コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第10回

2019年12月24日更新

どうなってるの?中国映画市場

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数273万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!

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第10回:「パラサイト 半地下の家族」を巡って“戦争”が起きていた

12月27日より先行公開される「パラサイト 半地下の家族」
12月27日より先行公開される「パラサイト 半地下の家族」

第9回「報酬はゼロ、原動力は愛――“字幕組”が違法行為を止められない理由」に続き、今回も“字幕組”のお話をさせていただきます。前回はいわゆる“字幕組の歴史”を中心に書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。びっくりされた方も多かったんじゃないでしょうか? 今回は“字幕組”の今――“ある事件”を通して、全貌を明らかにしていきたいと思います。主軸となるのは、世界中で話題を呼び、日本では12月27日から先行公開を迎えるポン・ジュノ監督作「パラサイト 半地下の家族」(2020年1月10日から全国公開)です!

もはや説明不要だと思いますが――韓国映画「パラサイト 半地下の家族」は、第72回カンヌ国際映画祭の最高賞となるパルムドールに輝き、現在オスカー戦線を賑わしている超注目作です。中国の映画ファンも非常に期待しています。実は、もともとポン監督の知名度は、中国国内では高いんですよ。中国本土では、韓国映画の上映は非常にハードルが高く、ほとんどのファンは海賊版で見るしか手段がありませんでした。そんななか、ポン監督の作品だけは「グエムル 漢江の怪物」「スノーピアサー」が一般公開されていました。

「スノーピアサー」中国版ポスター
「スノーピアサー」中国版ポスター

特に、中国映画市場が成長していない時期といえる2007年3月8日に公開された「グエムル 漢江の怪物」は、当時かなり話題になりました。ハリウッド映画に劣らない作品を製作した韓国映画界が、中国から注目されるきっかけになったんです。現在でも「韓国映画のレベルは、アジアでは頂点だ」と思っている人が非常に多い。もちろん、映画ファンであれば「グエムル 漢江の怪物」の前に発表された「殺人の追憶」も既に鑑賞済です。

中国語字幕が付けられた「殺人の追憶」
中国語字幕が付けられた「殺人の追憶」

レビューサイト「Douban(豆瓣)」を確認してみると、「殺人の追憶」は約38万人が“見た”をチェック。そのほか「スノーピアサー」は約26万人、「グエムル 漢江の怪物」は約16万人、「母なる証明」は約6万人、「オクジャ okja」は約3万――この数字は、中国の人気監督のデータといっても過言ではないレベルです。前述した2作品を除き、大半は未公開作品。これは多くの人々が海賊版で見ているという証拠ですよね。さて、第9回でご紹介した「パラサイト 半地下の家族」のデータを覚えているでしょうか? 12月12日時点では、約50万人が“見た”。そして、現在では、約58万人(12月24日時点)となりました。

この数字は、一体どれ程のものなのでしょうか。今年、国慶節(10月1日)から上映され、興行収入は30億元(約480億円)を突破した「My people My country(英題)」は、約59万人が“見た”をチェックしています。この結果とイコールにしてしまうのは、少々強引ですが、「パラサイト 半地下の家族」の注目度がどれほどのものなのか、なんとなく伝わりますよね? 「パラサイト 半地下の家族」は、中国では未公開の状態。海外在住者、マスコミ、わざわざ海外に見に行くほどのポン・ジュノ信者を除き、大半の人々は“字幕組”が制作した海賊版を見たことになります。未公開の話題作を取り巻く事態とほぼ同じ状況ですが、本作に関しては“事件”が起きてしまいました。

7月末、とある“字幕組”が「微博」のアカウントで、以下のような投稿をしました。

「韓国のサイトの情報によれば、『パラサイト 半地下の家族』は、8月6日から韓国のIPTVで配信がスタートします。つまり――(笑)」

あえて補足するならば「つまり――間もなく中国字幕版が見られますよ(笑)」でしょう。“字幕組”の作品を鑑賞してきた人々は、すぐにその意図を察しました。8月6日、韓国での配信がスタートすれば、“字幕組”は「パラサイト 半地下の家族」の本編映像を入手することができる(無論、違法ダウンロードですよ)。彼らが字幕を付ければ、早速超話題作が見られるんです。通常であれば、中国語字幕付きの「パラサイト 半地下の家族」は、遅くとも8月7日には見ることができます。しかし、ここで待ったがかかったのです。

韓国での配信日時の少し前、中国の版権元が「私たちは『パラサイト 半地下の家族』の中国版権を既に獲得しました。私たちの利益を損なう行動は、直ちにやめてください。場合によっては、法的措置をとります!」と“字幕組”一派に連絡を入れたんです。最初のうちは“字幕組”は意に介さず、中国語字幕付きのバージョンを出す予定でした。しかし、弁護士からの警告を記したメールも送られてきたため、深刻な事態であることを理解していきました。

その後、“字幕組”一派は「『パラサイト 半地下の家族』の中国版権は既に決まっているとのこと。そのため“字幕組”は、中国語字幕付きバージョンの制作を考えていない」という声明を出しました。映画ファンは、既に“待ちきれない”という様子だったため、過激なコメントが溢れかえりました。「それじゃあ、早く上映しろ! お金は出すから」「でも、結局いつものように上映しないんでしょう?」「版権元、頭大丈夫なの? 今、中韓関係はこんなに悪いのに――版権を買っても上映できないに決まってる」、「とにかく、見たいです! “字幕組”頑張れ!」。この話題は「微博」でトレンド入り。あの時、人々の「パラサイト 半地下の家族」を見たいという気持ちは半端なかったんです。

そして、いよいよ8月6日を迎えることになりました。“字幕組”は事前に告知していたように、中国語字幕付きの「パラサイト 半地下の家族」を提供していませんでした。しかし、これは“表向きの話”。裏側では、“字幕組”に属する人々や映画ファンたちが「パラサイト 半地下の家族」をいち早く見られるように奮闘していたんです。結局、6日の夜には、中国語字幕付きの「パラサイト 半地下の家族」が流出し、誰もが見られるという状況が整えられてしまいました。大方の予想通り、映画ファンは大絶賛。その口コミは一般の人々にも波及し、“今年最も注目された1本”という評価を受けることになりました。

「パラサイト 半地下の家族」国際版ポスター
「パラサイト 半地下の家族」国際版ポスター

この結果からわかるように、版権元はこの“戦争”に敗北し、“字幕組”を制止することができませんでした。そして皮肉なことに、「パラサイト 半地下の家族」がいかに素晴らしい映画かという点が、海賊版を見た人々によって広まってしまった……。ここで第6回「海賊版の“真実”は驚くことばかり! 元制作者に話を聞いてきた」で話を聞いた元海賊版制作会社の顧問H氏に再登場していただきましょう。H氏は、“字幕組”と中国映画市場の関係性を、以下のように分析しています。

「“字幕組”は、我々が制作してきた海賊版(ソフト)の全盛期と同じレベルで、映画ファンに期待され続けています。海外作品のパッケージの発売、もしくは配信直後、我々は中国語字幕バージョンを作り、人々に提供してきました。これは20年近く継続している状況です。海賊版、“字幕組”が制作した作品を見るということは、ある意味、人々の習慣になっているんです。しかし、近年では、版権意識の向上により、多くの海外作品が中国の会社によって購入され、正式に公開、または配信される可能性が出てきました。これは非常に良いことだとは思いますが、一方で政府の規制によって、いまだに鑑賞できない作品は多い。その理由も、正直納得できない部分があります」

「15年に公開された『暗殺』以降、中国の映画館では韓国映画の上映が不可能になりました。理由は、映画とはまったく関係のないことです。政治的理由が、文化にまで影響を及ぼすというのは、おかしいことだとは思いませんか? 現在、日本も韓国との関係悪化が取り沙汰されていますが、K‐POP、韓国映画の流入に対する影響はさほどないでしょう。しかし、中国では“完全にNG”なんですよ。最も損をしたのは、間違いなく版権を獲得した映画会社でしょう。良い作品を多くの人に見せたいのに、それができない。(版権を買うために)お金を払ったのに、取るべき手段は“待つ”しかない」

「『千と千尋の神隠し』のように、日本での封切りから18年が経過していたとしても、興行が成功するパターンもあります、ですが、やはりリスクが高すぎる。ある意味、観客も被害者です。現在の中国人は“お金を払って作品を見る”という意識が芽生えていますが、鑑賞できる作品が非常に限られています。『海賊版を見たくない』と考える人は多数存在していますが、『どこで正規版を見られるのか?』『どうやって自由に作品を選ぶのか?』という疑問に繋がりますよね。これは、中国映画市場が抱える問題点であり、課題です。だからこそ、しばらくの間は海賊版、“字幕組”の存在は消えることはないと確信しています」

“字幕組”が制作したポスター
“字幕組”が制作したポスター

年間約130本の外国映画しか上映できない中国映画市場には、まだまだ様々な問題点があります。観客が作品を自由に選んで見ることができた時、おそらく海賊版と“字幕組”はこっそりと姿を消すはずです。しかし、中国を取り巻く状況を分析すると、彼らの存在は、映画市場の過渡期において、間違いなく重要な役割を果たしています。良い意味でも、悪い意味でも――。そして、海賊版、“字幕組”の拡大に尽力したH氏たちは、もしかしたら人々にとって“伝説”の存在となっているのかもしれません。

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筆者紹介

徐昊辰のコラム

徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。

Twitter:@xxhhcc

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