【「キリエのうた」評論】アイナ・ジ・エンドの歌声が“岩井俊二ワールド”に響き過去作品と交差する
2023年10月22日 08:00

「スワロウテイル」(1996)で日本映画界に衝撃を与え、「リリイ・シュシュのすべて」(2001)で時代を震わせてから22年、監督・岩井俊二と音楽・小林武史による新たな音楽映画である。石巻、大阪、帯広、東京と、岩井監督のゆかりある地を舞台に、出会いと別れを繰り返す4人の壮大な旅路と愛の物語が奏でられる。
「undo」(1994)が当時のミニシアターファンを賑わせ、長編第1作「Love Letter」(1995)でその人気を決定的なものとした岩井監督。続いて、それ以前にテレビ放送されたドラマ「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」「FRIED DRAGON FISH」、そしてショートフィルム「PicNic」(1996)が劇場公開されると瞬く間に“岩井俊二ワールド”は日本の映画界を席巻し、長編第2作「スワロウテイル」で時代の寵児となった。
独特な感性と映像美、そして音楽と融合して展開する物語が特徴のひとつである“岩井ワールド”。「ラストレター」(2020)でも小林が音楽を手掛けているが、音楽映画となると「リリイ・シュシュのすべて」以来となる。「キリエのうた」のヒロインには、今年6月に解散したグループ「BiSH」のアイナ・ジ・エンドが映画初主演ながら抜擢された。歌うことでしか“声”を出せない路上ミュージシャン・キリエという難役を演じ、彼女の独特な歌声と圧巻の歌唱力、本作のために自身でも6曲制作したという楽曲が物語を高め、胸に響く。
二人の少女、雪、地方の景色、誰かを想い佇む人物、人物の感情に寄り添うようなカメラワーク、自然光の多用、学校、制服、時空を超えた恋や友情、青春、手紙、同じ俳優や本物の歌姫の起用など、過去作品のキャラクターやシーン、設定やセリフ、物語、音楽を想起させる“岩井ワールド”の記号が散りばめられており、それらとつなぎ合わせて見ると、まるで岩井監督の頭の中のパラレルワールドがそれぞれの作品で交差し、ループしているようにも見えてくる。本作でも時代の空気をつかみとり、魂の救済を見つめ、小林の音楽とともに映像に昇華して、見る者の心と共振しようとする。
また、黒木華を「リップヴァンウィンクルの花嫁」(2016)に続いて先生役で起用したかと思えば、「ラストレター」で女子高生を演じた広瀬すずが本作では過去と名前を捨てた謎めいた女性を演じてこれまでのイメージを覆す。役者としての活躍も目覚ましい松村北斗(SixTONES)は過去にとらわれた青年の複雑な心情を繊細に演じ、岩井監督は役者や歌手がもっている新たな魅力を本作でも引き出してみせる。
本作のサウンドトラックも必聴。アイナが演じるキリエが「スワロウテイル」のChara演じるグリコ、「リリイ・シュシュのすべて」のSalyuが歌う「Lily Chou-Chou」(劇中に存在するカリスマ・アーティスト)と重なり、両作品のサントラも聞きたくなるだろう。岩井監督と小林がアイナ・ジ・エンドという才能を得て新たに生み出した本作は、ふたりの過去の音楽映画を見ていない今の若い世代にどのように響くだろうか。
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