コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第9回

どうなってるの?中国映画市場

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数272万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!

× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×

第9回:報酬はゼロ、原動力は愛――“字幕組”が違法行為を止められない理由

お待たせいたしました。“海賊版物語”を再始動させます! 第6回「海賊版の“真実”は驚くことばかり! 元制作者に話を聞いてきた」に登場した海賊版制作会社の顧問H氏は「“字幕組”の奴らは、全て無料で翻訳を手掛けているんですよ」と発言していましたよね。“字幕組”――日本のニュースでも取り上げられたことのあるワードです。どのような組織なのでしょうか? その始まりとは? “字幕組”の元リーダーの話を交えて、説明しましょう!

字幕組「YYeTs 人人影視」設立10周年記念ポスター
字幕組「YYeTs 人人影視」設立10周年記念ポスター

以前から言及していますが、中国では厳しい検閲があるため、一般の人々が触れられる作品の数は、かなり限られています。だからこそ“中国映画の文化には、海賊版が大きな影響を与えていた”と結論付けました。実はゼロ年代に入ってから、海賊版(=パッケージ)のほかに、別の違法ルートができました。そこに、ゼロ年代初期に誕生した“字幕組”が関与してくるのです。

“字幕組”の誕生は、インターネットの普及と深く関わっています。インターネットの普及によって、世界中の人々が容量の大きいファイル(=映像)をシェアすることができ、色々な“もの”がアップロード、ダウンロードできる時代になりました。すると、規制の対象になっていた海外の映画やドラマ、アニメが、インターネット経由で簡単に入手することが可能に。自宅を出て、海賊版のソフトを買いに行くよりも、手軽なダウンロードを選択する人が増えたんです。

ここで問題になってくるのが“字幕”です。海賊版のソフトでは、制作会社が作った中国語字幕付きの本編を鑑賞できます。ですが、ダウンロードした映像は、海外の誰かが違法にアップロードしたもの――もちろん、中国語字幕はなく、鑑賞のハードルがかなり高い。そこで映像の内容を解釈して、勝手に字幕を付けてしまう“字幕組”が生まれることになったのです。

“字幕組”は、報酬目当てで字幕を作っている――実は違うんです。おそらく理解できないという人も多いとは思いますが、あくまでも自分の趣味として作業しています。この状況は、昔から変わっていません。字幕を作る理由は、ほぼ“自分の情熱”。自分の好きなものを多くの人にシェアしたいというだけ。“字幕組”は、趣味が合う人同士、小規模で始まったグループだと言えるでしょう。

映像内に入る告知。字幕組は「字幕作りは、あくまでも日本語、日本文化の勉強&交流をはかるもの。ビジネスではない」と主張している
映像内に入る告知。字幕組は「字幕作りは、あくまでも日本語、日本文化の勉強&交流をはかるもの。ビジネスではない」と主張している

今回、ゼロ年代初期から、日本のアニメを担当してきた“字幕組”の元リーダー・M氏に取材を試みました。「私たちは、90年代に中国で地上波放送されていた『スラムダンク』『聖闘士星矢』を見て、育ちました。あの時、『日本のアニメは、私たちの全てだった』と言っても過言ではありません」とM氏は熱弁します。

「しかし、規制によって、日本産アニメの地上波放送がほぼ無くなってしまい、そこから皆が“自力で探す”ことになりました。私は、独学で日本語を勉強し、パソコンの得意な親友とともに、字幕の制作を始めました。勉強には全く興味を持てませんでしたが……アニメが好きすぎるあまり、日本語の習得だけは熱中しました。おそらく人生で最も真面目に取り組んだ勉強と言えるんじゃないでしょうか(笑)。インターネットの普及によって、日本のアニメも簡単にダウンロードできるようになりました。最初の頃は、日本で日曜日に放送された作品を、月曜日には字幕付きのバージョンとして発表することができましたよ。違法だということは認識していました。でも、自分の好きなものをシェアできるという、あの興奮――今でも忘れられないです」

ゼロ年代初期、M氏のような若者は非常に多く、それぞれが同好会のような感覚で“字幕組”を結成し、自分たちの好きな作品の字幕を作っていました。1年くらい経過すると“字幕組”の規模もどんどん大きくなり、数名程度だったメンバーが、数十名に成長。オフィスはありませんでしたが、社訓のようなルールもあり、会社的な組織へと変貌をとげました。なぜこのような状況になっていったのか。その答えは、競争の激化です。当時“字幕組”の試みは新しいことでしたし、かなりのグループが乱立していました。スピードを追求するあまり、質の悪い字幕を制作する“字幕組”も多く存在していました。

M氏が次に披露したのは、“字幕組”絶頂期のエピソードです。

「確か、05~06年の頃だったと思いますが、アニメを手掛ける“字幕組”が40~50組ほどありました。ちょうど『NARUTO ナルト』『ONE PIECE』が人気だった頃です。“字幕組”最大のタスクとなるのは『(字幕を)迅速に、正しく作る』というもの。当時、私たちの“字幕組”は60人くらいのメンバーがいました。大半が大学生、日本に留学している者もいれば、中国の大学で日本語を専攻している者もいました」

「『NARUTO ナルト』『ONE PIECE』の作業は、“字幕組”が始まった頃の様相とは随分変わっていました。映画やドラマとは異なり、アニメは原作があれば、それを参考にして字幕が作れるんです。私の経験上、ほとんどのセリフは原作漫画と一緒。事前準備さえしっかりしておけば、日本での放送終了から2時間以内で中国字幕付きのバージョンを作ることができました。翻訳に3~4人、映像制作に2人、校了は私の担当。メンバーのなかには、欧米に留学している者も。各国の時差を上手く利用することで、24時間体制で作業ができる環境を整えていました。かなり大変でしたが、楽しかったですね。全員、報酬はありません。“愛”だけで働いていました。思い返してみると、今ではあり得ないほどの情熱を注いでいたんです」

字幕が付けられた「NARUTO ナルト」の一場面
字幕が付けられた「NARUTO ナルト」の一場面
字幕組が制作した無許可の宣伝ポスター(アニメ「昭和元禄落語心中」)
字幕組が制作した無許可の宣伝ポスター(アニメ「昭和元禄落語心中」)

06~07年頃は、日本のアニメ、映画だけではなく、アメリカのドラマを専門とする“字幕組”も生まれました。印象的だったのは「プリズン・ブレイク」のシーズン1。一般放送はなかったのですが、人気が高すぎるあまり、国民的ドラマに。毎週“字幕組”が作業した映像を、人々が待ちわびているという状況になりました。その様子は、中国の国営テレビ「CCTV(中国中央電視台)」でも報道され、ずっと黙り続けていた政府機関を動かすという事態になったんです。

規模の大きい“字幕組”が手掛ける字幕は、細かい部分まで翻訳されていますし、完成度がかなり高い。海外でパッケージやオンライン配信が始まると、すぐに中国語字幕付きのバージョンがアップされるほど、作業がスムーズです。しかも、海賊版の制作者と同じく、彼らのセンサーはかなり敏感。その視野は、優れたアート映画はもちろん、各国の新鋭監督の作品をもとらえています。たとえ、方言や難解な言葉が含まれていたとしても、時間をかけて理解し、正確なものを作る――まさに“愛”としか言いようがない……。だからこそ、中国人は“表向き”には規制を受けていますが、“裏側”では毎年リアルタイムで優秀な作品を見ることができているんです。

中国語字幕付きの「プリズン・ブレイク」(画像はシーズン4)
中国語字幕付きの「プリズン・ブレイク」(画像はシーズン4)

M氏は「長年、著作権を侵害してきたという点に関して、謝罪させていただきたい」と話しつつ、ある事実を明示します。

「日本のアニメが、ここまで中国に浸透したのは“字幕組”のおかげでもあると思っています。国内の事情があり、正式に版権を購入してから配信したとしても、色々な制限を受けることになるんです。どうしていくべきなのか、理想的な形式とは何か――正直、私にもよくわかりませんし、おそらく答えはないのかもしれない……。しかし、“字幕組”はまだまだ存在し続けますし、中国の映像史において、重要な役割を果たしていると感じています。ただ、クリエイターの方々に対しては、本当に申し訳ないという気持ちしかありません。いつか必ず“別の形”で恩を返したいと思っています」

10年代に突入すると、配信サイトが登場し“字幕組”を取り巻く環境は変化していきました。近年では、政府機関、海外の関連部署から指摘されたことで、巨大な組織を形成していた“字幕組”がどんどん潰されたんですよ。

さて、この“海賊版物語”は、まだ続けさせていただきます。次回は、全世界で絶賛されている「パラサイト 半地下の家族」と“字幕組”の関係について。同作は、中国ではまだ上映されていません。でも、レビューサイト「Douban(豆瓣)」では、既に約50万人が“見た”をチェック。点数は、10点満点中8.7点の高評価(12月12日時点)――これって、どうなっているんでしょう? 次回をお楽しみに!

筆者紹介

徐昊辰のコラム

徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は274万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。