トリュフォー自身が博士を演じた「野性の少年」、スピルバーグ「未知との遭遇」出演のきっかけに
2022年7月2日 16:00

フランスを代表する映画監督フランソワ・トリュフォーの生誕90周年を記念した特集「生誕90周年上映 フランソワ・トリュフォーの冒険」が7月1日、角川シネマ有楽町で行われ、アンスティチュ・フランセ日本で映画プログラム主任を務める坂本安美氏が「野性の少年」について語った。
実在の医師ジャン・イタールが、19世紀初頭に発表した「アヴェロンの野生児」の記録をもとにモノクロ映像で撮りあげたドラマ。フランス中部にあるアベロンの森で、獣のような生活をしていた人間の少年が発見される。言葉を発せず意思疎通が困難な少年はパリのろうあ研究所に送られ、酷い扱いを受ける。イタール博士は少年を自宅に引き取り、家政婦のゲラン夫人と協力しながら教育していく……という物語。

まず坂本氏は、イタール博士が遺した記録をもとに、トリュフォーと共同脚本のジャン・グリュオーが約400ページに渡る草稿を執筆、そこから多くのものをそぎ落とし、エッセンスのみを残した“考え抜かれた作品”だと説明。その一方で、ドキュメンタリー的な側面もあることから、「そこで行われた出来事がそのまま記録されているような臨場感を感じられたのではないかと思います。考え抜かれた構成という側面と、臨場感あふれる表現、そういった相反する二つの側面を持っていることが、この作品の素晴らしさであり魅力」だと語る。
次に、少年が生まれ育った森をはじめ、自然光を生かした撮影について言及し、エリック・ロメール監督作「モード家の一夜」なども手掛けた、ネストール・アルメンドロスの仕事を「サイレント映画から映画撮影術を学んだ人」とその特徴と手腕を称える。「家の中にいても少年の視線は常に外(自然)に向かっていて、人の出入りによってその中と外がつながれ、連続性を持ちながら描かれるのはセットではなくロケーションで撮られているということが重要だった」とアルメンドロスの手記からのエピソードも引用しながら解説した。
本作では、トリュフォー監督が自らイタール博士に扮し、見捨てられた少年に教育と愛情を与える人物に扮した。当初はトリュフォー自身が演じる予定ではなかったそうだが、著名な俳優が演じることで少年の存在がかすんでしまうことを危惧したこと、そして企画が進むにつれ、博士が少年を教育することが、監督が俳優を指導するという関係に通じるという気付きを得たことが、出演の経緯となったという。
また、トリュフォー自身、“ネグレクト”と呼ばれるような、劣悪な家庭環境の中、孤独な少年時代を過ごしていたことから、不幸な子どもたちを助けたいという思いと、イタール博士が遺した論文が、科学的なレポートでありながらも哲学的であり、人間味に溢れ叙情的な文章であったことに感銘を受けたことが本作映画化の大きなモチベーションであったと坂本氏。トリュフォー作品には、登場人物が文字を綴る場面が多く描かれており、現在上映中の「アデルの恋の物語」「恋のエチュード」などを挙げ、「『アデルの恋の物語』は、『野性の少年』と双子のような作品ではないかと思います」と自身の見解も述べた。
そして、「『野性の少年』は、トリュフォー初の自作自演の映画であり、スクリーンのなかで自分と幼年期を明らかに語っている映画。トリュフォー自身、この映画で『子どもから大人になった』と言っています。そしてこの後、続けて自分が出演する映画を撮ります。『アメリカの夜』ではトリュフォーと映画という関係が見え、最後に出演した『緑色の部屋』では、人生とそこに寄り添う死者たちとの関係を実演して示します。トリュフォーが出演したこの3部作は、そうした繋がりを持っていると思います」とまとめる。
さらに、「野性の少年」から派生し「『野性の少年』を見たスティーブン・スピルバーグは『未知との遭遇』を撮るにあたり、イタール博士を演じたトリュフォーに、『科学者役として出演してほしい、子ども心を抱き続けた人のまなざしを持っているトリュフォーに演じてほしい』と依頼をしたことから、出演が決まったということです。『野性の少年』を見て『未知との遭遇』を見ていただくと、そこにまたつながりが見えてくるのではないかと思います」と、映画人同士が心を通わせ新たな傑作を生み出した逸話を披露し、トークの幕を下ろした。
「生誕90周年上映 フランソワ・トリュフォーの冒険」は上映作品は、ジャン=ピエール・レオーがトリュフォーの分身ともいえる“アントワーヌ・ドワネル”を演じ続けた「大人は判ってくれない」「夜霧の恋人たち」「家庭」「逃げ去る恋」など全5作の“ドワネル”もののほか、「私のように美しい娘」「突然炎のごとく」「アデルの恋の物語」など、短編含め全12本を上映。
7月14日まで東京・角川シネマ有楽町、名古屋・伏見ミリオン座にて開催、ほか大阪テアトル梅田など全国順次公開予定。上映作品詳細+スケジュールは公式HP(https://movies.kadokawa.co.jp/truffaut90)で告知する。
(C)1959 LES FILMS DU CARROSSE/ SEDIF
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