【「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」評論】芸術への愛とウィット溢れる、目眩のするような美しき万華鏡
2022年1月29日 22:00

ウェス・アンダーソンの映画はつねに旅をしている。それは現実的なロードムービーであったり(「アンソニーのハッピー・モーテル」「ダージリン急行」)、空想的な異国の地であったり(「グランド・ブダペスト・ホテル」「犬ヶ島」)、過去を修復する心の旅であったり(「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」)さまざまだが、旅という主題が彼にとって、クリエーションと密接に結びついた核となっているのは確かだ。
そんな彼が長編10作目に選んだ旅先は、映画の国、フランス。それも20世紀の「架空の都市」に編集部を構える(アメリカのニューヨーカー誌をモデルにした)「架空の雑誌」という、空想のヴェールを纏うことで、ジョルジュ・メリエスのファンタジーから50、60年代のモノクロのフィルム・ノワール、ヌーヴェル・ヴァーグなど、彼が愛するあらゆるものをひっくるめ、オマージュを捧げることを可能にした。しかもそれを奏でるのは、ウェス組常連も新参者も、脇役にいたるまで豪華な顔ぶれなのだから、贅沢極まりない(シアーシャ・ローナンがこんな小さな役というのも驚きだ)。
ストーリーは、雑誌「フレンチ・ディスパッチ」の名物編集長率いるスタッフたちの物語と、彼らが掲載するエッセイの内容が、ランダムに描かれる。著名な美術批評家が筆を振るうのは、刑務所に拘留されている天才画家と彼の密かなミューズ、そしてその絵を狙う画商の、美術界を風刺したエピソード。社会派ライターが手がけるのは、(1968年五月危機がモデルの)若い情熱に満ちた学生たちのムーブメント。さらに美食家の警部の息子が誘拐され、身代金を要求される話も。こうしたエピソードがウェス流のアップテンポで描かれ、そのたびにスタイルが鮮やかに変化する。こだわりが詰めこまれたその万華鏡のような世界に、幸福のため息が漏れるのを禁じ得ない。
フランス語がわかる方なら、ウェスのネーミングのセンス、たとえば「アンニュイ・シュル・ブラゼ(無関心なんて退屈)」という村や、「ル・サン・ブラーグ(冗談抜き)」というカフェの名前に、いちいちニヤリとさせられるだろう。映画愛好家なら、リナ・クードリのヘルメット姿にジャック・リヴェットの「北の橋」のパスカル・オジェを彷彿したり、囚人服を着たベニチオ・デル・トロのどっしりとした佇まいに、「素晴らしき放浪者」のミシェル・シモンを思い起こすかもしれない。
だが、この監督が持っている最高の切り札、それは個人的な嗜好やオマージュを超越して、観る者を類まれな詩的世界に誘う圧倒的な創造の力とバランス感覚だろう。だからこそ、彼の作品はきらきらと普遍の輝きを放つのだ。

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