コラム:芝山幹郎  娯楽映画 ロスト&ファウンド - 第8回

2015年3月24日更新

芝山幹郎 娯楽映画 ロスト&ファウンド

第8回:「ギリシャに消えた嘘」と怪しい男たち

いかがわしい男たちと時代背景

男たちのいかがわしさや、事件が起きてからのジタバタは、新作「ギリシャに消えた嘘」でも継承されている。言い忘れる前に指摘しておくが、この傾向は、ルネ・クレマンの傑作「太陽がいっぱい」(60)でも同じだった。

ハイスミスは、「第二次大戦後のヨーロッパに滞在するアメリカ人」に重要な役を担わせることも好む。「太陽がいっぱい」では、50年代のイタリアを舞台に、トム(アラン・ドロン)とフィリップ(モーリス・ロネ)というふたりのアメリカ人を怪しく絡ませた。先ほども触れたが、「ギリシャに消えた嘘」の場合は、アテネに長く滞在する観光ガイドの青年ライダル(オスカー・アイザック)が、アメリカから逃れてきた詐欺師のチェスター(ビゴ・モーテンセン)と絡む。架空株の売買で大金を詐取したチェスターは、若い妻のコレット(キルステン・ダンスト)を伴い、危うい逃亡生活をつづけている。

ただ、あの時代に欧州にいたアメリカ人にふさわしく、彼らはドレスアップを忘れない。チェスターが最初に登場するときの衣裳は、白の三つ揃いに焦げ茶のタイと純白のポケットチーフだ。鼈甲ぶちのサングラスや頭にかぶったストローハットも安物ではない。

そんな夫婦が、パルテノン神殿でライダルと視線を交錯させる。ライダルは、チェスターに亡き父親の面影を見る。同時に彼は、若くて肉感的なコレットに欲望を抱く。

「ギリシャに消えた嘘」
「ギリシャに消えた嘘」

それだけならたんなる三角関係の入口にすぎないが、話はたちまち、もう一段ややこしいところに踏み込んでいく。組織が雇った探偵に食い下がられたチェスターが、思わず彼を殺害してしまうのだ。その死体を始末しようとしている姿を、忘れ物を届けにきたライダルが目撃する。

さあ、どうなるのか、と観客が思案する間もなく、ライダルは死体隠匿に手を貸す。不都合な第三者をやむなく消す場面は「太陽がいっぱい」にも出てきたが(トムがローマでフレディを殺害する場面。リメイク版の「リプリー」ではフィリップ・シーモア・ホフマンの抜け目のない芝居が印象的だった)、この瞬間、目撃者のランダルは共犯者に転じてしまう。しかも彼は、チェスターとコレットのパスポート偽造にも手を貸す。彼らは、潜伏先のクレタ島でさらに想定外の事態に遭遇し、運命共同体的な色彩を強めていく。

それにしても、この映画には故殺、いや誤殺が多い。「見知らぬ乗客」では謀殺と事故死、「太陽がいっぱい」では謀殺と故殺が出てきたが、「ギリシャに消えた嘘」では故殺と誤殺がひとつずつ出てくる。いや、ふたつ目の殺人も、実は故殺だったのだろうか。

「太陽がいっぱい」
「太陽がいっぱい」

このあたりの判断は、映画を見た人にお任せしよう。ただ、先ほども述べたとおり、ハイスミスは犯罪者のジタバタを好んで描く。すると当然、一難去ってまた一難の状況が出現する。これは、スリラーの基礎工事だ。「ギリシャに消えた嘘」の脚本・監督を兼ねたホセイン・アミニ(「ドライヴ」の脚本家だ)も、この体質を分かち持っている。

もうひとつ感心したのは、時代背景の把握が丁寧なことだ。ドルが圧倒的に強かった時代のアメリカ人の生態がよく描かれていることはすでに述べたが、それに加えて重要なのは1962年という時代設定だ。

これは、キプロス紛争が勃発する2年前にあたる。ご承知のとおり、あの紛争はギリシャとトルコの代理戦争だった。火種はすでにくすぶっていたが、政治的トラブルが頻発したのは63年以降のことだから、このころはまだ、ギリシャとトルコの捜査機関の連携がかろうじて可能だったのかもしれない。それを考えると、イスタンブールでの追跡劇には屈折したリアリティが感じられる。

とまあそんなわけで、「ギリシャに消えた嘘」は、古典的なスリラーの定石を踏まえた娯楽映画の佳作となっている。眼をみはるような撮影や編集の大技が出てくるわけではないが、ムード先行を避けた滑らかな語りは、娯楽映画の必要条件というべきだろう。しかも、登場人物は食わせ者ぞろい。私は、この手の映画を定期的に見たくなる。

そういえば、2015年後半あたりには、ハイスミスの事実上の処女作(クレア・モーガン名義で発表された「塩の値段」。のちに「キャロル」と改題される)を映画化した作品が、トッド・ヘインズの監督で公開されるそうだ。タイトルは「キャロル」。主演は、ケイト・ブランシェットルーニー・マーラ。50年代のニューヨークを背景に、階級の異なる同性愛者のよじれた感情がどのように描かれていくのか。ダグラス・サーク作品の改造に挑んだことのある監督だけに、いまから楽しみに待ちたいと思う。

【これも一緒に見よう】

■「見知らぬ乗客
1951年/アメリカ映画
監督:アルフレッド・ヒッチコック

■「太陽がいっぱい
1960年/フランス・イタリア合作
監督:ルネ・クレマン

■「リプリー
1999年/アメリカ映画
監督:アンソニー・ミンゲラ

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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