インディペンデント映画への熱意あふれる若者たち、レトロと先端が同居する街歩きも楽しい全州国際映画祭【世界の映画館めぐり】
2025年5月17日 12:00

映画.comスタッフが訪れた日本&世界各地の映画館や上映施設を紹介する「世界の映画館めぐり」。今回はゴールデンウイークの休暇を兼ねて訪問した第26回全州国際映画祭(4月30日~5月9日開催)をレポートします。

朝鮮王朝発祥の地として知られる古都、全州は首都ソウルから200キロほど南に位置する内陸の街で、韓国の3大映画祭のひとつとして知られる全州国際映画祭は、アジアを代表するインディペンデント映画祭として長い歴史を持つ映画祭です。また、郊外には「パラサイト 半地下の家族」をはじめ、有名映画が数多く撮影された全州映画総合撮影所があり、全州は映画の街として広く知られているそうです。
全州国際映画祭では、昨年日本で高い評価を得た、三宅唱監督の「夜明けのすべて」がオープニング作として選ばれ、太田達成監督作「石がある」が2023年のインターナショナル・コンペティション部門グランプリ受賞と、これまでに多くの日本映画が紹介されています。今年は世界57の国と地域から集まった、224本が上映されました。

日本ではゴールデンウイークのこの時期、韓国も祝日が続く連休シーズンです。昨年夏の休暇で全州を初めて訪れた筆者は、街の魅力にはまってしまい、今回、念願の再訪が叶いました。初めて参加した結論から申し上げますと、映画も、韓国の地方都市の旅も楽しみたい方には120%お勧めしたい、素敵な映画祭でした。

インディペンデント映画を集めた映画祭ですので、上映作品のほとんどが、韓国初公開、アジアまたは世界初公開という作品ばかりです。オープニング作品は今年の第75回ベルリン国際映画祭で脚本賞を受賞した、ルーマニアのラドゥ・ジューデ監督「Kontinental '25」。日本でもその名を知られる女優で、「復讐者に憐れみを」「別れる決心」などパク・チャヌク監督との親交もあるイ・ジョンヒョンがプログラマーとして、韓国映画のみならず、是枝裕和監督「誰も知らない」など世界の名作を選出し上映する、本映画祭ならではの特色ある部門もありました。

コンペティションはインターナショナルと韓国映画の2部門あり、今年の国際コンペティションはジョエル・アルフォンソ・バルガス監督の「Mad Bills to Pay」(英題)、韓国映画はチョ・ヒンソ監督の「Winter Light」(英題)が最優秀賞。日本関連では、受賞は逃しましたが、宇和川輝監督の「ユリシーズ」がコンペティション入選、蔦哲一朗監督の長編第2作「黒の牛」が、コンペティション部門以外の優れたアジア映画に贈られる特別賞、NETPAC賞受賞の快挙となりました。


映画を観るときは、監督名や出演俳優で選ぶ、という方も多いでしょうが、あらすじに惹かれたり、都合の良い日程だから、という理由で未知の世界各国の映画の上映を楽しみに集う若い客層が印象的でした。現在配信中のNetflixシリーズ「隠し味にはロマンス」(Tastefully Yours)トーク付き上映をはじめ、韓国国内で知名度の高いキャストらが登壇するチケットは争奪戦だったようで、特に韓国映画コンペティション作は、筆者はいくつも取り逃してしまいました。


また、外国で日本映画がどのように受容されるのか見てみたいという興味から、Q&Aのある日本関連作を事前からチェックしていましたが、こちらも予約開始時刻から数分で満席となり、(まったく異なる傾向の作品ですが)「桐島です」「ザ・ゲスイドウズ」に至っては席をとれない事態に。連休中の開催ということもあり、夜間の上映でもほぼ満席、Q&Aも多くの観客が意欲的に質問を投げかけており、韓国の映画ファンの熱意と好奇心をひしひしと感じる日々でした。

会期中、筆者が鑑賞できたのは15本。そのテーマは多岐にわたりますが、特に女性監督作品や女性の生き方を描いた作品が印象深かったです。韓国映画コンペティション部門ではイ・ウンヒ監督「Colorless, Odorless」(英題)。アート作品のような美しいポスターに惹かれての鑑賞でしたが、内容はサムソンをはじめとした世界的大企業の半導体工場勤務者の健康被害を告発する勇気あるドキュメントでした。
コンペティション以外のドキュメンタリーでは、1939年生まれ、韓国を代表するアーティストのユン・ソクナムの活動を追った「Pink Moon」(英題)。妻や母親という役割だけの人生に疑問を持ち、40代から絵を描き始め、植民地主義に抵抗した活動家たちのポートレートを描き続けた女性です。彼女の情熱や才能のみならず、女性の自立や生き方についても描く普遍性あるテーマの作品でした。
コンペティション外の韓国映画部門の劇映画では、チャ・ジョンユン監督の初長編作、ソン・ジヒョ主演の「Home Behind Bars」(英題)が味わい深かったです。女性刑務所の刑務官が主人公、受刑者とその娘との交流を静謐かつ繊細に描く物語で、こちらは若い制作者を支援するメキシコ国立シネテカ賞を受賞しました。
韓国映画以外で個人的に気に入った日本未公開作では、ニキ・ド・サンファルが1976年に監督した「A Dream Longer Than the Night」(英題)。寺山修司作品のようなアングラな作風で、手作り感あふれる特撮、舞台装置や小道具、アニメーションが魅力的。当時からフェミニズム運動の先端だったフランスの作家らしい、ユーモアとアイロニーに溢れた作品でした。
そのほか、韓国映画ではLGBTQをテーマにした作品が目立ち、また、「Again、Towards Democracy」部門が設けられ、民主主義の危機や難民問題など、韓国をはじめ世界諸国の政治状況を扱ったドキュメンタリーが上映されたのも、今年の特色のようです。
上映会場以外にも、無料の野外上映、音楽ライブなどさまざまなイベントが開催されていました。筆者が驚いたのは、映画祭オリジナルグッズ販売コーナーが大盛況だったこと。開店直後から長蛇の列ができており、個人の記念にはもちろん、映画祭に行ったことをアピールしたくなってしまうような、デザイン性高く実用性あるグッズが並んでいました。



上映作品のポスターは展示だけでなく、ポスターやポストカードとして販売され、「マインクラフト ザ・ムービー」公開に合わせたのでしょうか、映画祭オリジナルレゴは初日で完売していました。



映画祭のモニュメントが飾られた街角の公共の広場には、音楽ライブステージやスポンサー企業のブースが並び、インスタントラーメン、菓子類、コーヒーなどのサンプル配布がありました。こういった美味しいおみやげも映画祭に足を運んでよかった、と思わせてくれますね。また、映画祭のアプリが非常に使いやすく、上映作品の検索、観たい作品の上映日ごとのリスト作成、チケット予約がストレスなくできました。



全州はソウルからは高速バスで約3時間。KTX(韓国高速鉄道)を使えば2時間強くらいで到着できます。市内に川が流れ、自然豊かな公園や史跡が点在、レトロな時間が流れる個人経営の商店や食堂と、センスの良い最先端の店舗が同居するような街でした。映画祭が開催される繁華街から、“韓屋(ハノク)”と呼ばれる、瓦屋根の建造物が立ち並び、歴史的スポットや古い町並みが残る旧市街の韓屋村も徒歩圏です。



例えば、東京国際映画祭が開催される有楽町・銀座界隈は高級ブランドも立ち並ぶような、いわゆる東京を代表する大人の街ですよね。全州国際映画祭メイン会場の繁華街はまた違って、トレンドを押さえたファッションや飲食店がひしめき、どちらかというと若者向けのカジュアルな店舗が多いのが特徴です。近年円安ウォン高傾向ですが、お昼だったら日本円で1食1000~2000円と、東京とほぼ変わらない金額で収まるので、今日のランチはここ、明日はあのカフェに行きたいな……と、毎日の食事も楽しみの一つでした。



とりわけ、若い世代が個人経営するカフェは、メニューから内装までそれぞれのオーナーのこだわりを感じ、リーズナブルで間違いのない画一的な美味しさを提供する日本のチェーン店利用に慣れてしまった筆者に、新規店舗開拓の喜びを教えてくれました。そのほか、居心地のよさそうなバーや、日本の居酒屋を洗練させたような夜メインのお店も魅力的、またタイムスリップ感のある古き良きローカル市場の食堂も味わい深いものでした。


名物として知られるビビンパをはじめ、食事もスイーツも、どこで何を食べても美味しかった全州。日本のひとり食べ歩きの達人……といえば「孤独のグルメ」の井之頭五郎さんですが、五郎さんもドラマ版(season7)で美食の街全州を訪問しており、筆者も五郎さんが訪れた食堂(店名:トバン토방)に行って、同じメニューを食べてきました。


いわゆる日本で言うところの定食で、チョングッチャンという韓国版納豆のような滋味あふれる大豆尽くしの汁をメインに、豚肉の炒め物や目玉焼き、キムチや葉物野菜でビビンパを自分でつくって食べます。女性の1日分の必須栄養素がこの1食で摂れてしまうような充実度。今年は劇場版が韓国でもヒットしたとのことで、松重豊さんのサイン入り色紙の写真を撮っているお客さんもいました。映画祭会場からはやや離れた郊外にありますが、バスで15分程度で行くことができました。

筆者は90年代後半~00年代前半に学生だった、今で言う氷河期世代の人間です。現在、なにかと憐れまれる世代ですが……学生時代は今ほど日本の経済状況は悪くもなく、当時はスマホも、コスパ、タイパという言葉もなかったので、特に文化系の学生は映画や書籍、ファッションなどカルチャー分野に、お小遣いや余暇を惜しみなく使うのが娯楽の一つだった気がします。全州映画祭に集う韓国の若い世代の姿を見ると、流行りのエンタメ大作とは一味違う、知らない世界や社会の現状を映す映画を見てみたい、発掘したい、そんな意欲を持った当時の自分たちを見ているような気持ちになりました。

寒すぎず暑すぎない5月という気候が心地良く、宿泊先も豊富、会場付近であれこれ楽しめるので、映画ファンはもちろん、ソウルやプサンといった大都会とは一味違った韓国旅をしたい方は、ぜひ来年の候補にしてはいかがでしょうか。

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