【「シラノ」評論】“音楽を感じさせる映像表現”の才人と名作ミュージカルの幸せなめぐり合わせ
2022年2月27日 20:30

過去にも幾度となく映像化されている「シラノ・ド・ベルジュラック」。容姿にコンプレックスを持つ剣客のシラノが、愛するロクサーヌに想いを伝えるために恋文を代筆する。ロクサーヌはシラノが紡ぐ言葉に魅了され、別のハンサムな男と恋に落ちていく。三角関係のもつれを描いた古典中の古典である。
シラノのお決まりは鼻がやたらとでかいこと。過去の映像化や舞台では付け鼻で演じるのが定番だったが、その先入観を破ったのが、「スリー・ビルボード」「ゲーム・オブ・スローンズ」で知られるピーター・ディンクレイジが主演した舞台劇「シラノ」だった。
「シラノ」は、舞台監督のエリカ・シュミットの翻案によるミュージカルで、人気バンド、ザ・ナショナルのデスナー兄弟が音楽を手がけたことも話題を呼んだ。小人症のディクレイジを主演に選んだのも、シラノが持つコンプレックスと、身体的特徴以外にハンデを一切感じていない強靭さを付け鼻なしに体現できる逸材だったからだ。ディクレイジは繊細かつエネルギッシュに、そして魅力的な低音ボイスと歌唱力でシラノのイメージを一新させてみせた。
このミュージカルに注目したのが「プライドと偏見」などで知られるジョー・ライト監督だったことは、幸せなめぐり合わせというしかない。ライト監督は一貫して“音楽を感じさせる映像表現”を追求してきた才人であり、ファンは「いつか本格的なミュージカルを手掛けるに違いない」と心待ちにしてきた。ヘイリー・ベネットがロクサーヌ役で出演した舞台を観たライトは、自ら映画化することを熱望したという。
ただしライトは舞台劇へのリスペクトからか、得意の魔術的な映像トリックを駆使したりせず、切ない恋の物語をストレートに伝えることに注力している。あくまでも、シラノが紡ぐ言葉の調べや、魅力的なキャラクターや、デスナー兄弟の楽曲が前面に押し出されているのだ(終盤で登場するカメオ出演的な歌い手にも要注目)。
そしてさらに興味をそそるのは、「自分の想いを他人に託す」というテーマが映画の外側にも当てはまること。実は劇中で激しい恋心を演じるディンクレイジとベネットは、それぞれに舞台劇を創り出したシュミットと映画版を監督したライトの実生活でのパートナーなのだ。この物語は一体、誰が誰に送ったラブレターなのか。幾重にも交錯する愛情を感じながら鑑賞するのも、この映画版に許された一興ではないだろうか。
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