「バービー」社会現象レベルのヒットはなぜ? ネタバレありで“語り合いたくなる傑作”を紐解く【ハリウッドコラムvol.339】
2023年8月23日 13:00
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
「バービー」の快進撃が止まらない。1億6200万ドルという驚異的な数字で全米デビューしたあとも好調を保ち、公開1カ月で5億6681万ドルに到達。世界総興収も12億8031万ドルで、現時点で1位の「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」を抜き、2023年のナンバーワン映画になるのは確実と言えるだろう。
映画がこれほどのヒットになるためには、口コミが広がるだけでなく、複数回鑑賞する観客が出てくる必要がある。つまり、「バービー」は間違いなく社会現象となっている。
日本では公開直前に、「オッペンハイマー」と一緒にした不謹慎なファンアートが話題となったこともあって、「バービー」にネガティブな印象を抱いてしまった人が少なくないと想像する。だが、それだけで「バービー」を見逃してしまうのはあまりにもったいない。映画史に残る傑作とは言わないまでも、今後、少なくとも数年はあらゆる場面で語られることになるはずだからだ。
実は「バービー」がここまでヒットになることは、制作陣でさえ予想していなかった。主演・プロデューサーのマーゴット・ロビーは、ワーナーに「10億ドルのヒットになります」と売り込んだと言うが、ハッタリに過ぎなかったと明かしている。では、なぜここまでのヒット映画になったのか?
世界的に有名な知的財産であることや、あらゆるタイアップを駆使した巧妙な宣伝キャンペーン、全米で同時公開された「オッペンハイマー」との相乗効果など、さまざまな分析がなされている。だが、ぼくに言わせれば、おバカなコメディ映画のふりをして、鋭いメッセージが込められた極めてスマートな作品だからだと思う。
この映画のスマートさを説明するためには、内容に触れなくてはならない。
物語は、人形のバービーたちが暮らすバービーランドで幕をあける。ここは女性(みんなバービーという名前だ)たちが力を存分に発揮できる場所だ。医師も社長も大統領もバービーたちが務め、男性たち(みんなケンという名前だ)は、バービーたちに気に入られることしか頭にない。
ある日、主人公の典型的なバービー(マーゴット・ロビー)の身に異変が起きる。完璧なはずのボディにセルライトができ、突然、死について考えるようになる。
原因は、現実世界にいる彼女の持ち主(現実世界とバービーランドは不思議な形で繋がっている)にあるとの助言を受けて、しぶしぶ彼女はバービーランドを出ていくことになる。持ち主が抱えている問題を解決すれば、自分も元通りになるはずだからだ。
虚構世界のなかにいる主人公が自我に目覚めていく展開はジム・キャリー主演の「トゥルーマン・ショー」と似ているし、特殊世界のキャラクターが現実世界で滑稽なトラブルを起こしていくのは、エイミー・アダムス主演の「魔法にかけられて」と同じパターンだ。
だが、「バービー」はここから独自路線を突き進む。バービーと勝手についてきたケン(ライアン・ゴスリング)は、現実世界がジェンダー不均等であることに驚く。女性には活躍の道が閉ざされ、男性であるだけでなぜかもてはやされるこの不思議な世界は、バービーにとっては悪夢だが、ケンには理想郷だ。バービーが持ち主捜しに奔走するあいだ、ケンは一足先にバービーランドに帰国。そして、現実世界で知った「家父長制」の素晴らしさをケンたちに説き、クーデターを起こす。かくして、バービーたちは思考停止したガールフレンドや人妻となり、現実世界のコピーが完成するのである。
そう、「バービー」の核は、ジェンダーの問題に真っ向から挑んだフェミニズム映画だ。でも、滑稽なコメディ映画の体裁を保っているので、説教臭さはない。例えは古いがエディ・マーフィ主演の「大逆転」(ジョン・ランディス監督)がエリートとホームレスの立場を逆転させたように、「バービー」はバービーランドの男女のパワーバランスを逆転させることで、双方を体験させてくれるのだ。
エンディング近くで、現実世界の女性グロリア(アメリカ・フェレーラ)が、女でいるのはいかに大変か、バービーにとくとくと語る場面がある。多くの女性が共感して涙する場面と言われているが、ぼくは反省で胸が張り裂けそうになった。こんな体験をさせてくれる映画などそうあるものではない。
キュートでごきげんな物語世界で観客を引き込み、笑いと驚きを提供しつつ、たっぷりの気づきと、感動を与えてくれる。鑑賞後、きっと親しい誰かと語り合いたくなる傑作だ。
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