江口のりこ&森ガキ侑大監督が“暴発するヒロイン”を生み出すまで キーになったのは順撮り【「愛に乱暴」インタビュー】
2024年8月31日 14:00
主演・助演、シリアス・コメディを問わず、次々と話題の映画、ドラマ、舞台に出演し、なんとも形容しがたい唯一無二の存在感で見る者に強烈なインパクトを植え付ける女優・江口のりこ。彼女が主演を務める映画「愛に乱暴」が8月30日に公開された。
原作は「悪人」「怒り」「横道世之介」など多くの著作が映像化されてきた当代きっての人気作家・吉田修一氏の同名小説。丁寧な暮らしを心がける、結婚生活8年目を迎えた桃子が、夫の不倫をはじめとする様々な事態によって居場所を失い、苦悩の果てに暴発していくさまを描き出す。
監督を務めたのはCMディレクターとして活躍し、映画「さんかく窓の外側は夜」、WOWOWのドラマ「坂の途中の家」などで高い評価を受けたか森ガキ侑大。本取材は7月、「愛に乱暴」がコンペ部門に出品された第58回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭(チェコ)から森ガキ監督が帰国した直後に行われた。(取材・文/黒豆直樹)
ホテルに帰ってからもバーで飲んでいたら、ヨーロッパ中から生徒が集まってくる映画学校の学生たちが「『愛に乱暴』の監督だ!」と寄ってきて「メチャクチャ面白かったよ」と言ってくれました。
「愛に乱暴」は、繊細な日常をひとりの女性にフォーカスして描いているところが魅力的だなと思いました。いま、生産主義というか、資本主義がさらに進んで社会全体が「もっと効率的に!」となっていく中で、居場所を失いそうになっているひとりの女性の姿が観る人の心に刺さるという人が多いんじゃないか? と思いました。
そうやって短くした脚本を一度、吉田修一さんにお渡ししたんですが「良くなっています。でもキャラクターをもっと活き活きとさせてほしいです」という注文をいただいたんです。そこからさらに手を加えて、吉田さんにも何度か読んでいただいたんですが、吉田さんは「面白くなってきましたね」、「もっと面白くなります」と背中を押してくださるような感じでした。一度「こんなに原作から変えてしまっていいんですか?」と尋ねたら「森ガキさんが描く『愛に乱暴』をつくってください」と。吉田さんにそう言っていただけて、僕も桃子に関して、よりウィットに富んだ、でも繊細なキャラクターにしたいと思ってつくり上げていきました。
ある種の“昼ドラ”感のあるカットをより映画っぽくするには、ワンカットでずっと江口さんに付いていくようなカメラワークにしたら、面白くなるんじゃないかと思って、これは江口さんにも話してなかったですけど、江口さんに脚本をお渡しする直前に変えたんです。
桃子、桃子、桃子…という感じで、江口さんの裏からカメラが追いかけるような感じで、あえて表情が映らない方向で勝負しようと決めました。最初は横山プロデューサーも戸惑っていましたし、普通なら「それはちょっと…」と止めていると思います。顔が見たくなっちゃいますよね? それをあえて見せないという演出――やっぱり、わかりやすさを優先して面で見せて切り返し、切り返し…とやってしまうと、想像力がなくなっちゃうんですよね。そうじゃなくて、顔は見えなくとも江口さんのフォルム全体で表現したいなと思いました。かなり勇気のいる決断でしたけど。
森ガキさんは現場のみんなが楽しくいられることをすごく大事にされるんですよ。誰かが退屈そうにしていたら、声をかけるし、私がボーっとしててもすぐに近づいてきて、しょうもない話をしてくれるんです。「いまはちょっとそっとしておいて…」というタイミングもあったんですけど(笑)。
でも、ちゃんとシーンごとにポイントを伝えてくださるし、細かい演出もしてくださったし、あとは完成した映画を観て初めて気づくことがすごく多かったですね。映画を観て「あぁ、これは本当に森ガキさんの映画なんだ」と思いました。正直、撮影が終わってから自分の力不足を感じるところ、「あのシーンはもう少し、桃子の心情を出しておけば…」とか考えてしまうところがあったんですけど、完成した映画を観ると、心情がきちんと描かれていて、そういうところは監督の力量で助けていただいたんだなと思います。
髪型に関しても、普段すごくさわやかなイメージなので、今回は誰なのかわかんない感じで、“ジョーカー”のような存在にしたいと思って、小泉さんにお願したんです。最初は戸惑っていらっしゃいましたけど、承諾していただいて、話し合いを重ねながらあのキャラクターをつくっていきました。
江口:孝太郎さんと2人で芝居するシーンはすごく難しかったです。それは私だけでなく孝太郎さんもそう感じていたと思います。でも、桃子は真守に合わせて生きている人間なので、芝居を孝太郎さんに合わせてみよう、と。そうするとお互い息が合いはじめました。
普段から、孝太郎さんって愛嬌もあるし、すごく面白い人なんです。だから大胆なキャスティングだなと私も思いました。不思議なことに、十数年前にテレビのドラマ(「名もなき毒」)で、私は孝太郎さんのストーカーの役を演じてまして(笑)。だから今回も「また孝太郎さんを追いかけるのか…」って思いましたね(苦笑)。
少し前にあるドラマ(「海の見える理髪店」)を柄本明さん主演でやらせていただいた時も僕がなるべく順撮りでとお願いしたんですけど、その時に柄本さんが役をつくり上げていく姿を見せていただいて、今回もこういう感じで江口さんと一緒にやれたらと思ったんですよね。
役者さんもそうだと思いますけど、僕自身も日常の繊細だけど何気ないシーンから入っていくことで、少しずつ見えてくるものってすごくあったと思います。
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