【「別れる決心」インタビュー】パク・チャヌク監督、新境地へ “刑事&容疑者のロマンス”をアップデートした仕掛けとは?
2023年2月14日 09:00
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「大人のための映画です。喪失の物語を悲劇的なものとして語るのではなく、繊細さとエレガンスとユーモアをもって表現しようとしました。大人たちに語りかけるような形で…」
「オールド・ボーイ」「渇き」「お嬢さん」などで知られるパク・チャヌク監督といえば、“エロス&バイオレンス”というイメージが定着している。ところが、新作「別れる決心」ではそのような“過激”なシーンはほとんど登場しない。にもかかわらず、惹かれ合った男女の感情がスクリーンから激しくほとばしっているのだ。
パク監督が仕掛けた“大人のための映画”――6年ぶりの新作は、新たな境地へと達した証だった。
2022年の年末、来日したパク監督にインタビューを敢行。韓国の“アカデミー賞”とも称される映画祭・青龍賞では7冠、第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門では監督賞受賞をもたらした「別れる決心」(2月17日公開)について語り尽くしてもらった。
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ストーリーの軸を担うのは、2人の男女――岩山の頂から転落した男の事件を追う刑事ヘジュンと、被害者の妻ソレだ。ヘジュンは、ソレを容疑者として監視するうちに、特別な感情を抱くように。取り調べが進むなかで互いの視線は交差し、距離は縮まっていく。やがて事件解決の糸口が見つかる。しかし、相手への想い、疑念が深まっていくうちに、予想もしえない結末へと向かっていく。
新たな構造&着眼点によって、サスペンスとロマンスを見事に調和させたパク監督。「捜査中の刑事が、とある女性に出会う。やがて、その女性に恋をして愛してしまう。そういう題材は、映画の歴史上にも色々あったと思います。今回は、それらとは別物にしたいと考えていました」と意図を明かす。
「これまで作られてきた『刑事が女性を好きになる』映画において、そこに登場する女性というのは、いわゆるファム・ファタール(=男を破滅させる魔性の女)でした。本作をご覧になった皆さんも、最初のうちは『ソレ=ファム・ファタール』と考えるはずです。しかしながら、この映画はパート1、パート2に大きくわかれています。パート1は、フィルムノワールと称されるようなテイスト。パート1が終わった時点で、1本の映画にもなり得るという構造になっています。そしてパート2に進んでいくと、ソレがフィルムノワールに登場するようなファム・ファタールではないということがわかってくるはず。つまり、ソレという女性の正体が明らかになる。まさに“ロマンスが始まっていく”わけです」
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ヘジュンを演じたのは、「グエムル 漢江の怪物」「天命の城」などに出演してきたパク・ヘイル。ソレ役は「ラスト、コーション」で国際的な女優としての地位を確立したタン・ウェイ。韓国&中国を代表する演技派と初タッグを組むことになった。パク監督が映画作りで重視しているのは“対話”。特に脚本についての話し合いを重ねていた。
「(“対話”に関しては)振り返ってみると『3人それぞれが異なる考えを持ち、それを合わせていく時間』ではなく、『3人が同じことを考えていることを確認する時間』だったと思います。アメリカでは『同じページを読んでいるか?』という表現をするそうです。同じ脚本を読んでいても、解釈によっては違う考えに至ることもある。そうして、いざ現場に出てみると、予想とは異なる演技になってしまう。そんな状況に陥らないために、あらかじめ色々な話をするのです。この話し合いを重ねたことで『3人とも同じページを読んでいる』ということになりました」
この話題からは、タン・ウェイとのほほえましいエピソードも飛び出した。幼い娘を育てているタン・ウェイは、なかなか家を空けることができない状況だったようで「私たちが彼女の住んでいるところにうかがうこともありました」(パク監督)。実は、現在では“女優=副業”のような形になっているそう。彼女の生活の中心となっているのは農業だそうだ。
「彼女が育てた野菜でサラダを作ってもらい、それをごちそうになりました。お酒を傾けながら、仕事の話もしたり、それ以外にも人生の話をしたり……とても楽しかったので、何度かお邪魔させていただきました」
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何度も見返したくなる。そう思わせる力がある作品だ。撮影監督キム・ジヨンと生み出した縦横無尽で自由自在なカメラワーク、空間が溶け合ったショットの数々に度肝を抜かれるだろう。そして、美術や衣装にもぜひ注目を。山のようにも海のようにも見える壁紙、人によって印象が変わる服……これらは各部署のアイデアから生まれたものだ。
「壁紙のデザインは、脚本には書かれていません。美術監督兼プロダクションデザインのリュ・ソンヒによるものです。彼女とは『オールド・ボーイ』の頃から仕事をしていますので、互いの事を熟知しているような関係性です。ですから、書いた脚本を渡すと、色々考えてくれます。彼女は友人でもありますから『今度はこういう作品を作りたいと思っているんだ』という話をよくしているんです。そういう話を経て、映画のことを熟知し、どういうデザインにするべきかを突き詰めてくれます」
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「ソレが着用しているワンピースですが、人によっては緑に見えたり、青に見えたりします。これは『ソレという女性は、どういう人間なのか=ファム・ファタールなのか。あるいは、ヘジュンを愛する女性なのか』を比ゆ的に示す重要な装置にもなっています。これも当初の脚本には書かれておらず、衣装デザインのクァク・ジョンエが発案してくれました。良いアイデアだと感じたので、脚本に反映し、それに見合うようなセリフに変更することにしました」
“装置”といえば、ユニークなものが取り入れられていることに気づくだろう。それが翻訳アプリである。韓国人ヘジュンと中国人ソレの架け橋となるような存在だが、パク監督は「これが人間の通訳だったとしても、映画の中では、通常使用を避けると思います」と説明する。
「なぜなら、映画を観ている時の観客は、その瞬間を非常にもどかしく感じると思うからです。一体、何を言っているのか――つまり、翻訳を通じて表されるまでの時間を待たなければなりません。そのような時間を減らすためにも、この手法は避けられるはず。ですが、本作では異なる国の男女が出会い、好感を抱いていきます。ここで一番難しい問題が、違う言語を繰り出しながらも、コミュニケーションをきちんととるというもの。この部分を表現しようとしました。相手が異なる言語を使っている時『一体、何を話しているだろう』と感じるはず。そして、その全容がわかるまで待たなければならないというもどかしさが生じます。ヘジュンと同様の思いを、映画を観る皆さんも感じるのではないでしょうか。相手の話していることを理解できなくても、耳を傾け、何を言っているのか、必死にわかろうとする。相手の表情から読み取ろうともする。ソレがあえて中国語を話す時は、とても言いたいことがあり、気持ちが切迫し、興奮しているような状態です。それは表情を見ていればわかります。だからこそ、ヘジュンは“待ってでもわかりたい”と思うんです。たとえば、愛する人と待ち合わせをしたとしましょう。しかし、相手はなかなか現れない。どうしたのだろうか、何かがあったのだろうか……そう考えながら待つ。そんな時のもどかしさと似ているんじゃないでしょうか」
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では、ソレのバックグラウンド「中国」に視点を向けてみる。孔子の名言「知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」が引用されているのが印象的だ。本作の物語は「山」で始まり、やがて「海(=水)」へと繋がっていく。セリフひとつをとっても巧妙な仕掛けがあるように思えるのだ。
「ソレが中国人であることから、中国の言葉を引用したかったという思いに加えて、ヘジュンとソレが“同じ類の人間”だということを示しかったのです。2人にはいくつかの共通点があります。たとえば、山よりも海が好きですよね。それと、本当は避けたいと感じているが、実際には避けて通らず、わざわざ直視してしまうような性格。ここが表現されているのが、ソレが夫の死体の写真を確認する際のやり取りです。言葉で説明するか、写真を見せるか――最初は迷いますが、彼女は写真を選びます。(ヘジュンと同じような)避けたいと思っているが、結局は避けることがない人物。そういうこともわかるはずです」
山と海……細かなポイントを挙げれば、ソレの母が大切にしていた本が中国古代の地理書「山海経」だったという点も気になるところ。同書は、さまざまな人々が語り継いできた“奇異なるもの”を記した幻想的な書物だ。
「この本はひとりの著者が書いたというよりも、さまざまな人々が見聞きしたものを書き足していくような形でつづられています。ですから『ソレの母方の祖父が書いていてもおかしくはないだろう』と考えたんです。そして、やがて、この本を受け継いだのがソレであるという設定になっています。ソレは、母方の祖父をとても尊敬し、敬っています。ちなみに、この本は韓国語の勉強にも使っているという形にしていて、ソレは(本の内容を)韓国語で翻訳している最中です。そして、本作には、山があって海がある。山で始まり、海で終わる。山好きの人もいれば、海好きの人もいる。全てが繋がる形になっているんです」
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ソレとヘジュンは「最初の殺人」で出会い、やがて別れる。そして「2つ目の殺人」で再会を果たすことになる。この「2つ目の殺人」から徐々に濃くなっていくものがある。それが「霧」だ。この要素は、パク監督と「親切なクムジャさん」「サイボーグでも大丈夫」「渇き」「お嬢さん」でもタッグを組んだ脚本家チョン・ソギョンがロンドンで繰り広げた“企画の始まりとなった対話”でも登場している。
「私の頭の中にはふたつの素材があったんです。ひとつはある曲で、若い頃から大好きだったイ・ボンジョ作曲の韓国歌謡『霧』で、当然のように霧の町を舞台にしたロマンス映画であるべきだと思いました。次に、私が好きなスウェーデンの推理小説、警察官のマルティン・ベック・シリーズのような、私好みの性格の刑事キャラクターを登場する映画をつくりたいと思いました。穏やかで、もの静かで、清廉で、礼儀正しく、親切な刑事が見たかったんです。脚本家のチョン・ソギョンとの会話の中で、ふたつの構想がひとつに融合し、徐々に形になっていきました」
「霧」は、1967年に発表された楽曲だ。パク監督は「当時は私もまだ子どもだったので、どれほどすごい曲なのかということが、はっきりとはわかっていませんでした。ですが、あまりにもヒットした曲だったので、子どもの頃は何度も耳にしていました」と振り返る。
「歌っていたのは、韓国では多くの方に認められている女性歌手のチョン・フニさん。彼女の代表曲と言えるでしょう。私の世代以上の人であれば、知らない人はいないはずです」
転機が訪れたのは、初のテレビドラマ作品「リトル・ドラマー・ガール 愛を演じるスパイ」をイギリスで撮っていた頃。
「ずっとロンドンに滞在していたので、韓国が恋しくなった時には、韓国の歌を探して聴いていました。その時、久しぶりに『霧』に巡り合ったんです。私がよく知っていたのは、チョン・フニさんが歌うバージョン。でも、その時に聴いたのは、ソン・チャンシクさんが歌っていたバージョンなんです。私にとってはまるで偶像のような男性歌手なんですが、彼もまた『霧』を歌っていたのだと初めて知り、映画に活用したいと思いました」
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当初の構想では、チョン・フニ版の「霧」を前半パートで使用し、ソン・チャンシク版を“ラストのサプライズ”として使用することになっていた。ところが、予想外の事態に直面した。
「当初計画していたように、ソン・チャンシクさんが歌う『霧』をラストシーンでかけてみました。すると、あまりにも悲しいシーンになってしまったんです。悲しい光景ではあるのですが、皆さんの涙を誘うようなシーンにするつもりはありませんでした。もうひとつ、使用を控えた理由があります。それが『男性主人公・ヘジュンの立場から、物語のすべてが整理整頓されてしまったような感覚を受けた』ということ。これは違うと考えました」
そして、パク監督は思わぬ方法で打開策を見出す。その意外な手法に感嘆したことは言うまでもない。
「ですから、現在は70歳を超えているチョン・フニさんと、ソン・チャンシクさんをスタジオに招き、(本作のために)『霧』をデュエットしてもらうことにしました。そして、デュエット版『霧』をラストシーンではなく、エンドクレジットで使用することにしたんです」
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