コラム:佐藤久理子 パリは萌えているか - 第6回
2012年5月31日更新
2012年カンヌ総評 直球系の感動作に軍配
今年のカンヌの授賞式でもっとも長く拍手が鳴り響いたのは、「ふたりの俳優の欠かせない貢献に敬意を表して、ミヒャエル・ハネケの『Love』にパルムドールを授与します」と審査員長のナンニ・モレッティが発表したときだった。つまりは大本命であり、ジャン=ルイ・トランティニャンとエマニュエル・リバ(『二十四時間の情事』の印象が強い日本のファンにとっては、久々の登場に感慨もひとしお)のいぶし銀のような名演とハネケの緻密(ちみつ)な演出が相まって、誰もが納得の受賞となったのである。
老人の介護問題をテーマに、題名そのままに夫婦愛をうたった本作は、ハネケのフィルモグラフィのなかでは珍しい素直な作品だ。実際今年はそうした「誰が観ても感動できる、直球系の作品」が受賞の傾向にあり、それはモレッティの好みが大きく関係していると思われる。たとえば審査員賞を取ったイタリアのマッテオ・ガローネによる「Reality」は、どちらかといえば古風な作りだし、マッツ・ミケルセンが男優賞に輝いたトマス・ビンターベアの「The Hunt」も、人間性をえぐるシリアスなドラマとして普遍性があった。
審査員賞に輝いたケン・ローチの「The Angels’ Share」は、社会派コメディとしてよく出来ている。だが一方で、「麦の穂をゆらす風」でパルムドールを取ったローチに今さら審査員賞をあげなくても、と思えなくもないし、レオス・カラックスやウルリッヒ・ザイドルら個性的で大胆な作家が無冠に終わったのは残念でならない。唯一の慰めは、カルロス・レイガダスの監督賞受賞だが、審査員会見でモレッティよりもアンドレア・アーノルドが絶賛をしていたところを見ると、審査員長が民主主義的な賞の振り分けを考えた結果と思える。さらに授賞の傾向としてはフランス映画、とくにカラックス、ジャック・オーディアールが評価は高かったにもかかわらず引っかからなかったこと(イタリア人モレッティのフランスに対する当てつけか!?)、ハリウッド系やスターがまったく無視されたことも挙げられる(『ペーパーボーイ』のニコール・キッドマンと、『Rust and Bone』のマリオン・コティヤールは女優賞の呼び声が高かった)。
モレッティは、「国籍は関係ない。華やかなものに反感があるわけではないが、それなりに魅了されるものがなければだめだ」と語ったが、天秤に掛けてインディペンデントな作品や無名の才能がひいきにされたのは疑う余地がない。個人的には、オープニング作品でコンぺの対象でもあったウェス・アンダーソンの「ムーンライズ・キングダム」が、ぜいたくなプロダクションーー豪華なキャスト、凝ったセットとユニークなロケ地ーーによるこの監督ならではの個性が発揮された出色の出来だったにもかかわらず、おそらくはハリウッド色が濃すぎて賞から外されたのは公平ではない気がした。低予算の作家映画を擁護したいのはわかるが、プロダクション・デザインやコスチュームや映像の質だってもちろん映画の立派な要素として評価されるべきだろう。
と、ここまで書いて、そういえば今年は芸術貢献賞なるものがなかったことに思い当たった。コンぺのセレクション自体も年々常連が増えているが、この様子では受賞に関してもだんだん同じ顔ぶれになっていく気がしてならない。
賞の結果に関してはこれぐらいにするとして、今年のセレクション全体の感想を言えば、総じて質は高かったものの、たとえば昨年の「メランコリア」や「ツリー・オブ・ライフ」のように、傑出した作品に欠けたという印象だ。製作に5年以上掛かって期待値がピークに達していたウォルター・サレスの「On the Road」も、待たされただけの価値はあったが、「モーターサイクル・ダイアリーズ」の域までには達していない、やや惜しい印象が残った。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato