池松壮亮&妻夫木聡、俳優としての「本心」が語りたがっていること。【インタビュー】
2024年11月8日 11:00
石井裕也監督がメガホンをとり、平野啓一郎氏の小説を映画化した「本心」は、デジタル化社会の功罪を鋭く描写したヒューマンミステリーだ。今作で主演を務めた池松壮亮は、同郷(福岡県)の先輩でもある妻夫木聡と映画では10年ぶりに共演を果たした。穏やかな笑みを浮かべるふたりの現在地に迫った。(取材・文/大塚史貴、写真/根田拓也)
映画.comでは2014年5月、くしくも同じ石井監督作「ぼくたちの家族」で2人をインタビューしている。この年、ふたりは石井監督作に2本(「ぼくたちの家族」と「バンクーバーの朝日」)で共演。銀幕の世界で久々に対峙してみて、どのような変化を感じ取っただろうか。
妻夫木「壮亮と共演するから…という特別な意識は持っていないんですが、壮亮がいる現場だからこそやりたいな…というのは正直なところちょっとあるんですよね。石井さん然り。壮亮は一番頼りになるというか、安心感があるんです。誰かと芝居をするって、ある種のコミュニケーションが生じたりするのですが、壮亮とであれば一切考えなくていい。壮亮は役としてそのまま現場にいてくれるので、僕も役として現場に向かえばいいだけ。そのままの姿で土俵に立てることが頼もしいし、ありがたいんです」
池松「恐縮です。僕は少し緊張します。明日は妻さん(妻夫木)とのシーンだ、うまくやれるかな、どれくらいちゃんとセッションできるかな…と不安にはなるんですが、そうしたことが邪魔になるということはありません。向き合うと、妻さんの持つ静かなエネルギーがスーッと入ってきてくれるんです。『よーい、スタート!』の瞬間と共にモードが切り替わることに身を任せ、妻さんと心を通わせながらその瞬間のベストを目指していくことは、いつまでもとても光栄で幸せな時間です。それと今回感じていたのは、10年前の『ぼくたちの家族』の現場で、妻さんは現在の僕の年(34歳)だったんだな…と。なんであんなに頼もしかったんだろう。なんであんなに周囲に気配りができたんだろうって。
今回の現場には、同じ福岡出身で9歳年下の水上恒司くんがいてくれたのですが、僕は妻さんのようには相手ができなかったんです。もちろん兄弟役だったからこそというのもあると思いますが、妻さんは今回も、あの頃の兄貴のまま変わらずにいてくれて、僕はまだまだだなと思いました」
一方で、妻夫木は池松をどのように見ているのか知りたくなった。10年前のインタビューでは、「壮亮も石井さんも良い意味で生意気。絶対に染まらないから、そこが好き」と話していたが……。
妻夫木「生意気って言っている僕が、一番生意気ですよね(笑)。壮亮は心持ちというんですかね、ずっと変わらずに持ってくれている。実はそこが一番大事なことだと思うんです。僕の頭の中にずっとあるのは、覚悟なんです。作品に向かう覚悟、役に挑む覚悟がなければ、観てくださる方々に伝わらない、届かない気がするんです。
壮亮と石井さんは10年前、それを『勝負』という言葉に置き換えていましたが、ベースにそれがあるからこそ、もし僕がひよったとしても『こいつらがいるんだったらいける』という気持ちにさせてもらえる。今はふたりとも、更に耕してきた畑が広がっていると思うので、僕自身も『今回はニンジンとして育ってみようかな』って遊ばせてもらえる感じにもなる。もう家族みたいなものなんですよ。親戚に会っている感覚だから、何年かぶりに会ったとしても『久しぶり!』とはならないですからね」
気負いのない口調で、だがそれとは裏腹に背筋はすっと伸びたふたりが交わす会話には淀みがない。10年前、妻夫木、石井監督らとバンクーバーを訪れた筆者は、かつて日系移民が暮らしたエリアを歩きながら、石井監督が「受ける天才」と妻夫木を評していたことを思い出した。今作でも、決して長い尺ではないが池松と対峙し、仮想空間上に任意の“人間”をつくる技術「VF(バーチャル・フィギュア)」の開発者・野崎という役を、観る者に違和感を抱かせることなく体現してみせている。
石井監督はコロナ禍でも映画製作を諦めることなく、「茜色に焼かれる」「アジアの天使」「月」「愛にイナズマ」と傑作を生みだし続けてきた。ふたりは、アップデートを繰り返す2024年の映画作家・石井裕也をどのように受け入れているのか。
妻夫木「石井さんのテンポ感が尋常ではないくらい速くなっていてビックリしました。壮亮は定期的に仕事をしているからどれくらい速くなったか分からないかもしれないけど、より明確に迷いがなく、やりたいことがはっきりしているように感じました。もちろん、スタッフとの相性の良さもあったと思いますが、ドラマよりも速いテンポで撮るんですよ。ただ、考えることを忘れないといけない部分が、芝居をしていると生じてくるんです。その暇すら与えてくれないということが、今回助けられたのかなと思います」
池松「頼もしさと誇らしさがあります。それから石井さんは今作の撮影時、いつも以上に頭がキレていた印象がありました。10年前を思い出します。『茜色に焼かれる』を経て、『月』を経て、『愛にイナズマ』を経て、決断もさらに速くなりましたね。もともと答えを急ぐところがありますが、ものすごくキレていました。このスピード感だと皆がついて来れなくなりそうだと心配しますが、はっきりとした高いビジョンを持っているので、クオリティの面で下がっていくことがないのが凄いなと思います」
妻夫木「壮亮だから成り立っている、というところはあるよね。普通は無理じゃないかな。『池松くん、いまどう考えていた? そうだよね。こっち側のことを考えていたよね。それだと行き過ぎなんだ。じゃあ、もう1回。よーい、スタート!』みたいな速さなんですよ(笑)。石井さんは見えているんですよ。そして、壮亮自身もやっていて理解している。ふたりの関係性ゆえに成立していることなので、余計な感情は生まれないし、それを見ていて不安にもならない。ふたりだからこそ成せる技でした」
池松「あとは、映適(日本映画制作適正化機構)を意識せざるを得ないことはありました。予算とやりたい分量と撮影時間がどうしても釣り合わないから、なるべく前段階で話し合いを済ませ、現場ではすぐに撮れるような体制を構築していました。ほぼ1テイク。後半はテストもやらなくなっていましたね」
今作を語るうえで、「心」について触れないわけにはいかない。というのも、今作がテクノロジーは、人の心を再現できるのか…をテーマにしているからだ。
「大事な話があるの」――そう言い残して急逝した母が、実は“自由死”を選んでいた。幸せそうに見えた母がなぜ自ら死を望んでいたのか…。どうしても母の本心が知りたい息子の朔也は、最先端のAI企業に「母を作ってほしい」と依頼。母の本当の心を知りたかっただけなのに、朔也は自分の心や尊厳さえも見失っていく。
これまで何度となく取材を通して、ふたりの“真心”に触れてきたからこそ、聞かずにはいられない。ふたりの「心」がいま最も求めていることについて。
妻夫木「全てにおいて純粋なんじゃないかな。誠実とも違う、もっとピュアなもの。子どもって何も考えずに行動するじゃないですか。大人がしたことに対してリアクションも取らない。それくらいの純粋さというものが必要なんだろうなって思っています。この役はこうあって欲しいとか僕の概念は一切なくして、役者を始めたときに何も考えず――考えることも知らないから――その役を演じていたわけだけど、あの何も考えることができなかった、純粋に芝居を楽しんでいる感じを僕らは二度と得られない。そこを今一度、僕は追いかけています」
池松「心は何を求めているんだろう…。頭の中で考えていることはいっぱいありますが、心は…。自分だけのことではないことは確かですが。妻さんともう一度、ちゃんと共演したいです」
10年前、妻夫木は「バンクーバーの朝日」の初日挨拶で「人が一生懸命な姿って、どんなに着飾った人よりも素敵。この映画を観てくれた人に少しでも希望を届けたかった。一生懸命な人って本当に格好いいんです。皆さん、どうか目の前のことから逃げないで」と涙ながらに語りかけていた。そして、妻夫木と池松は今も変わらずに一生懸命だ。これからの10年、ふたりが見据えていることに興味を抱く人は少なくないはずだ。
妻夫木「もう少し壁がなくなっていけばいいかなと思います。いまだに日本映画、日本のドラマ、海外、アジアなど、日本人って勝手に壁に作りがちで、それを超えていった人はすごい!と思いがち。エミー賞で真田広之さんが『SHOGUN 将軍』で快挙を成し遂げましたよね。『あれだけアメリカで頑張ってきたから実った!真田さん素晴らしい!』っておっしゃる人が多いけど、真田さんはそんな風に思っていないはずなんです。真田さんはやりたいことをやってきただけ。その中で『SHOGUN 将軍』が評価された。
評価されたから素晴らしいって、おかしいじゃないですか。真田さんは、そもそも素晴らしい人なんだから。誰かに求められない限り素晴らしい人間じゃないっていう風潮がなくなればいいと、僕は思うんです。みんなアメリカでもアジアでも、好きなところで仕事をしていって壁がなくなれば、新しい映画も生まれていくのかなと感じます。僕ひとりが言ったところで難しいですが、そういう未来があるといいな。僕は日本映画が大好きですし、日本の映画の現場が大好きですが、少しずつ変わっていかないといけない分岐点に来ている気がするんです。受け入れる、受け入れないじゃなくて、僕らが行動しなければって気がします」
池松「とてもよく分かります。映画のありよう、映画界のありようが、そこでうごめく個人のありようが大きく変わってきていますよね。映画が良くなるために必要なことや野心は、常に心にありすぎます。今作でAIやヴァーチャルなどに関する専門家の方々の話を聞いていると、これからの10年でAIとの共存のありようが決まってくるというんです。
だとしたら、社会も映画もどういう形に変化するのか。俳優はどうなっていくのか。まだ何も答えを見出せていませんが、きちんと見極め、変化を受け入れながら、変化を促していかなければと思います」
今後も出演作、公開待機作が多く控えるふたりに最後に聞いてみた。俳優としての「本心」は何を語りたがっているのかと。
池松&妻夫木「そもそも俳優に本心があるのか、分からないなあ」
池松「何を語りたがっているのかについては、おそらく一貫しています。より良い物語を俳優として、この世界に献上したいと思っています。話は逸れますが、このタイトルの作品に出演することを嫌だなと思う俳優の方もいるのではないかと思いました。俳優だっていわばリアルアバター。誰かの創作上に自分の体や声を預けているともいえます。そこに俳優としての本心はあるのか? そのことを朔也と共に僕自身も今作に問われたような気がしました」
妻夫木「僕は自分を信じていないところがあるんです。信じていなきゃ、この仕事はできないから矛盾しているんですが……。自分が『このシーン、どうなっているか分からないな』と思うところほど、良かったと言われることが多いんです。そういうズレって、僕の中であっていいと思っているんです。最近はそれが嬉しい。
ただ、昔はわからなかった。『これの何がいいんだろう?』って。多分それって、自分が持ち合わせていないからこそ許容できないんですよね。そういう瞬間が生まれていることが、最近はシンプルに嬉しい。要は、自分の会ったことのない自分に会いたいだけなのかもしれない。大雑把にいえば、良い作品をつくって皆さんに観ていただきたいって当然のように思っていますが、僕の役者としての本心は、未知なる可能性をもっともっと見出していきたいだけなのかもしれません」
池松「色々な役や作品に出合うことで自分が拡張していっているような感覚はありますよね。それが集団芸術の面白いところでもある。自分が関わる作品、自分がいいと思ったものの中に本心がある、ありたいと思っているイメージです。そこに本心があると思います」
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執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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