【アジア映画コラム】「いとみち」に見たローカルの中のグローバル 作品に欠かせない“音”としての方言

2022年1月16日 19:00


「いとみち」
「いとみち」

近年のアジア映画界では、ローカル発の作品が熱いんです。

これまで同コラムでも、中国チベット出身のペマツェテン監督(第28回)について紹介し、台湾映画のローカル化(第34回)に関しても言及させていただきました。最近の話題でいえば、ヒマラヤ山脈標高4800メートルに位置する実在の村「ルナナ」を舞台にした「ブータン 山の教室」(パオ・チョニン・ドルジ監督)が、第94回アカデミー国際長編映画賞のショートリストに残ったんです。

第31回で取り上げた「大阪アジアン映画祭」特集の文中では、当時グランプリ&観客賞を受賞した「いとみち」(横浜聡子監督)を具体例に挙げ、日本映画界における「ローカル文化の世界進出の可能性」について触れています。

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いとみち」は、1月7日にBlu-ray&DVDが発売されたばかり。そこで今回は、第16回大阪アジアン映画祭で実施した横浜監督の取材内容とともに、私自身が感じる“日本国内のローカル”の魅力についても語ってみたいと思います。

いとみち」は、2021年の日本映画界を代表する1本と言えるでしょう。横浜監督の素晴らしい演出によって、いわゆる「ご当地映画」とはならず、津軽文化と青春物語が見事に融合した傑作となりました。成長、青春、シスターフッド等々、さまざまな要素が入っている「いとみち」ですが、個人的に最も興味を抱いたのが「津軽弁」でした。

2009年、来日から2年が経った頃、私は「ウルトラミラクルラブストーリー」を劇場で鑑賞しました。当時の衝撃は、いまだに忘れることができません。その頃は、ようやく自分が使う日本語に自信をつけてきたタイミング。「ウルトラミラクルラブストーリー」の津軽弁を聞いた後の“絶望感”は凄まじいものでした(笑)。

ただ、不思議なことに「ウルトラミラクルラブストーリー」が描いた内容は、たとえ言葉がわからなくても、理解できるものでした。むしろ津軽弁、津軽の文化に興味を持つきっかけにもなり、現在でも定期的に青森へ旅行しています。

いとみち」の鑑賞中、再びあの“なまり”を耳にしていると、なぜか感動してしまいました。横浜監督には「方言」についても、お話を伺っています。

「津軽弁は、意味というよりも音。音楽のような受け取り方で楽しんでほしいと思います。字幕を付けてしまうと、人は意味を知りたくて“字”を見てしまいます。通常の映画であれば、絵や音声を体験すれば、作品を楽しめます。でも、文字に集中してしまえば、何かの底が割れてしまう。だから(『いとみち』では)字幕を付けたくないです」

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国際向けの大阪アジアン映画祭では、英語字幕を付けるというルールがあります。そのため、大阪アジアン映画祭で上映された「いとみち」は英語字幕付きのバージョン。難解すぎる津軽弁の内容を理解したいがため、多くの観客が“英語字幕を見てしまう”という事態になっていました。

これは日本の観客にとっても、非常に特別な体験になったことでしょう。方言を使用する映画を、日本語がわからない外国人が見る場合、どうしても字幕は必要です。「いとみち」の場合は、方言を使用していることを示すため、英語字幕も“なまって”表記するという手法を試みていました。

横浜監督が追求した津軽弁の音――。中国の新鋭監督たちも、同様の意識を持っているようです。ビー・ガン監督(「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」)、グー・シャオガン監督(「春江水暖 しゅんこうすいだん」)も、インタビューをした際に「“音”としての方言は、作品に欠かせない存在」と語っていましたから。

「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」
「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」
「春江水暖 しゅんこうすいだん」
「春江水暖 しゅんこうすいだん」

とはいえ、日本映画には、方言を使用する作品が少ないと感じています。横浜監督もこんなことを仰っていました。

「今の若い人はどんどん標準語に近い言葉を話していますね。だからこそ『方言を残したい』と考え、『いとみち』のような映画を作っています。もしかしたら、あと50~60年ぐらいで津軽弁が話せる人がいなくなるかもしれません」

中国も地方から大都市に“上京”する人が数多くいます。若い人は方言を話せない人もいますが、日本よりは方言を使っている印象を受けます。方言というものは、ある意味「ご当地文化」にとって不可欠なものです。方言を話す人が少なくなるということは、ひとつの文化が消滅へと向かっていると考えられるでしょう。

では、どのように「ご当地文化」の魅力を残していけばよいのでしょう。観光プロモーション的なご当地映画を作ること? それは違うと思います。キーとなるのは「ローカルの中のグローバル」。つまり、ローカル文化の中に存在する普遍性を発信していくということです。

「羊飼いと風船」
「羊飼いと風船」

世界中の映画祭で絶賛されたペマツェテン監督の作品は、チベットを舞台にした作品がほとんどです。しかし、内容、テーマは、チベット以外の地域に住んでいる人々にも共感を抱かせるもの。例えば「羊飼いと風船」。この作品は、大草原に生きる羊飼いの家族に焦点を当てています。チベット文化における輪廻転生などの要素も入っていますが、大元のテーマは「女性」「信仰と道徳」「近代化・文明との衝突」。これってグローバルなテーマですよね。

いとみち」に関しても、「思春期の少女の成長」「社会のリアル」「親子関係」など共感しやすい要素が織り込まれているため、多くの観客に愛されています。しかしながら、このような日本映画はまだまだ少ないのです。特に、今の日本、そしてその文化は、世界から非常に注目されています。コロナ禍以前、多くの外国人が日本各地を訪れ“ジャパン”の魅力を体験していました。他の領域に比べると、日本の映画界の視野はやや狭いと言えるでしょう。

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「ローカル(地域)とグローバル(世界)。作り手と地域の人々、そして鑑賞者といった異なる視点が交差し、ふれあい、交換される場を生み出すことで、新たな地域性の考察、魅力の再発見につながることを目指します」

これは、2020年にオープンした「弘前れんが倉庫美術館」に掲出された標語です。私は、昨年の4月「りんご宇宙」というプログラムを見学しました。青森を代表するりんごを切り口として、現代アーティストが才能を発揮し、多彩な作品群を発表していました。食べ物としてのりんごだけでなく、文化、哲学、科学など、さまざまな角度で発想し、クリエイトすることで可能性が広がっていました。

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コロナ以前、世界中の人々が日本の現代アートを堪能するために、各地に集まっていました。なぜ海外の人々は、日本の田舎に足を運ぶのか――それは、その地域にしかない魅力を求めていたからだと思います。

私は旅行が大好きで、既に47都道府県全てを巡っています。日本の地方には、本当に魅力的なところが多い。昔の日本映画界は、各地でロケを行い、その地域の特徴、文化、雰囲気を引き出すことに成功し、非常に面白い作品を世に送り出しています。私は「いとみち」のような作品が、もっと生み出されてもいいのではないかと考えています。世界が日本の文化に熱中しているんです。そのことを考えれば、新たな可能性を十分見出せると思っています。

(徐昊辰)

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