2023年上半期・アメリカ映画界の興行成績について ヒットの境目となった要因は何?【ハリウッドコラムvol.335】
2023年7月14日 09:00
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
年齢を重ねるごとに時間の経過が加速度的に速くなっていると感じている。2023年になったばかりだと思っていたのに、もう下半期に突入しているではないか。過去6カ月の記憶が消え去ってしまう前に、上半期のアメリカの映画界、とくに興行成績を振り返りたいと思う。
現時点で2023年の北米興行ランキングは「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が5億7379万ドルで断トツの1位。以下、「スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース」「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME 3」「リトル・マーメイド」「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」が続いている。
ただし、興行収入だけで映画の商業的な成功・不成功は判断できない。たとえば、ホラー映画は総じて製作費が低いため、ヒットの目安となる数字はぐっと低くなる。北米興収1億ドルを突破した「スクリーム6」を筆頭に、「M3GAN ミーガン」(9500万ドル)、「死霊のはらわた ライジング」(6700万ドル)、「コカイン・ベア」(6200万ドル)などはいずれも大ヒットと言える。コスパが高いのだ。
一方、超大作には相当の興行収入が求められる。興行収入とは単なるチケットの売り上げで、そこから映画館の取り分が差し引かれる。しかも、映画宣伝にもコストがかかるため、赤字を回避するためには最低でも製作費の3倍の興行収入が必要だと言われている。
たとえばマーベル映画「アントマン&ワスプ クアントマニア」の北米興収は2億1400万ドル、世界総興収は4億7600万ドルと数字の上では立派だが、製作費が2億ドルかかっているので赤字だ。
同等の製作費がかけられた「ザ・フラッシュ」の場合、北米興収1億500万ドル、世界総興収2億6200万ドルだから損失はもっと大きい。
「シャザム! 神々の怒り」に関しても、スーパーヒーロー映画としてはコストが1億ドル程度に抑えられているものの、北米興収5700万ドル、世界総興収1億3400万ドルでやはり赤字だ。
「アントマン&ワスプ クアントマニア」や「ザ・フラッシュ」に2億ドルもの巨額が投じられているのは、大ヒットが確実とみられていたからだ。どうして目論見通りに行かなかったのだろうか?
いずれも同じジャンルだから、「観客がいよいよスーパーヒーロー映画に食傷している」という仮説が容易に立てられる。だが、それでは「スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース」や「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME 3」の大ヒットを説明できない。
さらに、製作費に2億ドル以上を投じているのに、興行で不振にあえいでいる超大作映画はスーパーヒーロー映画に限らない。
たとえば、大ヒットシリーズの最新作「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」やピクサーの「マイ・エレメント」がそうだ。いずれも北米で6月に公開されたばかりだがスタートは芳しくない。
2023年上半期において、ヒットとそれ以外を分けたものはいったい何なのか?
「結局は質が決め手じゃね?」と言う人がいるかもしれない。たしかに昨年の「トップガン マーヴェリック」のように、優れたエンタメ作品が記録的な大ヒットに繋がることはある。だが、歴代興行成績をみても、商業的な成功と映画の質に相関があるとは必ずしも言い切れない。おまけに、ここに挙げた個別の作品に対する評価は人それぞれなので、話がややこしくなる。
そこで、いったん俯瞰してみることにする。コロナ前の2019年上半期の北米総興収は77億3000万ドルだった。一方、今年の上半期は前年比約2割アップの44億6000万ドルである。2019年上半期、2000スクリーン以上で拡大公開された映画作品が57本だったのに対し、今年は45本だから本数的にはかなり近づいている。それでも総興収にこれだけの差がついているのだ。
アメリカではコロナは事実上終了しているので、感染防止のために映画館を避ける人はほとんどいない。他に理由があるとすれば、景気後退や物価高だろう。実際、ぼく自身も外食に行く頻度が極端に減った。何もかもが値上がりしているなかで、映画を選ぶ目が厳しくなるのは当然だ。
もうひとつは、米脚本家組合(WGA)のストライキだ。脚本家たちが執筆活動をボイコットしたところで、すでにクランクインにしていたり、完成している作品もたくさんあるから、公開に影響が出るには時間がかかる。だが、映画宣伝に直接的なダメージを与えているのだ。
アメリカのテレビにおいて夜10時から深夜までの時間帯はトーク番組の独壇場となっている。「ザ・トゥナイト・ショー」(NBC)、「ザ・レイト・ショー」(CBS)、「ザ・レイト・レイト・ショー」(CBS)、「ジミー・キンメル・ライブ!」(ABC)ケーブル局では「コナン」(TBS)「ザ・デイリーショー」(コメディセントラル)などだ。それぞれ人気コメディアンが司会を務め、時事ネタを絡めつつ自身が得意とする笑いを提供する。だが、最大の魅力は新作の宣伝のためにやってくる豪華ゲストだ。
たとえば、トム・クルーズは新作のたびに「ザ・レイト・レイト・ショー」に出演している。「ミッション:インポッシブル フォールアウト」のときは司会者ジェームズ・コーデンにスカイダイビングさせ、「トップガン マーヴェリック」のときは自らが操縦する飛行機に乗せてみせた。
だが、5月2日のスト開始をきっかけに、これらの番組は再放送に差し替えられた。WGAに所属している構成作家が執筆を辞め、ピケを張り始めたからだ。かくして、スタジオはアメリカにおける貴重な宣伝機会を失ったのだ。
6月16日全米公開の「ザ・フラッシュ」、6月30日公開の「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」の不振はこれで説明がつく。どちらもキャストが豪華だから、夜のトーク番組のゲスト枠を最大限に利用して、大いに盛りあげることができたに違いない。
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。