【「Cloud クラウド」評論】得体のしれない恐怖と狂気に支配されたような黒沢清監督の異世界
2024年10月6日 14:00
黒沢清監督が菅田将暉を主演に迎えて初タッグを組み撮りあげたのは、転売業で日銭を稼ぐ現代の若者が、憎悪の連鎖から生まれた集団狂気に狙われる恐怖を描いたサスペンス・スリラーだ。インターネットを経由する“実体のないサービス”を表す「Cloud クラウド」の名を作品タイトルに冠しており、自らがいつの間にかバラまいた憎悪の粒がネット社会の闇の中で凝縮して拡大し、得体のしれない狂気へと暴走していく―。
「神田川淫乱戦争」(1983)で商業映画デビューし、1990年代は「勝手にしやがれ‼」シリーズ、「蛇の道」などのVシネマ作品を手掛け、サイコ・サスペンス「CURE」で世界的な注目を集めた黒沢監督。2000年に入ると、「回路」「アカルイミライ」「ドッペルゲンガー」「LOFT ロフト」「叫」「トウキョウソナタ」、連続ドラマ「贖罪」などの作品を撮り上げ、国内外から高い評価を得て、その作家性が多くのファンを生んでいる。
以降も「岸辺の旅」「散歩する侵略者」などを撮り、ホラーからホームドラマ、エンタテインメントまで様々なタイプの作品を手掛けている。作家でありながら、職人監督でもあると言えるが、黒沢作品に一貫して、通底しているのは、人間が持つ(または見える)得体のしれない恐ろしさと狂気、そしてその恐怖と狂気に支配されたような独自の異なる世界観だ。
物語の背後で何やら“ゴー”という騒音が聞こえるか聞こえないくらいの音量でずっと鳴っていたり、意思があるような蠢く風を感じたり、見えないはずのものが見えたり、現実の世界とは異なる世界に作品全体が覆われているような、もしくは途中でいきなり異界とコンタクトしてしまうような、常に違和感を覚えるのが黒沢作品の世界だろう。恐らく黒沢監督は、我々とは違う視点で世界を見ることができるのではないか。
本作は、昔のアメリカ映画が好きな黒沢監督が、暴力沙汰と縁がないような現代の日本人が血なまぐさいアクションを引き起こすようなものをやりたいというアイデアから企画が動き出し、実際の事件をヒントに現代社会の狂暴性を描いている。そのため、前半はこれまでの作品でも得意としてきた冷徹なサスペンスで物語が進み、底知れぬ精神的な恐怖を味わわせながら、後半は憎悪が凄惨な殺し合いに発展していくガンアクションへとなだれ込む。
菅田が演じる主人公が転売で大金を手にし、都会のアパートから湖の畔の新居へ引っ越す。そこから物語世界は、まるで野心に燃える貧しい青年の恋と転落を描いた1950年代の人間ドラマのような、「ダーティハリー」などの70年代のバイオレンス・アクションのようなテイストを帯びる。すると、緑の多い美しい風景の中で、古川琴音演じる恋人との甘い新生活がスタートすると思いきや、当時のアメリカ映画を見ている者は、湖で何かが起きるのではないか、恋人との関係性が豹変するのではないかと邪推してしまう。さらに集団の狂気がピークに達する後半のクライマックスも、主人公の勤務先だった会社社長を演じた荒川良々がカウボーイか盗賊団の首領に見えてきて、まるで乾いた西部劇のような様相を呈するのである。
黒沢監督が70歳を前にして、本作は「どうしてもやりたいことを割と素直に実現できた、その最たるものかもしれない」と述べており、映画史への造詣の深さも堪能することができる、破壊と混沌の映画となっている。
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