橋本愛、日本映画界の労働環境問題、俳優としての転機や展望を是枝裕和監督と語り合う
2022年10月31日 18:00
2年連続で本映画祭アンバサダーを務める橋本は、「去年は映画祭の存在を広める役割として活動していましたが、今年は俳優として自分の気持ちを発信して行く場として、活用してみたらどうだろうかという思いで取り組みました。緊張しましたが、とても良い反応が帰ってきて、一個人の気持ちを発信しても大丈夫なんだなとうれしかったですし、世界全体で変わっていかなければいけない中で、皆さんが受け入れてくださったのは、時代の流れだと思います。労働、ハラスメント問題など勇気を出して声を上げて下さったり、重要性を感じ取ってくださった」と今年の活動を振り返る。
「映画監督有志の会」とともに、映画業界の労働環境改善などに取り組む「日本版CNC(セーエヌセー)設立を求める会」(通称:action4cinema)の活動も行う是枝監督。「改革をしなければという意識を強く持っている」といい、橋本に俳優として出演側の意見を求めた。
「率直に言うと、撮影時間が短くなってほしいです。睡眠時間や休息時間とお仕事のバランスがもう少し均等になれば、アウトプットの精度もきっと上がるだろうと。自分もそうですが、スタッフさんたちの方が長く働いていらっしゃるので、現場が終盤になってくると目に見えて本当に生命力が落ちてくるのがわかる。2日ぐらいまとまった休みをとって、また新たな気持ちで臨めば効率も良くなるんじゃないかな、パフォーマンスの向上もきっと見込めるんじゃないかなと」(橋本)
「ベイビー・ブローカー」を韓国で撮影し、また釜山映画祭でKOFIC(韓国映画振興委員会)と意見交換を行った是枝監督は「韓国で勉強してわかったのは、現場がとにかく穏やか。休みが多くて、ちゃんと寝て食べていると誰も怒鳴らなくなるんです(笑)。それが非常に徹底していて。正直、監督って撮りたいので、こんなに休んでモチベーションを維持できるんだろうかとか、ここで1日休んじゃって大丈夫なの? と最初は不安になるのですが、休んだ方が明らかに再スタートの時に効率が良くなると、実際に経験して強く感じました」と振り返り、韓国の現場では1週間に1度必ず休みを入れ、撮影中でも状況によって最大で3連休が取れる休日制度を紹介した。
そして「(韓国は)日常の中に撮影があって、その延長線上に作品が出来ていく。なんとなく日本だと精神論のような幻想があって。撮影が始まったら“祭り”のように、寝食共にする文化祭のノリで作品を作っていく、ある種の面白さが好きでやっている人たちもまだまだ多い。フランスや韓国は、そこで働く人たちにとってはやっぱり8時間もしくは10時間で終わって家に帰れたほうがいいに決まってるという感じです」と映画産業に力を入れている国の例を挙げ、ワークライフバランスの重要性を説いた。
橋本は、現場の環境は整ってきているが、撮影が長引くことで子どもの迎えに行けない母親もいる、などの状況を伝える。「私自身は(俳優という立場から)守られやすく、とても恵まれているなと感じています。自分が女性で、デリケートな部分に対して皆さんが手厚くケアをしてくださる環境が整っている方だと自覚があるので、そうでない人たちのことをに目を向けた時に、自分に対してとは態度が違うとわかると少し寂しいというか。だから、人に対しての態度は、等しくなってほしい。環境が整っていない方達のほうが、声を上げるのは難しいと思います。自分は与えられている側だということを自覚して、恵まれた分だけ社会に還元しなければいけないな、と常日頃気をつけています」
上の世代への違和感は? 変えてほしいところは? との質問には、「世代ひとつですべてをくくっているわけではありませんが」と前置きし、「是枝さんは今の流れや動きに目を向けてくださっているので、それだけで安心して、ありがたい。今を見ずに生きている人に関しては、変わり続けていく中で、変わるべきものが違ったり、こぼれ落ちる人やモノの声を聞いていないのか無視しているのか……、違和感がある。変わり続けることはとても大事」と語る。
是枝監督が「成功経験があるとそこから離れられなくなっていく。映画は閉鎖的な空間だから、現場で思いついたことが一番だと思って、ぽろっと口にすると、僕の態度から感じ取って動いてくれるキャストやスタッフがきっといたはず。(そのアイデアが)面白いと思って言うわけだけれど、これからはどこかに負荷がかからない様に提示していこうという意思があります」と自戒を込めて決意を表明。橋本は「是枝さんの助監督さんから、『是枝さんの純粋な映画への眼差しに触れると言うことを聞いてしまう』と聞きました。(日本映画界は)これまで作品至上主義だったけれど、個人の人生や時間を犠牲にしてきてしまった分もちょっとずつ取り戻していければ」と呼びかけていた。
是枝監督は「問題をきちんと口にできるというのは素晴らしい」と橋本の意識の高さに感動した様子で、橋本の俳優としての話に移行する。
いつから俳優を一生の仕事にしていこうと思ったのか?という問いに「デビューが12歳頃だったので、流された感じで、いつかやめると思っていましたし、おばあちゃんになってもこの仕事をするとは思っていなかった。(考えが変わったのは)ここ3年~5年」と明かす。そのきっかけが成島出監督の「グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇」の出演だった。「それまでは自己流だったお芝居をいちから教えてもらいました。成島さんの現場で専門的な観点で原始的に教わってやりやすくなった。これまで、私が理想としていたお芝居にたどり着く方法と、全く真逆のことを自分はしていたんだな、という意味で、自分は才能がなかったなと思ったし、逆に言うと才能がなくてもちゃんと知識や経験を加えればできることなんだとわかりました」(橋本)
そして、「満島ひかりさん、深津絵里さん、樹木希林さんのように本質的な表現をされる方が好き。私は嘘をつきたくなくて、演技をしても心は動いていなかったし、他者になることができなかった。でも中途半端に評価されるので『一から学びたい』って言っていいのか?と(葛藤して)。成島監督に『本当に下手だね』と言われて、やっぱりそうですねと思った」と告白。
是枝監督の「なかなかキャリアのある女優さんに『下手だね』って言いにくいけど……」とのフォローにも、「下手って言われたくない人はそこまでじゃないんでしょうか。私は言ってほしかった」ときっぱり。そのほか、是枝監督が橋本の所作の美しさを見て、Netflixドラマ「舞妓さんちのまかないさん」に起用したこと、日本の俳優や映画界も国際的な視野が必要であるという橋本の意見や展望など、さまざまな話題に花を咲かせた。
第35回東京国際映画祭は、10月24日~11月2日、日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区で開催。なお、トークの模様は後日、東京国際映画祭YouTubeチャンネル(https://www.youtube.com/user/TIFFTOKYOnet)で視聴することができる。
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