貨幣や計量単位の統一、道路整備・交通規則の制定など、多くの功績を残しました。一方、万里の長城の修理・増設、兵馬俑で知られる秦始皇帝陵、巨大宮殿・阿房宮の建設だけでなく、儒学者たちに弾圧を行った「焚書坑儒」などの“暴君としての一面”も持っていました。
始皇帝時代に関する映像作品や文学は、数多く存在しています。
映画では、チャン・イーモウ監督の大ヒット作「HERO」、チェン・カイコー監督の名作「始皇帝暗殺」などが挙げられます。
実は、最初に始皇帝を題材とした映画を製作したのは、日本だったんです。それが1962年に公開された「秦・始皇帝」(監督:田中重雄監督、主演:勝新太郎)。当時大映創立20周年の超大作作品として製作された作品で、始皇帝の生涯を描いています。
ドラマでは、2000年代前半に中国で放送された「始皇帝烈伝 ファーストエンペラー」が最も人気のある作品といえるでしょう。主演として始皇帝を演じているのは「さらば、わが愛 覇王別姫」のチャン・フォンイー。放送当時は非常に話題となっていました。香港では、2001年に放送。しかし、中国本土は検閲の問題で、2007年まで放送することができなかったんです。
ちなみに、2007年に放送されたバージョンでは、数話がカット。検閲が通らなかった理由については明確に発表されていないのですが、よく指摘されているのは「呂不韋と始皇帝の親子関係に関する問題」です。歴史ドラマの検閲に関しては、史実と異なっているもの、曖昧なものに対して、現在でも厳しい判断を下します。
では、厳しい検閲が存在する中国において、映画「キングダム」はどのように広まったのでしょうか。
実は、第1作が上映された2019年というのは、時代劇に対する検閲が最も厳しい時期でした。フィクションとされる内容が多い「キングダム」も影響を受けてしまい、中国国内での上映は難航しました。
最終的に、配信プラットフォームで中国の観客に披露されることに。では、その反響は? まずは、中国のソーシャル・カルチャー・サイト「Douban」の点数を見てみましょう!
現在の点数は、6.4点(10点満点)。賛否両論です。しかも“見た”をチェックしているユーザーは、それほど多くないという印象です。
コメントには「日本映画としては、久しぶりにスケールのでかい作品が出てきた」「役者は全員素晴らしい」といった作品の規模、役者陣を賞賛する意見もありましたが「中国の歴史劇で日本語が飛び交うというのは……どうしても無理」「中国人が織田信長を演じたら、日本人はどう思うだろう」「歴史ドラマは、夢や頑張りを押し出すのではなく、もっとマクロ的な視点で撮ってほしい」と疑問を抱く声も少なくありません。
中国の人々は、もともと中国の歴史の真偽に対して非常に厳しい感覚を持っています。そのうえ、外国人が中国の歴史劇を演じるとなると、違和感を覚えてしまう人が出てくるのは仕方がないこと。
しかし、このハードルを乗り越えさえすれば、さまざまな可能性が生じると考えています。(テレビアニメ版「キングダム」シリーズに関しても、少し言及しておきます。「Douban」で“見た”をチェックしている人は少ないのですが、鑑賞者の評価が高く、最新作となる第4シリーズは、なんと9.4の高得点を記録しています)
1988年に公開された日中合作映画「敦煌」(監督:佐藤純彌、原作:井上靖)は日本国内で大ヒットとなり、中国でも高い評価をうけました。
「キングダム」の佐藤信介監督にインタビューをさせて頂いた時「正統な歴史ドラマは、もちろん中国の製作陣が撮った方がいいと思います。我々は、皆さんが喜ぶ“歴史エンターテインメント”が撮りたいんです」という発言が非常に印象に残りました。
そう、エンターテインメントであれば、国境を越えられるんです。
「キングダム」シリーズは、とても魅力があるエンタメ作品であり、ある意味貴重な作品でもあると思います。
特に、第2弾「キングダム2 遥かなる大地へ」は、その壮大なスケールが圧巻でした。かつてのチャン・イーモウ監督、チェン・カイコー監督の大作を見ているような感覚でした。それと同時に、重要人物・羌かいの登場も印象的でした。歴史劇とは異なり、その剣術の迫力は、まるで武侠作品を見ているかのような爽快感!
「キングダム」最大の魅力は、キャラクターそれぞれの個性だと思っています。主人公の信はもちろんですが、特に始皇帝への道を歩む政。これまで始皇帝にまつわる“悪いイメージ”を一新し、理想的な君主として登場している。ここが非常に興味深かったのです。
「キングダム2 遥かなる大地へ」はコロナの影響を受け、1作目のように中国ロケができませんでした。それでも中国のスタッフとともに、最先端の技術を用いて作品を完成に導きました。
そこから考えたのは、日中のスタッフ&役者が共同作業をする機会が、今後はどんどん増えていけば……というもの。
2008年に公開されたジョン・ウー監督作「レッドクリフ」は、成功例としていえるでしょう。「三国志」を題材とした作品ですが、日本からは中村獅童が出演し、岩代太郎さんが音楽を担当するなど“日本の要素”がたくさん入っています。結果的に、中華圏だけでなく、日本でも好成績となりました。
コロナの状況が落ち着いた後であれば、「キングダム」シリーズにも、「レッドクリフ」のような可能性が十分あるのではないかと思っています。国際共同製作が増えている現在、「キングダム」シリーズの未来に期待を寄せています。
筆者紹介
徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。
Twitter:@xxhhcc