コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第207回

2012年12月3日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

第207回:オスカーレースに名乗りを上げた実録モノ「ゼロ・ダーク・サーティ」

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そろそろアカデミー賞候補の作品が出揃ってきた。大ヒットミュージカルの映画化「レ・ミゼラブル」(トム・フーパー監督)や、ベストセラーの映画化「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」(アン・リー監督)、「シルバー・ライニングス・プレイブック(原題)」(デビッド・O・ラッセル監督)などが有力視されているが、いまのところトップランナーは「アルゴ」(ベン・アフレック監督)と「リンカーン」(スティーブン・スピルバーグ監督)だろう。「アルゴ」は1997年にイランで起きたアメリカ大使館人質事件、「リンカーン」は、奴隷解放宣言を行った第16代アメリカ大統領と、いずれも実話を下敷きにした作品であることが共通している。

白熱する今年のアカデミー賞レースに、「ゼロ・ダーク・サーティ」という有力候補が加わった。「ハート・ロッカー」でオスカーを受賞した脚本家のマーク・ボールキャスリン・ビグロー監督が再びタッグを組んだ期待の新作で、「アルゴ」や「リンカーン」と同じ実録モノ。01年9月11日の米同時多発テロに端を発した、ビンラディン捜索大作戦の裏側を描いているのだ。

11年にパキスタンで起きたビンラディンの暗殺に関しては、襲撃を行った米特殊部隊ばかりが注目を集めているが、実はCIAのなかに潜伏先を特定した女性がいた。「ゼロ・ダーク・サーティ」は、10年近くの年月を費やして、ビンラディンの発見についに成功した女性の葛藤を描いた作品だ。

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この設定を聞くと、いかにもアメリカ万歳的な映画を想像するかもしれない。じっさい、マイケル・ベイなんかがメガホンを握っていたら、そういう映画になっていたと思う。しかし、「ゼロ・ダーク・サーティ」に政治色はない。ビンラディンの発見という使命感に駆られた主人公マヤ(ジェシカ・チャステイン)が、官僚的な組織のなかで孤立無援に陥りながら、自らの直感を信じて地道な捜査を続ける日々が描かれていく。元ジャーナリストの脚本家マーク・ボールが行った大量の独自取材をもとにしているだけあって、関係者でしか知り得ない出来事ばかりが描かれているので、とても刺激的だ。

ただし、テロとの戦いが題材となっているだけに、楽しいことばかりではない。冒頭では9・11が描かれるし――映像は一切写しだされず、真っ暗闇のなかでワールド・トレード・センターに残された人々の最後の通話が数分間にわたって流れる――、テロの容疑者に対する拷問のプロセスも詳細に描かれる。ビンラディンを発見するためにCIAが用いたありとあらゆる手法が、バイアスなしに描かれるのだ。圧巻はやはり潜伏先への急襲作戦で、ほぼリアルタイムで詳細に描かれている。上映時間は2時間40分と長めながら、全体に漲る緊張感のおかげで、あっという間だった。

実際の事件を扱ったという点では「アルゴ」と似ているものの、アプローチがまったく異なっているのが面白い。エンタメ度では「アルゴ」のほうが断然上だが、題材の現代性や正確性は「ゼロ・ダーク・サーティ」に軍配が上がる。そして、いずれもサスペンスに満ち溢れているし、カタルシスを提供してくれる。これでオスカーレースが面白くなってきた。

ちなみに、「ゼロ・ダーク・サーティ」というのは軍隊用語で、午前12時半という意味だという。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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