リバイバル特集上映開催 柳町光男監督が語る「十九歳の地図」
2021年12月4日 09:00
芥川賞作家である中上健次の同名小説を映画化した、柳町光男監督の代表作「十九歳の地図」(79)など全3作のリバイバル上映が12月4日から新宿K's cinemaで開催される。新型コロナウィルスの影響で平穏な日常を奪われ、閉塞する混迷の時代を生きる若者たちに、本作を届けたいとの劇場の思いから企画された特集上映だ。柳町監督に話を聞いた。
「十九歳の地図」は、1979年「映画芸術」ベストテン1位、「キネマ旬報」ベストテン7位に選ばれた青春映画。新聞専売所に下宿しながら予備校に通う19歳の青年が、配達先で知った各家庭の情報を書き止め、×印をつけ、自分だけの地図を作りはじめる。日常の不満や偽善に憤慨している青年は×印をつけた家に嫌がらせ電話をかける。そして、うだつの上がらない中年男性や体を売って生活する女性と出会い、社会と人生を知る物語。
「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」は自主上映からスタートして、評判を集めたので東映が全国公開してくれたのですが、その自主上映の時に中上健次さんが見に来て気に入ってくれて。ちょうど芥川賞を受賞して時の人になっている時でした。雑誌「太陽」で映画評を始めるとのことので、その第1回目に選んでくれたんです。その時は、ちょっと話したぐらいでしたが、しばらくして知人に「十九歳の地図」を薦められて。読み始めて10ページかそのぐらいで、これは映画にしたい、と興奮しましたね。絶望だ、絶望だ、希望なんかひとかけらもない――そういう少年の気持ちを面々と書きなぐったような文章が実にリアルで。
僕自身は、主人公のように、あんなイタズラ電話をかけたりするタイプではもちろんないけど(笑)、そういうことに惹かれる部分も結構あって。そんな自分の中の根源に触れたような感じがしました。でも、すぐ中上さんのところに映画化の許可をもらいに行ったわけじゃなくて、映画にしたいけど果してできるだろうかと、いろんなことを考えましたね。
例えば「かさぶたのマリア」という人物は小説の中では姿を見せません。新聞専売所の寮で同室の中年男性、紺野が「マリア様、マリア様」って言ってるだけで、主人公の少年はそんな奴はいるはずがない、とバカにしているんです。
でも、マリアは是非登場させたい。登場させることが映画だと考えました。もし登場させなかったら、それは原作に忠実な映画になるかもしれないけれど、小説に負けると思いました。あの女性をちゃんと登場させようという目論見を持って、中上さんに映画化のお願いに行ったんです。そしたら、長谷川和彦と神代辰巳が「十九歳の地図」をやりたいって来たけど諦めたと聞きました。僕は長谷川と知り合いだったから、後で話したら、彼はマリアを登場させる気はなかったと。で、彼は「蛇淫」を原作にして「青春の殺人者」を撮るんですよね。
「十九歳の地図」について中上さんに聞いたら、ある日、新宿で飲んでて朝起きたら、新聞専売所の板の間で寝ていた。それが強烈な印象だったということと、ドストエフスキーの「地下室の手記」にインスパイアされたと。そういった大きなヒントをもらいました。
ドストエフスキーといえば、大変ですよね。大小説家ですからね。そのエッセンスを彼は引用しているわけで、こっちは中上健次にもドストエフスキーにもぶつからなきゃいけないんですから。それでまあ、その小説にないものを形にしなければと、僕は新聞配達員の仕事を経験してみました。
アパートの一軒一軒、何百世帯という家に配達します。入り口にこそっと新聞を落とすだけですが、一軒一軒の生活が見えてくるんです。その中味に向き合うわけじゃないけど、想像力を働かせたら、一日のうちに数百軒の家と生活と人生に向き合うことになるわけです。なるほど、これはドストエフスキーだと思いました。
その気持ちが自分で分からないとシナリオも書けないし、映画を作ることもできないじゃないですか。今思い出しても貴重な豊かな経験でした。第1作の「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」はたまたまドキュメンタリーだったけども、元々僕は劇映画の世界に行きたいとずっと思っていた。「十九歳の地図」は、もうこれをやらなければ自分は先に行けない。何としても映画を完成させる。そのぐらい僕にとっては大きな挑戦するべき壁だったのです。
まずは主人公の青年、次に蟹江敬三さんが演じた紺野。3番目にマリア。マリアが一番悩みましたよ。聖と俗を併せ持ったような人物で、小説ではその人格は描かれていない。たまたまテレビで見た、ニューヨークで大きなショッピングバッグを持ったホームレスの女性、時には娼婦のようなこともやっているのかもしれないショッピングバッグレディ、そういうイメージを持ちました。大阪の友人にシナリオを読んでもらったら、沖山秀子さんがいいんじゃないか? と言われて。当時、沖山さんはケガで入院して、もう引退していると思っていたのですが、神戸や大阪のクラブでジャズを歌っていると聞いたので、会いに行ったんです。会った瞬間に、これはマリアだ!と思わせるぐらいの雰囲気を持っていましたね。
主人公の青年を演じた本間優二くんは「BLACK EMPEROR」で既に知り合いだったし、僕から見て、暴走族の少年たちの中でひときわ映画向きだなと思っていました。ただ、主人公は地方から上京した設定なので、微妙な田舎くささを持たせたかったわけです。本間君は東京で生まれ育った人間です。他でオーディションして、いろんな人に会いました。でも、ぴたっと来る人がいなくて。そして、本間君に話したら、最初は断られた。「頑張ってやったら君は立派な俳優になれると思うし、しばらくやったらショーケン(萩原健一さん)ぐらいになれるよ」って言ったら、まあやってみるのも面白いんじゃないかと思ったようで。それで、すぐ荻窪の新聞専売所に10日間の約束で送り込んだんだけど、3日で逃げてきましたね(笑)。
紺野の役は、実は緒形拳さんに断られていて。蟹江さんは蜷川幸雄さんの芝居で見て気になっていたんです。頼んだらすぐOKをもらえました。まあ、とにかくこの映画の中で目立ちますよね、ダメ男を映画の中で息づかせていたと思います。
製作も配給もATGに断られたので、ATGがやってることを自分でやるしかないなと思って自主配給したんですよ。劇場は東映ホールを3週間借りて、映画はヒットしました。すぐ大阪や名古屋など全国に広がって、製作費3千数百万円かかって、回収には2年ぐらいかかりました。大変でしたよ。3000万のうち、1500万出してくれる人がいたのですが、その人の会社が倒産したようで。クランクイン直前になっても一銭もお金が入ってこない。どうしようもなくて、一度製作をやめようと思ったんです。中上さんにもうやめるからって相談したら「俺300万出すよ」と。原作者がそう言ってくれるのだったらやらないわけにはいかないじゃないですか。
でも結局、中上さんには借りに行かなかった。非常に励みになったけれど現金でもらうわけにいかない。映画が完成して上映してお客さんが来れば借金は返せるんじゃないかと思った。
作っている時はほんと目の前のことで精一杯だけど、繰り返し上映されるような映画になればいいなあといつも思っている。昔の映画、溝口や小津や成瀬とか、ハワード・ホークスやヒッチコックなど、素晴らしい映画がたくさんあって、我々はいつまでも刺激をもらえる。もちろん自分にそんな才能があるとは全く思いませんが、映画を作る以上はそんな風にできるだけ長く、くり返し見られるような作品になればいいなあという気持ちだけは持っています。それは願望です。そして、やっぱりスクリーンで見てほしいですね。
若者が大人になる過程でエネルギーの発散の仕方はその時代によって違うかもしれませんが、精神は変わらないのではないでしょうか。顔と顔を見て、身体を擦り合わせるように、手を握ったり、肩を組んだり、そういったスキンシップは人間である限り、重要なこと。それを機械でやっちゃうのは人間であることの退化につながると思う。機械文明がいかに人間を非人間的なものにするかなんてことは、チャップリンとかがはるか昔の戦前に表現していますよね。
僕は茨城県南部の牛堀町の生まれです。60年代から鹿島臨海工業地帯の開発が始まって、農家の人たちにお金が入って廃業したり、スナックやパチンコ屋が急激にできたりしててんやわんやの大騒ぎでした。既に僕は東京に住んでいましたが、帰省する度にその変貌する風景を車で見に行っていた。それで、映画監督になろうという意識を持ち始めた頃から、鹿島を舞台にした映画を1本撮りたいなとずっと思っていました。
長い間いろんなことを考えて、僕の同級生や田舎の家族とか、近辺のいろんなことを見聞きして、エピソードを拾って……覚醒剤とダンプ運転手、それに殺人事件をつなげました。構想期間が長かったので、シナリオはかなり短い期間で書けました。いきなりポンと撮れたんじゃなくて、「十九歳の地図」を作って、機が熟したということもありましたね。
カメラマンはたむらまさきさんですね。やはり田舎の風景を、実に映画的な場所として美しく撮ってくれています。人がそこで生まれて育って死んで……歴史はずっとそういうことを繰り返している。つまり、この土の下には屍が眠っているようなものですよ。それは見えないけれど、感じることができる。だから絵はがきになるような観光名所では撮らないです。浅いものしか出てこない。むしろなんの変哲もないような所に、ふとした所に、映画的な空間が潜んでいる。それを感じ取ったら、ここで撮影しよう、ここで人物たちのドラマを作って……と、メラメラと出てきたらシメたもの。
本当のところ、自分でも分からないです。何でだろう?おそらく幼少から少年の頃の生活に起因するんだろう。真面目で常識的な面と背中合わせに、どこか普通から外れているコンプレックスのようなものがあって、その部分が大人になって、ブラック・エンペラーの少年たちと出会って、一気にそっちの方面へと関心のカジが切られたんだよ。切られたカジを信用し続けて、ずっとアウトローばかりです(笑)。
特集上映は12月4日~30日、新宿K's cinemaで開催。プログラム詳細は公式HP(https://www.ks-cinema.com)で告知する。12月17日(金)18時40分の回上映後、阪本順治監督をゲストに迎え、柳町監督とのトークイベントが予定されている。
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