【「踊る大捜査線」完結編公開から10年】“生みの親”が明かす誕生秘話&ヒットの要因
2022年9月3日 12:00
日本映画界には、何年経っても色褪せないキャラクターというのが存在します。近年でいえば、「踊る大捜査線」シリーズを主演として牽引した織田裕二さんが息吹を注いだ青島俊作。このキャラクターが銀幕の世界で最後に躍動したのは、2012年9月7日に封切られた「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」。そう、完結編の公開から、もうじき10年が経過しようとしているんです。
そもそも、日本映画興行史に数々の金字塔を打ち立てた「踊る大捜査線」は、どのように誕生したのでしょうか。シリーズの生みの親である亀山千広さん(現・BSフジ代表取締役社長)を取材した10年前の発言を丹念に追っていくと、多くの学びが潜んでいました。(取材・文/大塚史貴)
劇場公開された「踊る大捜査線」シリーズは、スピンオフ作品2本を含めて6本。累計興行収入は約487億6000万円に及ぶことからも、当時どれほど熱狂的に支持されていたかがうかがえます。
「踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」(2003/173.5億円)
「交渉人 真下正義」(2005/42億円)
「容疑者 室井慎次」(2005/38.3億円)
「踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!」(2010/73.1億円)
「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」(2012/59.7億円)
「踊る」シリーズの主人公・青島は、それまでに描かれてきたステレオタイプの刑事とは全く異なる背景を持つ異色のキャラクター。コンピュータシステムの開発会社でトップの成績を残した元営業マンで、刑事ドラマに憧れて警察官に転職した、いわば“中途採用組”なのです。サラリーマン人生に終止符を打って飛び込んだ警察官と言う職業に大きな誇りを持ち、組織内のかばい合いや官僚主義を嫌悪します。市民の安全のためならば、指揮系統からはみ出して単独行動に出ることもいといません。
このカリスマ性を別段持ち合わせていない1人の刑事を取り巻くドラマが、なぜあの時代に社会現象を巻き起こすほど国民に支持されたのでしょうか。「踊る」完結から10年というタイミングで、筆者が亀山さんにシリーズ総括をしてもらうべく、2012年に120分間におよぶ取材を敢行した際のエピソードを振り返ってみようと思います。
時は1996年、木村拓哉さんと山口智子さんが共演した連続ドラマ「ロングバケーション」をプロデュースした亀山さん。平均視聴率29.6%という空前の大ヒットに導き、次の担当作品を97年1月クール、主演は織田さんということだけ決めて、英気を養うべく休養に入ります。「ロンバケ」効果もあって、次回作も“恋愛もの”が望まれていたそうですが……。
「でも僕は、『ロンバケ』の後、好きにやらせてもらえませんかと言ったんです。で、好きなものって何だろう……と考えたとき、刑事ものをやったことがなかったということに気づいた。そもそも、フジテレビに刑事ものが根付いていなかった。そこで、フジテレビっぽい刑事ものをやってみたいなあと思い始めたんです」
当初は、アクションを駆使した“ドンパチもの”を想定していたといいます。でも、そうはなりませんでした。「織田君と話をしたら、刑事ものはOKだと。監督を誰にしようかとなったときに本広克行の名前が浮上したんです。織田君が別のドラマでサードディレクターをしていた本広に非常にシンパシーを感じていたらしいんですよね」。
そして、脚本は君塚良一さんに白羽の矢が立ちました。理由は明快。
「刑事ものって5~6人のメインキャラクターが登場するものじゃないですか。だから、キャラクターをしっかりと書き分けられる方じゃなければならないと思っていたんです」。
ここでプロデュース:亀山、脚本:君塚、監督:本広という面々が顔を揃えます。ただ、3人の思惑が最初から一致していたわけではないと、笑いながら話してくれました。
「君塚さん、本広と会って、お互いに好きな刑事ものを挙げましょうということになったんだけど、全員ばらばら。君塚さんは『太陽にほえろ』、本広は今では信じられないけど『砂の器』とか言ったりして(笑)。で、僕は『夜の大捜査線』。絶対に合わないなと思いながらも、犯人が主役のドラマは嫌だということは見解が一致したんです。刑事ものって事件が起こらなければ始まらないじゃないですか。そうじゃなくて、刑事ものなんだから事件は起こる。いわば記号だと。刑事に目を向ければ、事件に振り回されてデートができない、子どもとの約束が守れないという事もままあるでしょう。そっち側をドラマに出来ないだろうかと。それで取材してみたら、とにかく面白かったので、『踊る大捜査線』では事件はとにかく起こるもの。何で事件が起こったか、その背景は……とかはなし。犯人は捕まえて、そこから先は裁判所が決めること。基本線はこれでいこうということになったんです」
3人が練り上げて構築した世界観は、第1話放送の段階で視聴者の期待を軽やかに裏切ります。
「犯人の方から自首してきちゃったでしょう? 刑事って地味だねと(笑)。その代わり、地味な話だからこそ大嘘はついたとしても、小さな嘘はやめましょうということになった。部長の周りだけで捜査会議をやって逮捕状を取りに行くとかね。殺人事件が起きたら所轄に100人単位の捜査本部を作るんだから、でっかい会議室も必要だ! なんて言っていたら、そっちにお金がかかっちゃった(笑)」
細部に至るまで試行錯誤を繰り返した「踊る大捜査線」でしたが、視聴率20%を超えたのは最終回(23.1%)の1回限り。そのため、映画はおろかビデオの発売すら予定になかったといいます。ところが、追い風は意外なところから吹いてきました。
「今ほど普及していなかったパソコンに飛びついていた人たちが、まだYahoo!がなかったころだから、ニフティのドラマフォーラムでおおいに話題にしてくれていた。当時、『踊る』と『新世紀エヴァンゲリオン』の放送時はサーバーがパンクするって言われていたんですよ。よく行く飲み屋の兄ちゃんが流行りものが好きでね、『踊る、こんなことになっていますよ』とプリントアウトしたものを見せてくれたんです」
その熱量が想像を絶するものだったため、ビデオを出してみることにしたそうです。それでも、レンタルビデオ店が当時9000店舗前後あるなかで、市場に出回ったのは3000セット。
「行き渡っていないわけですよ。となると、例のドラマフォーラムが盛り上がるわけです。『どこの店にあった』だとか『僕がダビングしてあげる』だとか……。こりゃ著作権違反しているじゃないか! だったら行き渡らせるようにということで増産されたんです」
そして、さらなる追い風は社内からも吹いてくることになります。
「別のセクションに『踊る』を好きなやつがいて、これを映画にしなければ何を映画にするんだ、という熱い企画をあげていたんです。上から『映画化する気はあるか?』と聞かれたんで、やってみたいですと。ただ、映画だけだとリスキーなんで、その前にスペシャルを2本作らせてくださいと頼みました」
こういった経緯を経て誕生するのが、「踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル」(97年12月放送/視聴率25.4%)と「踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル」(98年10月放送/視聴率25.9%)。「僕は2本と映画がセットだと思っていたので、死ぬ気で作っていましたね。テレビ的でありながら、映画の要素も入れられるなあと思ったので、これは映画を作ってもやっていけるんじゃないかと感じました」。
亀山さんの当時の上司は、スペシャル2本の結果が良ければ映画化に向けて動き出すと伝えたつもりだったようですが、亀山さんが解釈の違いに気がつくのは、ずっと後の話です。
その後の快進撃は、改めて説明する必要がないほどで、第2弾「踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」は興行記録、動員記録を塗り替えていきます。ただ、悲しい出来事も起こりました。和久平八郎という人気キャラクターを確立し、シリーズの精神的支柱ともいえる存在だったいかりや長介さんが、04年3月20日に死去されます。
「1作目で100億を超えたときにも思ったことですが、楽しみ方が違うんじゃないかと。映画が面白い、面白くない、という問題だけではない。現象なんじゃないかと感じました。これは、いちいち気にしていたらおかしな方向にいくよねと言っている矢先に、いかりやさんが亡くなられた。これまで、どうしたらいいんだろうと考える局面で、いかりやさんみたいな方がいらっしゃると『何も考えずにやりゃあいいんだよ、客がいるうちは』と言ってくれていたんです。ひょっとしたら無理かもしれないな……という思いを払拭するのに3年くらいかかりましたね。あの頃、続編はもうないと感じていましたよ」
そんな折、警視庁から総務を通じて連絡が入ります。江東区青海に開署する新たな警察署(前身は東京水上警察所)の名前を「東京湾岸署でいきたい」と打診があり、「僕らは映画を終わらせるつもりはないので、湾岸署という名称が使えなくなったら困る」と返したそうです。深い“迷いの森”をさまよっていた「踊る」シリーズに、大きな刺激を与えたのは、劇中の舞台である警視庁でした。
「湾岸署がリアルな世界に本当に出来ちゃうのか。ひょっとしたら、リアルとオレたち『踊る』の話の世界というものを、ファンが違和感なく受け入れてくれた。それがもたらした173億だったのかなと思うようになったんです。期待してくれている人がいるんだとしたら、やらなきゃいけないですよね。で、織田君に話をしてみたら、同じことを思ってくれていたみたいなんですよ。そこからまじめに考え始めました」
2008年3月31日の東京湾岸警察署開署式に、織田さんは青島俊作名義で祝電を寄せています。そして、これと連動する形で「踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!」の製作決定を発表。きっかけを与えてくれたこともあり、7年ぶりに復活する「踊る」の冒頭は、新湾岸署への引っ越しから始まることになりました。そして脚本の君塚さん、メガホンをとる本広監督らとも計画性をもったプランを綿密に打ち合わせていったといいます。
「いかりやさんがいないということも大きい。新・踊る大捜査線という気持ちでやろうと。3の後にすぐ4を作る。その前にドラマへも戻りたい。それで終わりっていうのが最も美しい。この座組みで2時間の分量を3本作ることは大変なことなので、腹をくくってやろうと言った覚えがあるんですが、いまだに誰も聞いてないって言うんですよ(笑)。スケジュールを再来年のこの時期まで押さえてくれていたのは、僕が言ったからだよね? と言っても『4とは言ったかもしれないけど、ファイナルとは言っていない』と(笑)」
新作製作まで7年の月日を要したことで、今だからこそ明かす反省材料も挙げてくれました。
「余分なことを考えたことは事実。本来、『踊る』は『踊る』でシンプルに考えれば良かったのですが、いかりやさんがいない、織田君の年齢も上がってきている。もっと言ってしまえば、警察官で所轄の刑事全員が10年間も同じ部署にいるなんてことは、まずない。でも、これだけ大きくなっちゃうと、おなじみの人がいないとね。やっぱり小さなことが気になり始める。だとすれば、そろそろ青島も後進を育てるようなポジションに入らないと。和久さんがやっていたある要素は青島、ある要素は室井が受け継がないとダメだろうということなったんです」
こうして7年のブランクを埋めるべく、「踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!」、テレビスペシャル「踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件」(12年9月1日に放送)、「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」の製作が始動します。
当初は、いかりやさんに代わる年配の俳優をキャスティングすることも考えたようですが、「その方が違和感があるでしょう? だったら、和久君という次世代の男の子を入れて、青島の背中を見せるという方法論でラスト3本をやっていこうとなったんです」。こうして、和久平八郎は病死したことになり、甥・和久伸次郎(伊藤淳史)という新キャラクターが登場。和久の形見である「和久ノート」を肌身離さず持ち歩き、やる気に満ちあふれた新人刑事という役どころに決まりました。
「踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!」は、累計興行収入73億1000万円を記録しました。10年度の興収邦画第3位という結果に、亀山さんは「僕らの意味づけとしては新しいシリーズが始まる第1話って考え方でしたが、単体として見ると欲求不満はいっぱい残っていたのかもしれません。それから、いろいろなことを一度に変えすぎた。作り方について僕らが拙速にものを考えすぎて、悩んだ末にそうなっちゃったんでしょうね」と真摯に振り返っています。
それでも、「もともとの計画がドラマを入れて3本という前提があるなかで、絶対に第1話(THE MOVIE3)で整理しておかなければいけない点もあったんです。そういう意味では、『踊る』を完結せるためのことは、ちゃんとできたと思う。今回最も意識したのは、青島イズム。青島の根源って何だろう? それを継承していくことが一番大事だと思っています」
亀山さんは、青島について「仕事に対する責任感が全てなんですよ。警察官の最後の姿勢って何かと言えば、一般市民を守るために自らの正義感、責任感を100%まっとうすることなんじゃないかな。今回は、青島イズムみたいなところを、最後きっちりとお見せしますよ」と語っています。
そして、柳葉敏郎さん扮する室井慎次が、青島の部下たちに「彼の背中を見ていろ」と語りかけるシーンがあります。
「責任感って口で言うんじゃなくて先輩が背中を見せるしかないんですよね。部下や後輩が『またやるんですか?』と不平を口にしたときに、『いいからやるんだよ』と言って背中を見せる。東日本大震災のときに見せた自衛官の背中は、まさにそうでしたね。最初に現場に入って、ガレキの山の中を越えていく。ファイナルの劇中、青島が背中を見せる印象的なカットがありますが、それが青島イズムの継承なんです」
新型コロナウイルスの感染拡大を契機に、世界は激変しました。コロナ禍に突入して約2年半、映画界を取り巻く環境も変革を余儀なくされるなかで、社会現象と形容しても過言ではない作品が確かに誕生しています。そのなかで、従来の映画ファンはもとより普段映画館に足を運ばない観客をも熱狂させる作品は、どれほどあったでしょうか。「観客に何を伝えたいのか」が明確に示されている「踊る」シリーズからは、映画作りの原点ともいうべき問いを通してまだまだ学ぶべきことが多いように感じられます。完結から10年というこのタイミングで、シリーズを観直してみていはいかがでしょうか。
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執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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