コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第161回
2011年12月1日更新
第161回:ダークホース「The Artist」、アカデミー賞レースに名乗りを上げる
マーティン・スコセッシ監督の「ヒューゴの不思議な発明」やスティーブン・スピルバーグ監督の「戦火の馬」、キャメロン・クロウ監督の「We Bought A Zoo」など、アカデミー賞狙いの大作映画のマスコミ試写がつぎつぎ行われるなかで、異色の作品がダークホースとして注目を集めている。今年のカンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞した「The Artist」がそれで、全編モノクロであるばかりか、台詞がほぼゼロの無声映画なのだ。
物語の舞台は1927年。ジョージ・バレンティン(ジャン・デュジャルダン)は無声映画のビッグスターとして、富と名声を欲しいままにしていた。しかし、音声が加わったトーキーが商業映画に導入されると、たちまち過去の人となってしまう。その一方、バレンティンが映画デビューのきっかけを与えた女性ダンサー(ベレニス・ベジョ)は、トーキー時代の新スターとして成功の階段を駆け上がっていく――。
無声映画時代のスターの栄枯盛衰を、無声映画で描くという手法がなにより大胆だ。ミシェル・アザナビシウス監督(「OSS 117 私を愛したカフェオーレ」)は、無声映画時代のスターを描くにあたり、台詞も効果音もない主人公の主観をそのまま映画のスタイルに反映させているのだ。VFXが生み出す驚異の映像や、素早いストーリー展開に慣れた観客にとってみれば、白黒なんてうんざり、台詞のない映画なんて、苦行でしかないと敬遠するかもしれない。でも、アザナビシウス監督は、現代の観客のために編集のテンポを早めていて、おまけに内容は軽快なラブストーリーなので敷居はかなり低くなっている。
主役ふたりはフランス国外ではほとんど無名だけれど魅力に溢れているし、ジョン・グッドマンやジェームズ・クロムウェルといったハリウッドの演技派が脇を固めている。さらに、この映画は完璧な無声映画ではない。劇中の一部で効果音と台詞が使われているのだが、その導入のタイミングが絶妙なのだ。
ピクサーの「ウォーリー」を見たときにも感じたのだけれど、映画から台詞が取り去られると、観客は想像力を働かせなくてはならなくなるから、前のめりにならざるを得ない。俳優の身振りや表情をじっくり観察し、わからないところは想像で補っていく。派手な映像や音の洪水を浴びせられる受動的な映画鑑賞とは違った、参加型の映画体験ができるのだ。映画業界が3Dという新たな上映方式に移行しつつある今、「The Artist」はいまや失われてしまった映画鑑賞の楽しみ方を思い出させてくれた。アカデミー賞にノミネートされる価値のある作品だと思う。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi