コラム:下から目線のハリウッド - 第17回
2021年9月10日更新
「撮影監督」ってナニする人? 映画の「映像」をつかさどる職人の世界
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回のテーマは、映画製作にかかわっていないとピンとこない「撮影監督」を解説。果たして、ハリウッドではどんな仕事なのか? 役職の階層、押さえておきたい名撮影監督についても語ります!
三谷:今日お話ししたいのは撮影監督についてなんですけれど。
久保田:撮影監督って何をする人なんですか?
三谷:何をする人だと思います?
久保田:えー? 監督が疲れたときとかに代わりに監督してくれる人?
三谷:ではないです(笑)。
久保田:あ、代打とか代走みたいな人じゃないんだ。
三谷:じつは、撮影監督というのはけっこう忙しい仕事なんです。まず、映画監督の仕事というのは普通に考えるとやることが多すぎるんですよ。
久保田:それは、「撮影監督」じゃなくて、「映画監督」の仕事が?
三谷:そうです。俳優の演技から、セリフまわしの流れ、衣装の色、ヘアメイクの雰囲気、カメラのアングル、美術のデザイン、編集にいたるまで、決めなきゃいけないことや考えなきゃいけないことがそれはもう山のようにあるんです。
久保田:はいはい。
三谷:そんな山のような物事に優先順位をつけていくと、映画監督が一番大事にしなきゃいけないのは、目の前のシーンの演出。つまりは、演技の流れ、感情の流れといったものを一番に考えて俳優のいい演技を引き出すのが、映画監督のもっとも大事な仕事なんですね。
久保田:それはそうですよね。
三谷:そうなったときに、カメラのことや映像がどうなるかということは、そこまで考えてられないところがあるんです。
久保田:それはそれで大事なことじゃないんですか?
三谷:そう。大事なことではあるんですけれど、「ちょっとカメラを3センチ右にずらして」とか「何キロワットの照明で照らして」とか。そういった細々したところまで考える余裕はないと。
久保田:たしかにその粒度でやっていたら、やること無限に増えそうですね。
三谷:なので、映像にまつわるすべてのことは専門のプロに担ってもらう。その担い手が「撮影監督」なんですね。
久保田:なるほど。野球で言うところのヘッドコーチとか打撃コーチとか、特定の部門を任されている人なわけだ。
三谷:そうですそうです。もちろん、全体の采配は監督(=映画監督)が決めますが、細かい部分は専門の人に任せる。なので、皆さんが映画を観るときに目にする映像は、すべて撮影監督が取り仕切っているんですね。
久保田:それは、映画監督の意見も取り入れたうえでってことですよね?
三谷:そういうことです。なので、「カメラをどこに置く」とか「何ミリのレンズを使って撮る」とか「照明をどう配置して光を当てる」とかは、撮影監督が決めているわけです。
三谷:で、この撮影監督を含めた「撮影部」というのがあって、そこにカメラチームがあるんですけれど、そこはわりと職人気質な世界でして。その職位みたいなものを段階的に上がっていって、最終的に「撮影監督」になっていきます。
久保田:その職位ってどんなヒエラルキーになってるんですか?
三谷:一番上にいるのが「撮影監督」、英語では「Director of photography」。略して「DP」と言います。なので「あの映画のDPは~~」って言うと、ちょっと業界感が出ます(笑)。
久保田:「DP」ね。
三谷:その下にいるのが「カメラ・オペレーター(Camera operator)」。
久保田:略して「CO」か。
三谷:残念ながら、「CO」とは略さないんですよ(笑)。
久保田:あ、そうなんだ(笑)。
三谷:その下が「ファースト・アシスタント・カメラ(1st Assistant Camera)」。そして、一番下にいるのが「セカンド・アシスタント・カメラ(2nd Assistant Camera)」。ちなみに「アシスタント・カメラ」は略して「AC」と呼ぶんですが、こういうヒエラルキーになっています。
久保田:あ、よかった~。意外に階層少ないのね。
三谷:階層は4つですね。
久保田:てっきり、「セカンド・アシスタント・カメラ」→「セカンド・カメラ」→「ファースト・アシスタント・カメラ」→「ファースト・カメラ」みたいにあって……。
三谷:なるほど、そこまでは分かれていないです(笑)。
久保田:で、「ファースト・カメラ」の上に、「カメラ」があって、みたいな(笑)。
三谷:あ、もう機材そのものがきちゃうんだ(笑)。
久保田:そこまではないのね?
三谷:ないですないです(笑)。ただ、それらの人が触れるもののなかで一番大事に扱われるのは、もちろん「カメラ」です。
久保田:だから、本当のヒエラルキーでいうと「DP」の上に「カメラ」があるわけだ。
三谷:結局、映像が撮れていなければお話になりませんからね。それはその通りかもしれないです。で、キャリアの段階としては「2nd AC」から仕事を始めていくんですが、「2nd AC」は、一言で言えば「カチンコを司る人」(欧米の場合)なんです。
久保田:え、カチンコ?
三谷:はい。これが意外に重要でして、今撮影しているのが「何のシーン」「何テイク目」「何月何日」「撮影媒体の何個目を使っているか」などなどをすべて管理するのが「2nd AC」なんです。
久保田:へー! そんなに細かく情報があるんだ。
三谷:なので、撮影風景とかで「ヨーイ!……カチン」みたいなアレには、じつはすごく意味があるんですよ。
久保田:読み上げるときは「シーンいくつ、テイクいくつ」くらいしか言ってない印象があるけど。
三谷:読み上げるのはその部分だけですけれど、カチンコ自体にはその情報が全部記録されているんです。あと、カチンコには「映像と音とをシンクロさせる」という、決定的に重要な役割があるんですよね。映画だと映像と音って実は別々に収録されるので、編集段階で、映像と音を合わせるポイントが必要で、それをこのカチンコの閉じた瞬間の画と、カチンという音とで合わせるという。
久保田:地味だけどすごく重要な仕事だね。ただカッチンカッチンしてるだけじゃないんだ。
三谷:そうなんです。それに加えて「撮影するフィルムやメモリーカードを入れ替える」という仕事もあります。それでだいたい年収が500~600万円という感じですね。
久保田:下働きっぽいけど、それなりにしっかりしたお給料なんだ。
三谷:そこから次の段階になると「1st AC」なんですが、この人たちの仕事はもっぱら「ピントを合わせること」なんですね。
久保田:え、そんなにボケるの? あ、そうか役者さんとか被写体ってめちゃめちゃ動くからだ。
三谷:まさにその通りです。カメラのセンサーから対象物までの距離を測って、ピントをしっかりと合わせていく職人的な仕事なんです。
久保田:うわー、大変そう…。
三谷:機材的な話をすると、たとえば望遠レンズになるほどピントが合っている範囲って狭くなっていくんですね。例えば、画面奥から手前に向かって走ってくる映像を望遠で撮りたい、というときに、ずっとピントを合わせた状態で撮るというのはすごく技術を要するんです。
久保田:それは確かに職人技だわ。
三谷:なので、この「ピントを合わせる」という仕事だけで、年収は数千万円くらいいく人もいます。
久保田:「アシスタント」って名前が付いているからそんな印象なかったけど、すごい職人さんだし稼げる仕事なんだね。
三谷:そこで修行を積んでいくと「カメラ・オペレーター」になるんですが、これはその名の通りの仕事で、カメラの動きを操作する人になります。そこから上のDPになると、そういった実際に手を動かす仕事から離れて、撮影全体を司る仕事になっていくという感じですね。
久保田:なるほどねー。
三谷:DPになると、いろいろなショットを撮っていくなかで、「どこにカメラを置くか」「どうやって照明を組み立てるか」といったことをプランニングする役割になります。そのプランを現実のものにするために実行するのが、カメラ・オペレーター以下の役職の人というわけです。
久保田:かなりしっかりしたチームで回っているわけだね。
三谷:と、ここまでが撮影部の基礎知識みたいなところだったわけですが、じゃあ「撮影監督」ですごい人は誰なのか、という話で。ちょっと何人か挙げてみたいと思います。
久保田:はいはい。
三谷:1人目は「エマニュエル・ルベツキ」。おそらくこの方が今の時代でもっとも優秀な撮影監督の1人だと思います。この人はアカデミー賞の撮影賞を史上初めて3年連続受賞したという人です。
久保田:どんな作品で受賞したんですか?
三谷:「ゼロ・グラビティ」(2013年)。「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014年)。「レヴェナント: 蘇えりし者」(2015年)の3作品です。この人の映像は、観ただけで「なんかキレイだな」って思うところがあるんですよ。受賞した3つの作品もそうですけれど、個人的には「ツリー・オブ・ライフ」 (2011年/アカデミー撮影賞ノミネート)もオススメです。
久保田:ルベツキさんは何がすごいんですか?
三谷:この人の場合は、自然光のなかで撮ることが特徴とされていて。自然環境下での撮影に強みを発揮するタイプの撮影監督さんですね。また、カメラの動きも滑らかで、且つ、広角レンズを使うことで、登場人物に寄り添っているかのような感覚を観ている人に抱かせてくれる撮影監督ですね。
久保田:へ~。
三谷:2人目は「ロドリゴ・プリエト」。この人は、私も現場で関わった「沈黙 サイレンス」の撮影監督をしていまして、マーティン・スコセッシ監督作品にも参加しています。この人は、陰影の使い方がきわめて美しくて、ぜひ「沈黙 サイレンス」を観ていただきたいなと思いますね。
久保田:実際に撮影現場にもいて、やっぱりすごいって思うものなんですか?
三谷:そうですね。撮影スタジオの中で撮っているはずなのに、カメラを通してみると、17世紀のマカオの大聖堂の中にいるとしか思えない神々しい映像になってるんですよ。
久保田:個人的にでいいんだけど、三谷さんが一番すごいと思った撮影監督って誰ですか?
三谷:それで言うと、じつはもう1人紹介したい撮影監督がいまして。イタリアの撮影監督で「ルカ・ビガッツィ」という方なんですが、一般的にはあまり知られていないかもしれません。「グレート・ビューティー 追憶のローマ」という作品を撮っていまして、とにかく美的感覚に優れていて、どのショットを撮っても絵画のような素晴らしい映像を撮る人で、個人的には最高峰のひとりです。
久保田:日本にはそういう撮影監督としてすごい人っていないんですか?
三谷:これも個人的には、ということになるのですが、吉田明義さんという撮影監督さんがいまして。少し前ですけれど、テレビ東京系連続TVドラマ「恋のツキ」で撮影監督をしていて、この作品が他のドラマとは一線を画すような映像で、とてもクオリティの高い映像をつくられていました。
久保田:これね、トークとかテキストではなかなか伝わりづらいものだと思うから、ちょっと観てみてほしいですよね。
三谷:そうですね。同じ撮影監督の作品を連続して観てみるのも面白いんじゃないかなと思います。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#62 「撮影監督」ってナニする人? オススメ撮影監督の映画も紹介!)でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari