コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第22回

2020年9月24日更新

どうなってるの?中国映画市場

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数278万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!


第22回:ディアオ・イーナンが辿り着いた「鵞鳥湖の夜」 企画の発端は“泥棒たちの全国大会”だった

「鵞鳥湖の夜」
「鵞鳥湖の夜」

中国映画業界には“第X世代”という呼称が存在します。チェン・カイコーチャン・イーモウが属する“中国第五世代”、当コラムで言及した“中国第六世代”(第16回)、新鋭ビー・ガンを示した“中国第八世代”(第14回)。しかし、近年では“第X世代”という呼び方が、あまり使用されなくなっています。ジャ・ジャンクー監督でさえ、ベルリン国際映画祭の場で「“中国第七世代”の監督という呼び方は、もういらない」と発言するほど。さて、ここでひとりの監督の言葉を紹介しましょう。

「同じ教育を受け、同じ環境で育った――このことで“第X世代”と年代別に分けられてきました。ジャ・ジャンクー監督がベルリン国際映画祭で発言したように、現在は情報の多様化が進み、『個』がより重視される社会になった。いまさら“第X世代”と区分する必要はないんです」

“第X世代”についての持論を述べたのは、ディアオ・イーナン監督。第64回ベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞と男優賞をダブル受賞した「薄氷の殺人」を通じて、彼の名前を知った方が多いのではないでしょうか。

「薄氷の殺人」
「薄氷の殺人」

中央戯劇学院を卒業後、脚本家としてキャリアをスタートさせたイーナン監督。「スパイシー・ラブスープ」「こころの湯」、中国本土では殿堂入りとなっている名作ドラマ「將愛情進行到底(原題)」(英題:Cherish Our Love Forever)などを手掛ける一方で、役者としても活動。ジャ・ジャンクー作品の撮影監督として知られるユー・リクウァイの監督作「明日天涯(原題)」(英題:All Tomorrow's Parties)に主演しています。

「明日天涯(原題)」
「明日天涯(原題)」

03年、監督デビュー作となる「制服(原題)」(英題:Uniform)を発表。ジャ・ジャンクーのデビュー作「一瞬の夢」と同じく、ある中国の地方都市に住んでいる青年に焦点を当てることで、中国社会を観察する作品となっています。ちなみに、ジャ・ジャンクーは同作の顧問を担当しているんです。07年の第2作「夜行列車 (原題)」(英題:Night Train)は、中国社会の観察という要素を多少残していますが、より根本的な人間関係の描写に注力し、映像表現でも独自の作家性を確立。第60回カンヌ国際映画祭ある視点部門に選出されました。

「制服(原題)」
「制服(原題)」
「夜行列車(原題)」
「夜行列車(原題)」

そして、14年に「薄氷の殺人」で世界に衝撃を与えたイーナン監督。そんな彼が5年ぶりに発表した新作が「鵞鳥湖の夜」です。第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にノミネートされ、同映画祭総代表ティエリー・フレモーは「この作品は“中国映画”の枠を超え、フィルムノワールの世界に新たな革命を起こした」とコメント。クエンティン・タランティーノに至っては、イーナン監督の大ファンであることを公言し「近年では、最も美しい映画」と激賞するほどなんです。

今回は、イーナン監督へ同作に関するリモート取材を試みました。鑑賞の際には、是非ご一読を!


――「薄氷の殺人」に続き、またもや素晴らしい作品を生み出しましたね。企画の経緯について教えて頂けますか?

2012年、とあるニュースにひかれました。中国南部の都市で「泥棒全国代表大会」が開催され、各省(地方のための行政機関。日本の県に相当する)の有名な泥棒が集結したんです。非常に盛り上がったようなんですが、結局仲間の裏切りに遭い、全員逮捕されてしまいました。このニュースは、当時の中国国内で話題になりました。ちょうどその頃は、原付バイクが中国で流行っていた時期でしたね。とても奇妙な風景だったことを憶えています。

当時は事件のことをきちんと整理することができなかったため、先行して「薄氷の殺人」を製作することになりました。でも、このニュースを忘れることはできなかった。今回ようやく種が発芽し、やっと作品になったんです。

ディアオ・イーナン監督(左)とリャオ・ファン
ディアオ・イーナン監督(左)とリャオ・ファン

――原題は「南方車站的聚会」。中国南部の都市といえば広州のイメージが強いんですが、今回は中部の武漢で撮影されていますよね。その理由についてお聞かせください。

最初は広州で撮りたかったんです。でも「鵞鳥湖の夜」に関しては、湖のシーンが非常に重要でした。特に“湖と街の関係性”について、色々表現をしたかった。だからこそ、湖がほとんどない広州での撮影を諦め、武漢に目を向けました。武漢は“百湖の街”と呼ばれるほど湖が非常に多く、街全体もとても美しい。

武漢は地域によって、現代文明を象徴する都市に加え、発展前の風景が数多く残されています。私の記憶が正しければ、「泥棒全国代表大会」の開催地も武漢でした。武漢は現代と過去、両方を有している場所なので、我々が求めていたものが全て撮れる。最高のロケーションだと言えます。

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――裏社会の男チョウを演じるフー・ゴーは、中国国内では絶大な人気を誇るスーパースターです。キャスティングの経緯を教えていただけますでしょうか。

フー・ゴーは、初の本格的な映画出演。今までにない経験を多くしたと思います。最初の頃は、焦ったり、迷ったりしていましたが、次第に撮影に慣れていきました。彼の雰囲気は役とピッタリですし、撮影現場では非常に礼儀正しかった。プロの役者だと思っています。

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――グイ・ルンメイとは「薄氷の殺人」でもタッグを組んでいますが、今回は中国本土の水浴嬢(水辺の娼婦)という役どころ。台湾の俳優が演じるという、かなり大胆なキャスティングですね。

薄氷の殺人」は、最高の現場でした。私たちもとても仲が良いので、常に次回作に誘いたいと思っているんです。台湾の役者が中国の水浴嬢を演じたら、どうなるのか。非常に挑戦的な試みでしたが、現場でのグイ・ルンメイは本当に素晴らしかった。普段とはまるで別人のように、役に集中し、動きも、セリフも完璧。実は、彼女には役作りのため、約半年間、武漢に滞在してもらったんです。スタッフが現地に入る前、彼女は武漢の生活を体験しながら、水浴嬢の世界をきちんと理解していきました。

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――では、なぜ物語の中心人物を「逃亡者のチョウ」と「水浴嬢のアイアイ」にしたのでしょうか?

水浴嬢に関しては、1枚の写真がきっかけです。それは、ある女性が湖上の舟で居眠りしている光景をとらえたもの。彼女の顔は、水面に映し出されています。この写真のイメージを自然と思い浮かべ、水浴嬢のキャラクターを考えついたんです。水浴嬢は、中国社会のなかでも特別な存在。その社会性と映像的な美しさを、今回の映画に入れたかったんです。

――“動物”という要素が重要な役割を果たしています。特に動物園のシーンが非常に印象的。何かこだわりがあるんでしょうか?

まずは、子どもの頃、故郷・西安で起こった事件をお話ししましょう。ある囚人が脱獄を成功させました。警察は何日も捜査を行いましたが、結局見つからず。数年後、囚人は逮捕されるんですが、彼が身を隠していたのは、なんと動物園。「象と一緒に半月を過ごした」と語っていて、非常に衝撃を受けました。人と動物が“区別のつかない空間”で生活していたこと、その外側にいる“賢い動物たち”は囚人を探し続けている――なんて奇妙な光景なんでしょうか。この事件は「鵞鳥湖の夜」のテーマと合っているので、動物園のシーンを入れました。個人的にも好きな場面のひとつです。

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――劇中の世界は現代社会というよりも、武侠小説に登場するような江湖、もしくは原生林のようなイメージがあります。

おっしゃる通り、我々が生活している世界をジャングルのように描きたかったです。弱肉強食の世界――登場人物たちも道徳や法律といった文明を超え、シンプルに「生きること」を追求しています。現代の中国では、大都市と、その他の地域の格差が非常に大きい。その理由のひとつが「地域的不均等発展」です。大都市は高速発展のおかげで現代都市になっていますが、郊外、あるいは小さい村は過去のまま停滞している。何が本当の中国なのか、今ははっきりわからない状態です。落ち着いて観察し、考えることが大切だと強く思っています。

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――最大の魅力は夜のシーンです。撮影現場の状況や苦労も教えていただけますか?

本作では、完全に昼夜逆転の生活をしていました。例えば、駅のシーン。私たちが泊っていたホテルから撮影地まで片道2時間、往復4時間以上もかかりました。大雨の要素、真っ暗な夜の街での撮影、駅の関係者との交渉など、本当に大変なことばかり。映画は、ロマンチックに描かれていますが、撮影現場は真逆です(笑)。ただし、撮影が上手く軌道に乗った後、真っ黒な夜は、まるで登場人物のように生きていました。

――新型コロナウイルスの影響で、映画業界は今までにない危機に陥っています。中国映画市場も大打撃を受けましたが、他国の市場よりも回復が早い。監督から見て、今の中国映画市場はどのように思われます。

コロナの影響で映画館が半年以上も営業中止となっていましたが、再開後は、破竹の勢いで回復しましたよね。これは他国の映画市場にはない光景だと思います。社会秩序が次第に戻ってきた今、人々が最初に選ぶエンターテインメントが「映画」だった。この事実は、今の中国映画市場が黄金期にある証明だと言えるでしょう。ある意味、映画は今の中国社会で大きな役割を担っています。これからの成長に期待しつつ、今後の動向にも注目しています。

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――最後の質問となりますが、日本映画にはどのような印象を抱いていますか?

日本映画は非常に好きなんです。最初に映画に興味を持ち始めた頃、黒澤明監督、小津安二郎監督、溝口健二監督、今村昌平監督、小林正樹監督の作品をたくさん見ました。近年だと、北野武監督、是枝裕和監督、そして黒沢清監督も大好きです。日本映画は魅力的で、東アジア文化の象徴。日本と中国が手を取り合って、東アジアならではの映画を作り、世界にその魅力を発信していけるような状況になることを強く願っています。

筆者紹介

徐昊辰のコラム

徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。

Twitter:@xxhhcc

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