官能的な映像でモロッコの手仕事と夫婦の愛描く「青いカフタンの仕立て屋」マリヤム・トゥザニ監督インタビュー
2023年6月17日 10:00
「モロッコ、彼女たちの朝」のマリヤム・トゥザニ監督が、モロッコの伝統衣装カフタンドレスの仕立て屋を営む夫婦の愛と決断を描いた「青いカフタンの仕立て屋」が公開された。今年のカンヌ国際映画祭でコンペティション部門の審査員を務めるなど世界が注目するトゥザニ監督が、本作に込めた想いを語ったインタビューを映画.comが入手した。
伝統衣装カフタンの仕立屋を営むある夫婦。母から娘へと受け継がれる大切なドレスをミシンを使わず、すべてを手仕事で仕上げる職人の夫ハリムは、伝統を守る仕事を愛しながら、自分自身は伝統からはじかれた存在と苦悩する。夫を誰よりも理解し支えてきた妻ミナは、病に侵され余命わずか。そこに若い職人のユーセフが現れ、3人は青いカフタン作りを通じて絆を深めていく。そして刻一刻とミナの最期の時が迫るなか、夫婦は“ある決断”をする。 2022年カンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞を受賞。主演は「灼熱の魂」「モロッコ、彼女たちの朝」のルブナ・アザバル。
観客が針、布、手の感触をまるで感じられるような、普段目に止まらないディテールが見えるような、そんな形で撮りたかったんです。表情や視線から気持ちは伝わりますし、感情が常に言語化される必要もありません。私は言葉にしなくても感じ取れるような演出、画面に現れる言葉にならない瞬間が好きなんです。ですから私は、余計なもの、説明しすぎるものをそぎ落として演出するように心掛けています。ディテールが重要なのです。私たちは日々の生活の中で、何か大きなことを待ってしまうが、実際にはその美しさというのは、そのディテールに宿っているのではないでしょうか。またこの美しいカフタンを仕立てる、素晴らしい職人技へのオマージュでもあります。
ハリムが生地に触れるシーンでは観客にその感触を伝えたいし、職人の指先と刺繍の細部を見せてうっとりさせたい。ビルジニーには、ハリムの魂が宿る仕立屋の世界に没入できるビジュアル作りを依頼しました。本作は3人の内面で感情が激しく動きます。そのうごめきを表現するには言葉よりビジュアルが重要で、特に光は人間関係と心の変化を浮かび上がらせる役割を担っています。3人の緊張が和らぐにつれて、スクリーンが明るくなっていくことに気づかれたでしょうか。ハリムの情熱が光の強さとして現れているのです。
自分にとって音響づくりというのはものすごく大事なことです。屋内にあるときも外側の世界がまた違った形で常に存在している、感じられるように、そういう風にしたかったんです。だから観客の方も見ているときに、我々がどこにいるのかを、メディナを感じられるような。メディアはとてもいきいきした町で、 そして常にメディナを必ずしお見せないけど、存在を感じるような、そういう風に描いていきたかった。海への近さも感じてもらいたいところの一つだった。海が近いけど、海は見えない、それも独特です。海の隣にいるんだけど、そして音は聞こも匂いはするけれども、海はかならなずしも見えない。映画の最後まで、海は見えないけれども聞こえる、そういう風に作りたかった。これらの音をすべて捉えることは、私の求めていたリアリズムの一部でした。
ラフィカとは、カフタンや登場人物の衣装の色使いなど、何度も打ち合わせをしました。ミナの衣装はすべて、本作のために作ったオリジナルです。上品でやわらかなハリムの性格を象徴するために、流行や時代を感じさせない衣装を選んでいます。
はい、職人のララアミさんに協力していただき、生地の裁断からカフタンの完成まですべての作業を撮影しました。影の主人公的存在の青いカフタンは、あの形になるまでとても時間がかかりました。まず、私が思い描いたペトロールブルーの生地が見つからなかったのです。あの色合いを求めて探し回り、パリの布地街、マルシェ・サンピエールで理想の生地を見つけたのです! 次は刺繍のデザインです。ストーリーに合うデザインが思い浮かばず、途方に暮れていたある日、ふと、大切にしまっていた母のカフタンを取り出してみました。その瞬間、私が探していた刺繍はこれだ! と気づいたのです。すぐにララアミさんに母のカフタンをお見せして、このデザインを再現してほしいと相談しました。
劇中で製作するカフタンが決まったので、次はハリム役のサーレフ・バクリとユーセフ役のアイユーブ・ミシウィに、カフタン作りのレッスンを受けてもらいました。仕立て職人から針と糸の扱い方やコードの縒り方などの指導を受けたことで、ふたりは繊細な伝統技術を理解したようでした。
私もアトリエで作業風景を見学したり、手仕事の伝統を守ることについて職人から直接お話を聞かせてもらいました。ある職人は、「お金がもらえなくても、カフタン作りを続ける。自分にとってカフタンを作ることは空気のようなものなんだ」と、伝統を守る覚悟を語ってくれました。その彼が、弟子が途絶えて20年も経ってしまったと涙ぐむ姿は衝撃的でした。また、ある職人は、同僚が市場の卵売りに転職してしまったと、寂しそうに話してくれました。手仕事にこだわるカフタン職人は消えゆく存在です。私は本作に手仕事の美しさと、彼らへの敬意も織り込むと決めたのです。
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