「ブレードランナー2049」を10倍楽しむためのポイント10 : 清水節のメディア・シンクタンク (2)

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コラム:清水節のメディア・シンクタンク - 第17回

2017年11月2日更新

第17回:「ブレードランナー2049」を10倍楽しむためのポイント10

■【ちりばめられたロシアのイコン】

ウォレス社製品であるジョイの起動音は、ロシア人作曲家セルゲイ・プロコフィエフによる「ピーターと狼」のイントロだ。それは“人間ばかりではなく動物も登場する”交響楽。非人間であるKやジョイが物語を奏でることを意味するかのよう。そればかりではなく、非アメリカ的なカルチャーは重要な局面で引用される。

6.<タルコフスキー映画へのオマージュ> 生命を産む奇跡を起こした後、命尽きたレイチェルの遺骨は、木の根元に埋葬されていた。世界のバランスを崩壊させかねない秘密の痕跡を消すため、Kは奇跡を目撃したモートンの家に火を放つ。このシーンは、旧ソ連の映画作家アンドレイ・タルコフスキー監督作「サクリファイス」を思わせる。生命の木を植えた誕生日、世界の終わりを前にして、主人公は愛する人々を救うため、贖罪として家を燃やすのだ。また、Kはデッカードを探し求め、放射性物質で汚染され失われたアメリカの夢の地、ラスベガスに足を踏み入れる。そこは「ストーカー」における“ゾーン”のよう。死の危険が伴う禁断の地であり、望みの叶う特別な領域だ。ゾーンには守護神のような黒い犬がいたが、デッカードもまた黒い犬を従えている。

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7.<ナボコフの「青白い炎」引用の意味> ロス市警本部に帰還する際、Kは精神の安定を確認するための「ポスト・トラウマ・ベースライン」と呼ばれる心理テストを受ける。強迫的に「繋がった部屋の中」「1つの大きな細胞内の部屋と部屋の連結」「恐ろしく鮮明に高く白く戯れる噴水」などと繰り返し言わされる。これらの言葉は、Kの部屋に置かれていたロシア人作家ウラジーミル・ナボコフの「青白い炎」からの引用だ。架空の詩人が書いた長篇詩に、狂人のような文学者が注釈を加えていくという奇天烈な構成の小説だが、注釈は独自の幻想妄想によって、詩そのものから逸脱していく。いわば詩を素材にして、次第に別世界を構築していくこのフィクションは、スコットの前作とヴィルヌーヴの今作の関係性をも示唆しているのではないだろうか。

■【東ヨーロッパの空気感を求めて】

退廃的な美しさを重視したヴィルヌーヴは、雨のそぼ降るイギリス生まれのスコットの前作の暗黒世界に対し、カナダ生まれらしく、重く垂れこめた雲の下に雪の舞う白い世界にすることを意図した。それゆえ荒廃した都市の実存性を東欧の空気感に求めて、ロケーション撮影はブダペストを始めハンガリー各地で行っている。

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5.<カフカの主人公の分身> 東欧つながりでは、チェコ・プラハ生まれの作家フランツ・カフカへのオマージュがわかりやすい。カフカの小説は、社会に強い疎外感を抱く孤独な人間を追求した。「城」の主人公Kは、巨大組織に阻まれ、なかなか目的地に到達できない。「審判」の主人公ヨーゼフ・Kは、理由もわからぬまま逮捕される。彼らは作者の分身だと言われる。組織に従順だが、不確かな自己をめぐって葛藤する「ブレードランナー2049」のKもまた、カフカの分身のように思える。そしてカフカの影響下にあったアメリカ人作家が、ブレランの原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」のフィリップ・K・ディックだ。ブレードランナーKの正式名称はシリアルナンバー「KD6-3.7」であり、もちろんそこにはディックへの敬意が込められている。

■【ヴィルヌーヴ映画としての醍醐味】

ドゥニ・ヴィルヌーヴにとって「ブレードランナー2049」は出会うべくして出会った映画だ。彼は今作に、これまで撮ってきた作品群と同質のテーマを見出し、より自らに引き寄せて再構築している。自分の存在意義をめぐって自身の潜在意識と闘う「複製された男」は、あまりにもテーマが近しいが、それだけではない。

8.<女性の生き様を見つめて> 今作の隠された主人公はレイチェル。妊娠した女性の決意の物語と捉えれば、異生命体との遭遇を通した女性の内的変化を描く「メッセージ」とも通底する。イングマル・ベルイマン監督の影響を強く受けたヴィルヌーヴ作品の中核には、多くの場合、女性の存在がある。「渦」は中絶をした女性が事故を起こし、運命を狂わせていく。銃撃事件を生き延びた「静かなる叫び」の女性は、トラウマを乗り越えて妊娠する。そして「灼熱の魂」は、妊娠出産に始まる激動の人生を送った母の情念のルーツを、双子の姉と弟が知ることになる業の深い旅。「ブレードランナー2049」を「灼熱の魂」の変奏曲と捉えることも可能だ。

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9.<水に象徴される生と死> 人間の精神や人生の意味を掘り下げるヴィルヌーヴは、これまでにも「水」を象徴的なモチーフとして描いてきた。今作では、ウォレス社での新造レプリカントをめぐって羊水や粘液が強烈な印象を残す。あるいは、物語の鍵を握る記憶創造者、可憐なアナ・ステリンは免疫不全のため、皮膜のようなガラスで外界から保護されている。そうした「生」を表すイメージとは対照的に、水は「死」のシンボルでもある。海抜の上昇したアメリカ西海岸は、常に海水流入の脅威にさらされている。そして囚われたデッカードの生死をめぐって、Kとラヴは巨大な海壁において、迫りくる水の恐怖の中でバトルを繰り広げるのだ。

10.<レイチェル甦生の衝撃> デッカードに向かって歩み寄ってくる、35年前と同じ姿のレイチェルには、誰もが息を呑むことだろう。「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」のターキン提督の甦生CGIに満足しなかったヴィルヌーヴが、スタッフに与えたレイチェル甦生のコンセプトは、「自分の母に観せても“よく似てる人を見つけてきたのね!”と言わしめる」クオリティ。ボディダブルの女優に加え、前作でレイチェルを演じたショーン・ヤングが撮影に協力。現在の彼女の頭部スキャニング、顔面キャプチャーを施して“不気味の谷”を超えるため、2分間のシーンに1年を費やしたCGIレイチェルは、撮影監督ロジャー・ディーキンスの美しき絵画のような映像に溶け込み、本当に人間と見分けの付かないレプリカントが完成してしまったという不思議な感慨が襲ってきた――。さあ、これ以上の注釈は野暮というもの。雨の中のバッティの最期に呼応する、静かに舞い降りる雪の中でKが初めて知る境地を見届けるため、もう一度映画館へ駆け付けよう。

[筆者紹介]

清水節

清水節(しみず・たかし)。1962年東京都生まれ。編集者・映画評論家・映画ジャーナリスト・クリエイティブディレクター。日藝映画学科中退後、映像制作会社や編プロ等を経て編集・文筆業。映画誌「PREMIERE」やSF映画誌「STARLOG」等で編集執筆。海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」日本上陸を働きかけ、DVD企画制作。著書に「いつかギラギラする日/角川春樹の映画革命」、新潮新書「スター・ウォーズ学」(共著) 。WOWOWのノンフィクション番組「撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、民放連賞最優秀賞、国際エミー賞受賞。

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