コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第109回
2022年7月28日更新
日本食ブームのフランス、のん主演作の仏題「Tempura(てんぷら)」でヒット
7月20日から、のん主演、大九明子監督の「Tempura(てんぷら)」という作品がフランスで公開され、1週目に1万5000人の動員を集めた。そんな作品あったっけ、と思ったら、これがなんと綿谷りさ原作の「私をくいとめて」のことだった。
映画を観た方ならご存知と思うが、冒頭はヒロインのてんぷら作りの話が出てくる。「おひとりさま」ライフにすっかり安住している31歳の女性が、ひょんなことから恋をしてしまったことで、せっせとてんぷらを作りつつも、これから何が起こるかという不安に恐れおののき、その平和な日常が揺さぶられていく。
大九監督の傑出したユーモアと同時に、表には出ない心理を掬い取る的確な演出は、万華鏡のように豊かでニュアンスに満ちたのんの演技を得て、日本社会で生きる女性たちの息苦しさを海外の観客にも伝えているようだ。「硬直した、あるいは孤独や男女の乗り越え難い溝に満ちた社会に対して問いをもたらす」(週刊誌L’Obs)、「控えめだが断固としたフェミニズムの証。そしらぬ顔で、日本の男性優位社会の伝統に揺さぶりをかける」(週刊誌テレラマ)といった評が見られる。
それにしても題名をてんぷらにするのは大胆だが、じつは日本映画と食べ物というリンクは、マーケティングの点から考えるとかなり正しい選択と言えると思う。
もうずいぶん前からフランスでは和食がブームになっていて、今や「スシ」から前進して「ラーメン」「うどん」「和牛」「タタキ」「居酒屋」といった言葉がふつうに通じるようになっている。「和食<日本人の伝統的な食文化>」はユネスコ無形文化遺産に登録されていることからも、日本文化にとって食は欠くことのできない要素として認められているのがわかる。
フランスで日本のアニメやマンガが大好きな若者たちが増えているのも、日本食がポピュラーになっている一因だろう。彼らの多くは和食好きで、手頃な日本料理屋が集まるオペラ界隈に行くと、箸をうまく使いこなす若者たちで賑わっている。
こうした人気に映画配給会社が目をつけたのか、最近は日本映画のフランス語の題名に、食関連の言葉を入れるケースが目につく。たとえば河瀬直美の「あん」は「Les Delices de Tokyo(東京の絶品)」、エリック・クー監督による合作「家族のレシピ」は「La Saveur des ramen(ラーメンの味)」、そして今回の「Tempura」。
ちなみに「あん」は河瀬作品のなかでもっとも興行成績が良く、5カ月にわたりロングランを果たし、およそ30万人の動員を集めた。公開時に、配給会社がどら焼きのレシピを紹介した小冊子を無料配布していたのが印象的だった。
今年のカンヌ国際映画祭で「ベイビー・ブローカー」を披露した是枝裕和の次のプロジェクトは、小山愛子のコミックをNetflixでテレビシリーズ化する「舞妓さんちのまかないさん」と聞くが、こちらは「The Makanai: Cooking for the Maiko house」という題名で海外配信されるらしい。
さらにフランス発信で日本ロケをした公開待機作に、スロニー・ソウの「Umami」という作品がある。日本料理の「旨味」をテーマにしたもので、ジェラール・ドパルデュー、サンドリーヌ・ボネール、ピエール・リシャール、ロド・パラド、日本側から柄本明、長塚京三、小泉今日子、ゆう、武田絵利子ら、かなり贅沢なキャストが集まっている。本作が公開された暁には、「旨味」という言葉もポピュラーになるかもしれない。
もちろん、料理と縁がなくてもヒットしている日本映画(「ドライブ・マイ・カー」「万引き家族」など)もあるが、今後こうしたブームにますます拍車が掛かるような予感がする。(佐藤久理子)
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佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato