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【「秒速5センチメートル」考察】たくさんの記憶に紐づいた映画がもたらす僥倖

2025年10月3日 20:00

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「秒速5センチメートル」は、10月10日に全国公開
「秒速5センチメートル」は、10月10日に全国公開
(C)2025「秒速5センチメートル」製作委員会
※本記事には、アニメーション版との違いに触れている箇所があります。十分ご注意ください。

またたく満天の星。かつてこんなにたくさんの星を見たことがあっただろうか。夜空を見上げた記憶がよみがえる。「秒速5センチメートル」は、そんなふうに極私的な記憶を呼び起こす映画。いや、あの頃は、見上げれば空に星があることすら忘れていたのかもしれないが。

新海誠監督の同名アニメーションを実写化した「秒速5センチメートル」。転校によって出会った、感受性豊かな小学5年生の貴樹(たかき)と明里(あかり)が、二人で交わした言葉の数々を起点に、自身を見つめ、大人になっていく18年を描く。

画像2(C)2025「秒速5センチメートル」製作委員会
画像3(C)2025「秒速5センチメートル」製作委員会

転校が続き、疎外感を感じていた小学生二人は、さまざまな会話を積み重ねて仲良くなるが、中学進学と同時に再び明里(白山乃愛)が転校。転居先の栃木県岩舟駅は、中学一年生の貴樹(上田悠斗)にとって簡単に行ける場所ではない(岩舟駅駅舎でのシーンや、撮影は長野だそうだが雪の中の桜の木のシーンはとても情緒的)。そうするうちに貴樹も種子島に転校。子どもでなくても簡単に会うことは許されない物理的距離ができる。

ストーリはおおむね同じだが、アニメーション版は高校生までの貴樹と明里がメイン。一方、実写版は大人になった二人の物語。貴樹(松村北斗)はソフトウェア開発会社のシステムエンジニア、明里は紀伊國屋書店の店員として、ともに新宿で働いている。ジュブナイルから大人の物語へ。実写にした意味はそこにこそあった。その変更について、大人の明里を演じた高畑充希はこんなコメントをしている。

画像4(C)2025「秒速5センチメートル」製作委員会

アニメーション版の明里は、少年である貴樹の側から描かれる。それを高畑は、“素敵な女性”という“概念”のようだと感じ、自分に演じられるのか不安をおぼえたという。中学生男子の“初恋の人”としての明里なのだから仕方がない。だが実際、台本を受け取ってみると「“概念”じゃなくて“人間”」が描かれていた。高畑の演じた明里は、18年という年月のなかで、自分なりの規範をしっかりと獲得し、それに基づいて生きている。そう描かれていたのだ。

画像5(C)2025「秒速5センチメートル」製作委員会

種子島編で登場する貴樹に片思いするサーフィン好きの高校生、花苗(森七菜)も人間臭さが増していた。貴樹に告白をしようとするが、彼が自分を見てなんかいないことに気づき、貴樹の前ではなく、サーフィンでうまく波に乗ることに成功した海の中で、一人号泣する。人目もはばからず(海のなかだから人目はないのだが)嗚咽をあげる花苗の姿は、彼女が人間味のある大人へと健やかに成長するだろうことを示してくれた。

画像6(C)2025「秒速5センチメートル」製作委員会

高畑充希も、森七菜も、「国宝」の主要キャスト。あの撮影が終わってすぐ、本作の撮影に入ったのだろう。その、いまをときめく売れっ子たちが演じる、意思決定の“余韻”が素晴しかった。明里、花苗が行ったであろう熟考の軌跡は、言葉(モノローグ)で補わずとも伝わってきた。

画像7(C)2025「秒速5センチメートル」製作委員会

主人公の貴樹を演じた松村北斗にもそれは言える。実写版の大人の貴樹は、受動的に生きている。手の届かないものに触れたいと思っているのに、自分からは踏み出せず上司の窪田(岡部たかし)や、同僚で恋人でもある水野(木竜麻生)に背中を押されて生きている。寡黙で、壊滅的に人づきあいが下手。ともすれば反感を買いそうな人物だが、その人生に2時間2分付き合ってみようという気にさせるのは、冒頭、貴樹が本屋で見せる表情なのだろう。彼が天体好きだという設定も貢献している(ボイジャーおよびゴールデンレコードについては、打ち上げられた当時、子ども向け雑誌がこぞって特集した)。

画像8(C)2025「秒速5センチメートル」製作委員会

大人の話として成立させるには、人物の背景が描かれている必要がある。その一つとして興味深く感じたのは、水野さん。二人の関係性は決して良好とはいえないが、貴樹は水野が“電車に乗ることができない”人であることをしっかり受け止めている。多くが描かれるわけではないが、その一つで彼女の人生を垣間見られたような気がした。

“電車に乗ることができない”ということで思い出すのは、松村北斗が「夜明けのすべて」で好演した山添だ。山添は、転職した会社で移動式プラネタリウムの事業を手がける。別の映画のキャラクターだが、どこかで世界線がつながっていて、貴樹の根底に、山添の記憶が宿るように感じられた。松村北斗つながりでは、実写版には出てこないが、アニメーション版の明里がハルキゲニア、貴樹がオパビニア好きという設定にも「ファーストキス 1st KISS」および松村ファンはにんまりしたはずだ。ちなみに松村は、原作者である新海誠監督作品「すずめの戸締まり」に宗像草太の声で参加している。

画像9(C)2025「秒速5センチメートル」製作委員会

この映画が、個人的記憶を呼び覚ますのは、誰もが遭遇したことのある、何かを覚醒させるできごとがちりばめられているからだ。それを手繰り寄せるうちに、多くのことを思い出し、本作の記憶とともに刻み込まれる。人は孤独のようでいて、社会とのつながりなくしては生きていけない。めぐりあわせが新たなる物語を生む。この作品が豊かだと感じるのは、そうした小さな事象を丁寧に描いているからだろう。

貴樹を天体好きで天文手帳を愛読している設定にするなど、小さな描写を逃さず織り込む脚本の鈴木史子(「愛に乱暴」「雪子a.k.a.」)の仕事が活きる。いまや引っ張りだこの今村圭佑(「アット・ザ・ベンチ」「サンセット・サンライズ」「8番出口」)のカメラが捉える場所、匂い、言葉、天気、景色など事象のショット、上野甲子朗の照明も素晴らしい。

いずれにしても、それらを静かに力強くまとめてみせた奥山由之の手腕。長編一作目。習作「アット・ザ・ベンチ」では、何も起きない多摩川河川敷ベンチの二人を、焦ることなく、何かを足してしまうことなく見せた。そこに物語を入れ込むと、こんなにも緻密な演出になるのかと驚いた。

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秒速5センチメートル」では、貴樹の通う種子島の高校教師で花苗の姉・美鳥が、切ない恋愛映画「月とキャベツ」(1996年、篠原哲雄監督)の主題歌として紹介する「One more time, One more chance」が、劇中歌としても使用される。冒頭の星空の記憶は、この「月とキャベツ」の撮影現場時のもの。約30年前、ロケ地の群馬県中之条町の伊参スタジオで、この曲の流れる場面をいかに撮るか、スタッフ、キャスト一丸となって悩んでいる頭上に、満天の星が瞬いていた。

「One more time, One more chance」は失った恋人への割り切れない思いを歌ったものだが、映画のメインストーリーはビジネスと創作の狭間で悩むミュージシャン、花火(山崎まさよし)の再生。その再生を促すヒバナという少女(真田麻垂美)は、物語の流れからも花火の側からのみ描かれる。そこは「秒速5センチメートル」のアニメーション版とも近い。美鳥がこの映画に惹かれたのは、クリエイターへの共感だったのか、いまはここにいない恋人への切ない思いだったのか、奥山監督自身の思いとのリンクなのか。いずれにしても、当時、圧倒的支持を集めていた岩井俊二の「スワロウテイル」ではなく、篠原哲雄の「月とキャベツ」を妹にすすめた時点で、美鳥からある種の強さを感じ取った。

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ちなみに種子島の私的記憶は、故大杉漣さんが主演し、種子島で撮影した「ライフ・オン・ザ・ロングボード」(2005)。この映画でも、森七菜同様、大杉漣はスタントなしでサーフィンの撮影をこなした。

映画は、単体で完結させるものが圧倒的。もちろん独自性こそ存在理由なのだが、たくさんの記憶に紐づき、記憶された映画は、何かを見るたび、何かを耳にするたびに、いつでも思い出せる。映画が、作品の枠を超えた記憶となるのはとても楽しい。(文/関口裕子、編集・構成/大塚史貴)

画像12(C)2025「秒速5センチメートル」製作委員会

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