コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第326回
2023年1月10日更新
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
第95回アカデミー賞の行方は? 3年ぶりに正常化、存在感を増しているのは「エブエブ」
クリスマスシーズンからアカデミー賞レースが盛り上がってきた。ビルボードやテレビCMでスタジオ各社が会員に向けたキャンペーンを行っているし、出演者や監督が登壇するQ&A付きの上映会も頻繁に行われている。コロナ前は当たり前だった光景が復活して、しみじみとした感慨に浸っている。
エンタメ業界のなかでもとくに興行関係者はコロナ禍で大打撃を受けた。長期にわたって劇場閉鎖を余儀なくされたためで、その影響はアカデミー賞にも反映されている。2020年の公開作品を対象にした第93回アカデミー賞は、作品賞を受賞した「ノマドランド」をはじめ、「Mank マンク」「ミナリ」「プロミシング・ヤング・ウーマン」などアート系、インディペンデント系作品ばかりになった。
劇場が再開した2021年作品を対象にした第94回アカデミー賞にしても、「ウエスト・サイド・ストーリー」や「DUNE デューン 砂の惑星」といったメジャースタジオ映画がエントリーしたものの、話題を集めたのは「コーダ あいのうた」「パワー・オブ・ザ・ドッグ」「ベルファスト」といった小規模映画だった。
過去2回のアカデミー賞は、映画芸術の火を消さないという意味においては重要な役割を果たしたものの、ラインナップが地味すぎた。
しかし、今年のアカデミー賞の対象となる2022年の米映画界はこれまでと違う。「トップガン マーヴェリック」や「ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー」「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」といったメガヒット作が生まれている。「アムステルダム」や「バビロン」といった大人の観客を対象にした中・大規模作品や、名門ディズニーの最新アニメ「ストレンジ・ワールド」が全米興行で撃沈するなど不安定ではあるものの、通常営業に戻ったと言えるだろう。つまり、3月に行われる第95回アカデミー賞は、3年ぶりに正常化した状況で実施されるのだ。
これまでの賞レースの流れをみると、トロント国際映画祭においてスピルバーグ監督の自伝的映画「フェイブルマンズ」が観客賞を受賞し、事実上のトップランナーになった。その後、「イニシェリン島の精霊」(マーティン・マクドナー監督)や「ター(原題)」(トッド・フィールド監督)、「ウーマン・トーキング 私たちの選択」(サラ・ポーリー監督)といった小規模作品がさまざまな映画賞を受賞しているが、「フェイブルマンズ」を倒すほどのうねりは生み出せていない。
そんななかで、じりじりと存在感を増しているのがダニエルズの「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」だ。低予算映画ながら、独創的なストーリーとエンタメ性でスマッシュヒットを飛ばしている。脚本賞は確実と見るが、さらには主演女優賞(ミシェル・ヨー)と助演男優賞(キー・ホイ・クァン)、ひょっとすると作品賞までいけるかもしれない。
2000年以降のアカデミー賞といえば、たとえば第82回において「アバター」ではなく「ハート・ロッカー」に作品賞を授与するなど、エンタメ映画を敬遠するきらいがある。その傾向が一般視聴者との乖離を生み、右肩下がりの視聴率の要因のひとつとなっている。
だが、今年は再スタートを切る絶好の機会だ。いっそのこと「トップガン マーヴェリック」や「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」に作品賞を授与すれば相当盛り上がるはずだ。もっとも、どちらも続編で独創性に乏しいため、作品賞に推すのは難しい。ならば、せめて「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」にしよう。そう考える投票者が出てくるのではないかと、勝手に予想している。
第95回アカデミー賞のノミネート発表は1月24日、授賞式は3月12日(いずれも現地時間)。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi