アジア・フィルム・アワードから大阪アジアン映画祭へ 印象的だった“香港映画界のチカラ”【アジア映画コラム】
2023年5月14日 14:00
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!
2023年に入ってから、ベルリン国際映画祭をはじめ、大半の映画祭や映画イベントがコロナ前の盛況を取り戻しています。これぞ完全復活――コロナ禍とはもう“さようなら”と言ってもいいかもしれません。
この状況を受けて、16回目の開催となったアジア・フィルム・アワードも、4年ぶりにレッドカーペット&授賞式を行いました。私も2019年以来の現地参加。8時間ほど続くイベントには、さすがに体力ゲージもほぼゼロに……ですが、ファンの熱気に驚きつつ「ついに完全復活か」と妙にテンションが上がっていました。
この高揚感の中には、アジア・フィルム・アワードに関することだけではなく、映画祭の重要性、香港映画の復活など、さまざまな感情が入っていました。今回は、第16回アジア・フィルム・アワードだけでなく、第18回大阪アジアン映画祭、香港映画の“今”、そしてアジアの映画祭の動向と可能性について書かせていただきます。
東京国際映画祭、香港国際映画祭、釜山国際映画祭が共催する“アジア全域版アカデミー賞”のアジア・フィルム・アワードは、07年からスタートしました。もともとは香港国際映画祭の一環として、13年までは同映画祭の開催期間中に授賞式を行っていました。やがて14年、東京国際映画祭&釜山国際映画祭が加わり「Asian Film Awards Academy」を設立。香港以外での授賞式の開催、国際映画祭とのコラボ、アジア映画やアジア映画人の世界進出のサポートなど、アジア映画を幅広い形で世界へと紹介しています。
アジア・フィルム・アワードの授賞式は、見どころ満載です。第16回は、まず日本勢の健闘が目立ちました。
授賞式前に発表されていた阿部寛の「Excellence in Asian Cinema」受賞に加え、濱口竜介監督作「ドライブ・マイ・カー」が最優秀作品賞、編集賞、音楽賞の3冠を獲得。第15回「スパイの妻 劇場版」(黒沢清監督)に続き、日本映画が連続で作品賞を受賞するという快挙を果たしています。
「ベイビー・ブローカー」で初めて韓国映画を手がけた是枝裕和監督は、09年「歩いても 歩いても」以来、2度目の監督賞受賞となりました。
「エゴイスト」の宮沢氷魚は、激戦だった最優秀助演男優賞を制しています。今回、現地で授賞式に参加した日本の映画人は、海外の映画人と積極的に交流をはかったり、英語でスピーチしたりすることも。その光景がとても印象に残っています。特に、宮沢氷魚の受賞スピーチ(英語)は素晴らしかった。英語が流暢なだけではなく、非常に落ち着いた貫禄のあるスピーチ。海外のマスコミも高く評価していました。
授賞式は、単に結果を発表するイベントではありません。多くの映画人が集まり、映画を楽しみながら、新たな“映画”を探っている場です。アフターパーティーも同様、そこで出会った人々がタッグを組むことがあるかもしれません。だからこそ、英語でのコミュニケーション力は、やはり重要。映画祭や授賞式の参加を積み重ねていけば、海外進出、グローバル向け作品の企画の可能性も見えてくるはずです。
今回のアジア・フィルム・アワードで特に印象深かったのが“香港映画界のチカラ”。その話に入る前に、まずは近年の香港映画界の状況を説明させていただきます。
2022年の香港映画市場は“ゼロコロナ”の影響で104日間の営業休止を強いられました。累計興収は、21年と比べると5%ほど減少。コロナ前となる19年の数字に対しては、その6割程度に。つまり、とても厳しい状況が続いています。中国本土の映画市場の急成長によって、迷走し続けてきた香港映画界。2022年の数字は決して良いとは言えませんが、実は“大逆転劇”が始まっているんです。
10年代、香港の年間興行収入ランキングに入っていた作品の大半は、ハリウッド発の大作映画でした。ところが、2022年の香港年間興行収入ランキングトップ10には、なんと4本の香港映画が入っています。さらに、2023年に入ると、旧正月映画「毒舌大状」が、香港映画史上初の1億香港ドル(約17億円)を突破。これは“事件レベル”の快挙として、香港ではかなり大きく報道されました。
なぜこのような事態が起こったのでしょう? まずは“激動の数年間”を経た今、市民の“香港”という町に対する帰属意識が強くなっているのではないかと思っています。昨年のヒット作や賞レースの作品リストを見ればわかりますが、今までの香港アクション映画やスター映画と大きく異なり、ローカル性の高いラブコメ、庶民の生活を描いたもの、社会問題をテーマにした作品などがランクインしました。
これらの作品を手掛けたのは、香港の若い監督たち。香港映画界は新たな才能を育成するため、2013年から「First Feature Film Initiative」をスタートしていました。つまり10年が経った今、香港映画界の“未来”が続々と登場する結果となっています。
長年香港映画を全方位で紹介し続ける大阪アジアン映画祭では、今年も話題の香港映画を多数上映。香港の若手監督たちも来日し、何人かとお話することができました。その会話では“香港”“香港映画”に対する強い思いが印象に残っています。
日本でも話題となった「少年たちの時代革命」のラム・サム監督は、単独監督長編デビュー作「窄路微塵」を携えて、大阪にやって来ました。本作は、香港アカデミー賞とも呼ばれる香港電影金像奬で10部門にノミネート。昨年の台湾金馬奬でも、主演男優賞、主演女優賞など3部門にノミネートされ、邦題「星くずの片隅で」で、7月14日から日本国内での劇場公開も決まりました。
同作はコロナ禍を背景にしたヒューマンドラマですが、ラム監督によれば「実はコロナ以前から香港の労働者の“今”に焦点に当てたかった。コロナはその問題をより表面化した」とのこと。「映画監督として、香港、そして香港人の現状を伝える責任がある」と感じていたそうです。
また、サミー・チェンが主演した「流水落花」のカー・シンフォン監督にも話を聞きました。「香港映画はいい軌道にのった」と発言した後、このように話してくれました。
「昨年の香港映画は確かに少し元気になりました。しかし、私たちのような若い監督にとっては、あくまでもスタートだと思います。香港映画はピークの時代と比べたら、まだ本数が全然足りません。昨年はたった30数本の作品しか上映されていませんし、このままでは、マーケットは大きくならないでしょう。今、全世界がアジア映画に注目しています。でも最近のアジア映画が本当に良いものなのか、個人的に疑問を抱いています。全体を見渡せば、韓国映画は世界進出ができるレベルになっていますが、香港映画や台湾映画、そして日本映画も、正直がっかりする作品が多かった。常に国際意識を持たないと、今後の道はさらに厳しくなると思っています」
この話を聞いた後、香港の若手監督たちの未来に、ますます期待が高まりました(ちなみに、私が運営に関わっている「活弁シネマ倶楽部」は、5月19日より“新世代香港映画”と題して「縁路はるばる」「私のプリンス・エドワード」を配給します。ぜひ劇場に足をお運びください!)
若手監督たちの鮮烈な登場に加え、香港映画のスターにも世代交代の兆しが見えています。今回のアジア・フィルム・アワードのレッドカーペットで最も大きな歓声があがった瞬間は? トニー・レオン? いえ、人気アイドルグループ「MIRROR」なんです。同グループは、2018年11月3日にデビューを果たした香港初の大規模男性アイドルグループ。信じられない勢いで香港を席巻し、一時期は、香港で流れたCM全体の7割に出演していました。メンバーの映画出演も機会が多く、しかもいわゆるアイドル映画ではない。さまざまなジャンルの作品に出演しているんです。今の香港映画界において欠かせない存在でしょう。
「MIRROR」がレッドカーペットを歩いている時に聞こえた“女性ファンたちの叫び声”、いまだに覚えています。いや「MIRROR」の時だけではありませんね。今回のアジア・フィルム・アワード授賞式は、映画人、マスコミ、映画ファンが最初から最後までにぎわっていた印象。映画界には、このような“熱狂的イベント”が必要なのだと改めて感じました。
では、日本は? 今回はアジア・フィルム・アワードが終わった直後、そのまま大阪アジアン映画祭に参加することになりました。暉峻創三PDのプログラムは、相変わらず素晴らしい……。前述の香港映画のほか、グランプリを受賞した「ライク&シェア」はインドネシア映画の進化を感じることができ、ギナ・S・ヌール監督の才能をひしひしと感じることができる“凄まじい1本”でした。タイの傑作青春映画「ユー&ミー&ミー」、台湾トップスターのクー・チェンドンの監督デビュー作「黒の教育」も、ぜひ日本で一般公開してほしいですね。
ところが、大阪アジアン映画祭は“予算の問題”で運営がなかなか大変な状況のようです。映画祭の中身自体は素晴らしいのに、なぜこのような状況になったのでしょうか。そこで大阪アジアン映画祭に“無料で場所を提供した”大阪中之島美術館の太田泰史事務課長にお話を聞くことができました(https://youtu.be/bSBbUnjKzcA)。お聞きしたのは、“場所”を提供した経緯のほか、美術館として初となるPFIコンセッション方式の運営、海外の観客までも巻き込んだ日本美術界の逸話等々。映画業界の参考になる話題もあると思います。
映画祭は、規模が大きくなればなるほど、リスクを伴います。大阪アジアン映画祭は、アジアの映画人、映画ファンにかなり浸透しているので、その価値を最大限にいかさなければならないでしょう。その結果、日本映画の可能性も広がっていくはずです。
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