「シャドウプレイ」と中国の検閲制度について ロウ・イエ監督の秘蔵インタビュー【アジア映画コラム】
2023年1月22日 16:00
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!
2019年、第20回東京フィルメックスのオープニング作品として、ロウ・イエ監督作「シャドウプレイ」が上映されました。
東京フィルメックスと縁が深いロウ・イエ監督は、3度目の現地参加。舞台挨拶などを通じて、日本の観客と交流を深めていました。当時は「シャドウプレイ」とともに、同作の製作背景、検閲との闘いなどを記録したドキュメンタリー映画「夢の裏側」も東京フィルメックスで披露。「シャドウプレイ」の上映が、いかに検閲からの影響を受けているか――その点が非常に細かく描かれていました。
スムーズにいけば、「シャドウプレイ」と「夢の裏側」は、2020年に日本公開を迎える予定でした。ところが、封切りは延期に……。そして、検閲によってカットせざるを得なかった計5分間のシーンを加えた「シャドウプレイ 完全版」(2023年1月20日公開/東京フィルメックス上映版とは内容が異なる/「夢の裏側」も同日公開)が日の目を見ることになりました。「シャドウプレイ」の完全版が日本で公開される。この話題は、中国本土でも非常に注目されていました。
実は第20回東京フィルメックス上映時、私はロウ・イエ監督への取材を行っていました。今回は完全版の公開を記念して、その秘蔵インタビューをお届けします!
まずは、メイ・フォンさん(「スプリング・フィーバー」「天安門、恋人たち」などに脚本として参加)が簡単なプロットを作成しました。そこから展開していった企画です。時代は中国改革開放から30~40年間に設定していたので、我々はさまざま場所へロケハンに行きました。改革開放といえば、広州や深センは描かなければならない場所です。当時の文字資料や写真、ドキュメンタリー映像などをチェックし、最終的に洗村(「洗」の部首さんずいは、本来にすい)という“村”を舞台にしました。
洗村は、中国の改革開放の30~40年間を象徴する場所だと思います。権力、金、階級闘争など、この映画が描きたかったものが、すべてあります。撮影を行った2016年、広州の都市部には、もう“村”があまり残っていなかったはず。洗村はある意味、最も良い状態が残っていたんです。
中国社会の変化はとても複雑です。簡単に言えば、洗村とその周囲にある高層ビル群は“ザ・中国”だと言えます。全く異なるスピードで経済が発展し、異なる時代が混在している。まるで時空が乱れているような感じです。この映画の編集作業も、最終的には乱れてしまいました。このような乱れた状況の中で、人はどうあるべきなのか。それがこの作品で最も描きたかった部分です。
正直に言えば、このような世の中では、冷静に判断を下すことは極めて難しいと感じています。3~4分も歩けば、まるで何十年も経過したかのような……こんなにも歪んだ経済発展は、本作の舞台・広州だけではなく、中国の隅々まで混在した現象と言えるでしょう。人は空間と時間によって“状態”が決められると思っていますが、中国では全く異なる形で社会が動いています。いわゆる因果関係といったものが存在せず、そのまま結果だけが出てしまっている。少々抽象的な言い方ではありますが、この点も映画で描きたいモノでした。
今回のアクションシーンは、やはり難しかったですね。特にアクション監督はかなり苦労したと思います。 今回のアクションシーンは、アクションと言えども、いわゆるアクション映画のアクションではないんです。簡単に言えば、アクションデザインのないアクションですね。これはアクション監督にとっては、非常に挑戦的だったと思います。派手に見せるのではなく、あくまでリアルに撮りたいと考えていました。しかも、そのリアルさを追求するためにも、可能な限りスタントマンを使わず、俳優たち自身で演じてもらう。だからこそ、アクションのスタッフは非常に大変だったはずです。
そうです。アクションシーンと同様、私の撮影スタイルに慣れるまでに少し時間がかかりました。でも、皆さんはもともと私の映画に出演したかったみたいですし、現場は全体的にとてもうまくいきました(笑)。
以前の作品と比べれば、確かに「シャドウプレイ」は製作費が増えています。ただし、ご指摘の通り、制作以外の部分についても考えを巡らせなければならなくなりました。例えば、スケールが大きくなることになって、検閲を含め、撮影全般が難しくなっています。低予算で「二重生活」を作ったときは、たとえ検閲で色々言われても、私は当局に対抗して「一切変えない」と自分の意見を強く述べることができました。しかしスケールが大きくなると、監督としての責任も大きくなるので、きちんとバランスを取らないといけないんです。今回のチームは、ずっと私のことを応援してくれていたので、非常に感謝しています。
結論から言えば、検閲はあまり変わっていないと思います。「シャドウプレイ」に関しては、社会問題、政府と企業の癒着、金銭の取引、性描写などが絡んでいるので、かなり複雑な事態になっていました。 そもそも検閲の基準ラインが曖昧です。時代のトレンドにあわせて、常に変わっているルールなので“急に検閲に通らなくなる”なんてことがよくありますね。「シャドウプレイ」は運よく2019年の4月に上映されましたが、今ならどうなったでしょうね……。香港の問題が絡むことになるでしょう。香港理工大学も映っていますしね。
検閲の機能は、世界のどこにでもあるものだと思っています。映画が現実世界を反映している。そんなことを言われることもありますよね。でも、私にとって映画は常に健全で楽しめる芸術です。映画は映画なのですから、ほかの事を気にする必要はないと思っています。
「二重生活」上映後、私は『検閲とは、検閲する側とされる側の共同作業である』と話しました。クリエイターが検閲を受け入れること自体が、検閲の支援へと繋がります。中国の映画界で作品を発表している映画監督は、皆、私と同じような状況で検閲を受けないといけません。そして映画のため、より多くの観客に見てもらうため、多くの方々は沈黙を貫くという選択をしました。これはどうしようもないことではありますが、もう一度きちんと向き合わなければならないと思っています。
「シャドウプレイ」に関する検閲では、いくつかの要請を、私がずっと断っていました。なぜなら、それは映画の核心に関わる内容でしたし、そこまでの変更が必要ならば、映画を上映する必要がなくなると感じたからです。映画のテーマ、描きたいものについて、検閲担当の方々と時間を費やしてコミュニケーションをとっていましたが、結局、公開前にいくつかの要素がカットされてしまいました。
検閲の方々は、おそらく映画の背景や人物像、さらには私のことを心配していたのだと思います(笑)。「これはちょっとやり過ぎではないのか?」と思いましたね。映画は映画であり、映画によって引き起こされる社会への反響は非常に小さく、ほとんどが起こり得ないことですから。
改革開放後、中国の映画市場に最初に登場した外国映画は、日本映画でした。個人的には70年代後半から80年代にかけての社会派映画が好きでしたね。「君よ憤怒の河を渉れ」(佐藤純彌監督)、野村芳太郎監督の作品群……。北京電影学院に入ってからは、黒澤明、相米慎二、神代辰巳などの回顧展があり、それをきっかけに日本映画を理解する機会が増えました。「シャドウプレイ」は、野村芳太郎監督の影響があるような、社会派の作品になっています。
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