コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第13回

2014年8月28日更新

佐藤久理子 Paris, je t'aime

リュック・ベッソン、新作「LUCY ルーシー」で起死回生&スキャンダル疑惑

リュック・ベッソンの新作「LUCY ルーシー」がフランスで当たっている。公開1週目で約190万人を集客し、2週目に突入した2位の「猿の惑星:新世紀(ライジング)」以下を大きく引き離した。前作の「マラヴィータ」と「The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛」がともに芳しくない成績だっただけに、今回の久々のヒットは監督ベッソンにとって起死回生のカムバックと言えるかもしれない。スカーレット・ヨハンソン扮するちょっとあばずれのヒロイン、ルーシーが、クラブで出会ったうさん臭い男に引っかかり、ドラッグの密輸事件に巻き込まれる。事故により自らドラッグを摂取することになった彼女は、その作用でふだんは10パーセントと言われる脳の機能がどんどん上がり、ついには100パーセントに……というあらすじ。脳が覚醒するにつれスーパーウーマン化していくルーシーが繰り広げるハイパー・アクションと息もつかせぬ展開が、いかにもベッソンらしい。

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実際本作はフランスで「ニキータ」ミーツ「フィフス・エレメント」などと評されている。ふだんは娯楽映画やベッソン作品に辛口の批評家も、手放しとは言えないまでも好評価を与えている。その理由はふたつ。ひとつは脳細胞の覚醒という高尚なアイディアだ。劇中でモーガン・フリーマン扮する科学者が披露する脳細胞の理論は、たとえ全部が事実ではないにせよ純粋な興味を掻き立てる。もうひとつは、本作がベッソンのもっとも得意とする強い女性が主人公の映画であり、それをスカーレット・ヨハンソンが演じている点だろう。これが当初考えられていたというアンジェリーナ・ジョリーの配役だったら、おそらくはもっとハリウッド的とみられたのかもしれないが、もともとソフィア・コッポラスパイク・ジョーンズの作品で女優としての評価が高い、そしてもちろん魅力に満ちたヨハンソンが演じることによって、口うるさい男性批評家たちを懐柔した印象がある。

面白いのはちょうど時期を同じくして、彼女がやはり非人間的なキャラクターを演じた新作「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」(日本は秋公開予定)が公開になったことだ。こちらはレディオヘッドなどの秀逸なPVで知られ、「セクシー・ビースト」「記憶の棘」で評価を得たジョナサン・グレイザー監督作。ヨハンソンがダークレッドに髪を染め、街中で隠しカメラを多用した映像は、ラフなスタイルにときおり暗く無機的なビジュアルが混ざり、その催眠的な音楽とともにユニークなルックを呈する。ベッソンがポップ版だとするとまさにこちらはアンダーグラウンド版であり、同じロボティックでもここまで異なるかという印象がある。

ベッソンに話を戻そう。以前からフランス映画界では異端児と目され、その攻撃的な姿勢がお世辞にも同業者から好かれてきたとは言えない彼だが、ここにきてスキャンダルが持ち上がっている。2012年にオープンしたパリ郊外にある映画の一大施設、シテ・ド・シネマの資金運営に関するものだ。

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6万2000平米という広大な土地に建つシテ・ド・シネマは、もともと国営の電力会社の敷地であり、建設にあたっては不動産会社、ベッソンの製作会社ヨーロッパ・コープなども出資するものの、大半は国費から出ている。9つの撮影スタジオとポスト・プロダクション用施設、ヨーロッパ・コープを含めた事務所用スペース、そして2つの映画学校(1つは国立で1つはヨーロッパコープの経営する私立)にメークアップの専門学校まで揃う。

ベッソンの狙いは、ここを映画の才能を育てる養成所にするとともに、フランス映画界のみならず、海外からの撮影部隊を誘致して外貨を稼ごうというものだった。すべてがデラックスで、「マラヴィータ」の撮影中にはロバート・デ・ニーロが施設内のレストランを贔屓(ひいき)にしていたと評判になったほど。わたしも取材で訪れたが、事務所の家具ひとつひとつに至るまで、特注と思われる凝りようで、並のお金の掛け方ではないのが一目でわかった。だが、実際撮影が始まると実用面に関してさまざまな難点があり、スタッフから再工事を求める声が上がっているという。また期待に反して海外部隊の誘致が難しく(フランスの税金が高く費用がかさむというのが一番の理由)、さらに今度は資金問題である。シテ・ド・シネマ開発用の予算がヨーロッパ・コープに流用された疑いで、現在検察の調べが入っているそうだ。

ともあれそんな状況だけに、本来の映画監督としてのプロジェクトである「Lucy」の成功は、ベッソンとしても胸をなで下ろす思いだったに違いない。今後どんな展開が待っているにせよ、往年のヒットメーカーとしての権威は取り戻したと言えるのだから。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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