【アジア映画コラム】日中合作「再会の奈良」ポンフェイ監督、8カ月の滞在で知った“中国残留孤児”の実情

2022年2月8日 17:00


「再会の奈良」(2月4日より公開中)
「再会の奈良」(2月4日より公開中)

2007年、私が日本に来たばかりの頃の話です。ある友人の紹介で、数名の“中国人”のおじさん、おばさんと知り合いになりました。話しているうちに、彼らはこんなことを言い始めたんです。

「実は、私たちは日本人なんです。でも、日本語は喋りません」

この言葉を聞いた時、少しショックを受けました。これが、初めて“残留孤児”という言葉を知った時の出来事です。

“残留孤児”とは、第二次世界大戦末期のソ連軍侵攻、関東軍撤退によって日本へ帰国することができず、中国大陸に残された日本人のこと(日本の法律等では「中国在留邦人」とも言います)。日本国内では、山崎豊子さんの「大地の子」をはじめ、江戸川乱歩賞受賞作「闇に香る嘘」(著:下村敦史)、金城武山本未來椎名桔平の共演で映画化もされた「不夜城」(著:馳星周)など“残留孤児”を描いた小説が数多く生まれています。

最近では、WOWOWドラマ「連続ドラマW コールドケース3 真実の扉」(第9話「故郷」)でも“残留孤児”“残留孤児2世”に焦点を当てていました。歴史に翻弄された“残留孤児”の窮境だけでなく、「中国人を相手にして、不動産業で大成功を収める」という現代的要素も入っているという素晴らしい構成でした。

一方、中国では“残留孤児”をテーマにしたフィクション作品は、あまりないんです。「金陵十三釵」(チャン・イーモウ監督/日本未公開)、「芳華 Youth」(フォン・シャオガン監督)の原作者としても知られる中国系アメリカ人作家ゲリン・ヤン(厳歌苓)の「小姨多鶴」くらいでしょうか。

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だからこそ、中国残留孤児の家族の絆を描いた日中合作映画「再会の奈良」の話を聞いた時は興味津々でした。河瀬直美ジャ・ジャンクーがプロデュースを務めた同作は、2005年、中国に暮らす陳ばあちゃん(ウー・イエンシュー)が、孫娘のような存在のシャオザー(イン・ズー)を頼って単身奈良にやって来るところから始まります。

その理由というのが、1994年に日本に帰した中国残留孤児の養女・麗華からの連絡が数年前から途絶え、それを心配してやって来たというもの。麗華を捜し始めた2人は、一雄(國村隼)という男性と知り合い、元警察官だという一雄は麗華捜しの手伝いを申し出るんです。奈良・御所を舞台に、不思議な縁で結ばれた3人が、言葉の壁を越えた旅を繰り広げていきます。

監督のポンフェイは、長年ツァイ・ミンリャン監督の現場で助監督・共同脚本などを務め、ホン・サンス作品にアシスタントプロデューサーとしても参加。2017年に発表した監督作「ライスフラワーの香り」は、ベネチア国際映画祭ベニス・デイズ部門にも出品されており、中国では非常に注目されている人物です。

今回は「再会の奈良」撮影準備のため、奈良に半年以上滞在し、取材・調査を行ったポンフェイ監督にインタビューを行いました。“残留孤児”の現状、創作の背景、多言語が飛び交った撮影現場、日中合作の可能性について、お話を伺っています。


ポンフェイ監督
ポンフェイ監督

――まずは、本作の企画経緯を教えて頂けますか?

企画自体は、奈良国際映画祭のプロジェクトですね。2年ごとに開催される奈良国際映画祭では、受賞した監督が、河瀬直美監督と一緒に映画を作ることができます。前作「ライスフラワーの香り」は、同映画祭で観客賞に選ばれました。その時点から“残留孤児”の作品を作りたいと考えるようになったんです。

なぜ“残留孤児”をテーマにしたのか。その点については、以前から“残留孤児”に興味を持っていましたし、日本映画も大好きだったからです。中国と日本の間には“良い事”もありますし、もちろん“悪い事”もあります。日中合作の映画を製作する場合、色んな題材の作品が作れますよね? 留学生の話、海外でバイトをした話、文化の衝突……たくさんあります。私も留学をしたことがあるので、より外部的な視点を持っています。ですから、単純な留学生の話というだけでは、少々物足りないなと感じていたんです。もっと大きなテーマを挑戦したい、大きな時代に生きる人々を描かなければ――そんなことを考え“残留孤児”というテーマに辿り着いたんです。

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――“残留孤児”は、歴史に翻弄された人々だと思います。作品を製作するにあたり、当事者への取材は行いましたか?

企画が通った後、すぐ“残留孤児”についての調査を開始しました。私の仕事のやり方は、簡単に言えば「体感型」です。全てをきちんとまとめないと、始まらないんです。まずは中国で“残留孤児”に関する資料や映像を集め、ゲリン・ヤンの「小姨多鶴」、NHKとCCTVの合作ドラマ「大地の子」、シェ・チン監督の作品「乳泉村の子」などを見てから、奈良へ向かいました。そこから8カ月間、日本のスタッフと一緒に、多くの“残留孤児”に取材を行いました。ですから、劇中で描かれている物語は、ほぼ事実に近い。全て私が感じとったことを、映画の中に入れているんです。

ただし「陳ばあちゃんが日本で養女を探す」という点はフィクションです。以前、北京にいた時に「養母インタビュー集」という本を読んだことがあります。作者は、中国の東北地方に行き、“残留孤児”の中国人養母、養父を取材しています。その中で「今一番したいことは何でしょうか?」と作者が聞いたところ、養父と養母が「日本に行って、息子や娘を探したい。たとえ見つからなくても、日本はどのような国なのかを見てみたい」と答えていました。実際に日本へ探しに行く人は滅多にいません。映画という形で、彼らの願望を叶えてあげたいと思ったんです。

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――8カ月間の大半を、奈良で過ごしていたのでしょうか?

はい。役者と会うために、何度か中国へ戻りましたが、ほとんど奈良に住んでいました。古都・奈良は、静かで、そして美しい。古い町並みを見て、小津安二郎黒澤明の映画を連想していました。そうそう、「ドラえもん」も思い出したんです。私が子どもだった頃は、おそらくあなたと同じように、日本のアニメに育てられました。「ドラえもん」に登場する町の風景は、奈良に近い部分がある。まるでタイムスリップをしたような感じですよね。

――えぇ、街並みは本当に美しいですよね。ただ、その美しさの“裏”に住んでいる“残留孤児”の方々が多くいます。私も何人か知り合いがいるのですが、彼らは日本語をほぼ喋りません。そのため、社会の中になかなか溶け込めない。その距離感というものを、本作にも感じました。“残留孤児”の方々をは、どのように探されたんでしょうか?

まずプロデューサーの方が、奈良の中国帰国者支援交流センターに打診してくれて、そこである先生と出会いました。その方は、毎週末“残留孤児”を対象とした日本語の授業などを行っています。そこからさまざまな“残留孤児”の方々と繋がることができました。大半の方々は中国語しか喋らなかったですね。非常に親切にしてくれて「どこの生まれですか?」等々、質問もいっぱいされました(笑)。「我々はもう年を取っているので、勉強をしても、(知識が)頭の中に入りません。でも、チャンスがあれば、皆さん(=先生、同じ“残留孤児”の人々)に会いたいですね」と話していました。その場でのコミュニケーションは、私にとって非常に重要でした。そこから、私の中の“残留孤児像”が少しずつ見えてきて、脚本を書き始めることができたんです。

――“残留孤児”は、自宅では衛星放送を利用し、中国のテレビ番組を見ているというシーンもが印象に残りました。

本当にそうなんですよ。しかも、抗日ドラマばかり見ています(笑)。おそらく、日本のチャンネルを見ても、何もわからないんでしょう。中国のチャンネルを見れば、音声は全部中国語。そのことで(中国との)距離感が一気に縮まる。この安心感は、他の人々には、なかなか理解できないと思っています。

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――距離感に関しては、冒頭に登場する居酒屋のシーンでも感じました。主人公・シャオザーのセリフとして登場する「私は日本人です」というもの。“残留孤児”だけでなく、日本に住んでいる外国人も社会との距離を縮めるため、そのような話を時々するんです。

この作品では、アイデンティティについて描きたいと思っていたんです。シャオザーは、居酒屋のシーンで「私は日本人です」と言いますが、その後のシーンでは「私は日中ハーフ」と話しています。ラストでは“残留孤児”の家で「私は中国人」と言っている。この変化こそ、アイデンティティに関する問題なんです。つまり、自分自身も「自分が何者かわからない」。取材の際、“残留孤児”は日本の社会に馴染めないと聞きました。また“残留孤児”だけでなく、日本人でさえ、社会に溶け込むのが難しいと感じることがあるのではないでしょうか。

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――シャオザーを演じたイン・ズーさん、日本語の発音が非常に素晴らしいですよね。失礼な言い方かもしれませんが「外国人が日本語を喋っている」というような感じがあるんです。これもアイデンティティと少し関わっていますね。イン・ズーさんは、以前から日本語を勉強されていたのでしょうか?

いいえ。本作の撮影前に、日本語を勉強したことはありません。彼女はイギリス留学をしたことがあり、どちらかといえば欧米文化に興味を持っています。私が日本で映画を撮りたいという意向を示したので、イン・ズーさんも日本について色々勉強をし始めました。最初は「少し喋れれば大丈夫だ」と伝えましたが、イン・ズーさんは「自分が話す言葉に関しては、日本人でもわかるレベルにしたい」と言っていましたね。

とはいえ、ゼロからの勉強だったので、撮影はかなり大変そうでした。必死にセリフを覚えて、ちゃんと発音をしてくれましたが、日本人スタッフが喋った言葉はわからないので苦労したようです。結果的に、イン・ズーさんには感謝しかありません。すごく良い感じになりました。

昔「大地の子」を見た時のことを思い出しました。日本人役者の中国語の発音は難解過ぎる、確か字幕を見ないといけないレベルだったんですよね(笑)。

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――言葉は、本作における非常に重要なポイントだと感じました。例えば、精肉店でのシーン…あそこは、本当に最高ですね! 監督ご自身も出演されていました。公園のシーンでは、椅子に座った一雄(國村)と陳ばあちゃん(ウー・イエンシュー)の会話が非常に印象深く、言葉の壁を超えています。永瀬正敏さんの役もそうですね。感情は、言葉ではなくても通じる。これこそ、合作の理想形だと思いました

人と人がコミュニケーションをはかる時、国や種族のことを考えずに済むのであれば、感情は必ず通じる。私は、そのことをずっと信じて続けています。今回の撮影現場も同様でした。撮影チームでは、我々にしかわからない“言葉”を発明しました。クランクイン当日、撮影が上手くいかなかったからです。

チームには、通訳が3人いました。彼らはとても頑張ってくれました。ただ、簡単な言葉でさえ翻訳をしないといけないので、非常に効率が悪かった。初日の撮影が終わった後、私は日本人の助監督と簡単な英語で話をしました。撮影の効率については、同意見でしたね。そこで次の日から、言葉ではなく合図でコミュニケーションすることが決まったんです。本当にさまざま合図を発明しました。その後の撮影は、とてもスムーズでした。撮影開始から1週間経った頃、81歳のウー・イエンシューさんも、その合図を全部把握していました。

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――質問にお答えいただき、ありがとうございました。では、最後に好きな日本映画、日本人監督を教えてください。また、これから作品をご覧にになる日本の観客にメッセージをいただけますか?

最も好きなのは北野武さんですね。最近、新作が完成したとお聞きました。非常に楽しみです。北野さんには、いつか私の作品にも出演してほしいと思っています。作品であれな、石井克人監督作「茶の味」は大好きですね。

再会の奈良」は“残留孤児”を描く作品ですが、決して重い作品ではありません。ユーモアの要素もたくさんありますので、ぜひ日本の皆さんにも楽しんでいただければと思います。日本と中国に関しては、今後定期的に交流をすることができれば、一番幸せなことだなと思います。

(徐昊辰)

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