【コラム/細野真宏の試写室日記】「燃えよ剣」。遂に本年度「日本アカデミー賞の最有力作品」が登場!
2021年10月15日 09:00
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)(文/細野真宏)
まず結論から言うと、本作「燃えよ剣」の出来は非常に良いです。正直、驚きました。
今年は、現時点で、「賞レースに絡むような凄く出来の良い作品が少ない」と思っていたら、突然、大本命が出てきた感じです。
少し前までは「時代劇映画」はそれなりの頻度で作られていましたが、いつの間にか「時代劇映画」は以前と比べると減ってきているように感じます。
それは、時代劇の場合は、現代劇に比べ、セットや衣装、小道具など、手間とコストがかかる分、制作費も高くなる傾向にあります。
その一方で、観客の「時代劇映画」への関心は、やや小さくなりつつあるようで、よほどの作品でないとヒットしにくい現実もあるからでしょう。
とは言え、今年は“「時代劇映画」の変化球的な形”でしたが、人気マンガの実写化で佐藤健主演の「るろうに剣心 最終章 The Final」と「るろうに剣心 最終章 The Beginning」がありました。
この2作品は出来が良かったこともあり「るろうに剣心 最終章 The Final」は興行収入43億円超え、「るろうに剣心 最終章 The Beginning」は興行収入25億円超えと大ヒットをしています。
このように人気マンガが原作だと、客層も幅が広がりヒットも見込みやすくなるのですが、本作「燃えよ剣」の場合は、1964年に発売された司馬遼太郎の歴史小説を原作とした「本格的な時代劇映画」なのです。
しかも、本作の場合は、2017年に公開された「関ヶ原」と同じチームでの製作となっています。
具体的には、配給が東宝×アスミック・エース、原作が司馬遼太郎の歴史小説で、脚本・監督は原田眞人という座組です。
正直に言うと、私は2017年の「関ヶ原」は、あまり面白い作品だとは思えませんでした。
それは、大きく2つの理由があるからだと思います。
1点目は、セリフが聞き取りにくい箇所が散見され、集中力が途切れやすくなってしまうこと。
2点目は、私はそれほど歴史に関心がないため、何が起こっているのかあまり分からず、入り込めなかったこと。
この2点が本作の場合は、どのようになったのかを分析していきたいと思います。
まず、1点目の「セリフが聞き取りにくい箇所が散見」というのは、俳優陣の滑舌の問題ではなく、原田眞人監督作品の特徴のようです。
私がそれを一番最初に実感したのは、2008年の「クライマーズ・ハイ」の時でした。
「クライマーズ・ハイ」を完成披露試写会で見た時には、セリフで引っかかってしまい、評価が「可もなく不可もなく」という感じになってしまいました。
ただ、「推薦コメント」を求められ、あらためて通常の試写室で見直してみると、「あれ?」となりました。
確かに若干セリフは聞き取りにくい部分はあるのですが、それを一旦忘れると、映画としてはとても面白かったのです。
その後、興味を持って原田眞人監督作品を見てみると、どうやら「とことんリアリティーにこだわる監督」ということが分かってきました。
直近の作品では、2018年に興行収入29.6億円の大ヒットを記録した木村拓哉×二宮和也の「検察側の罪人」ですが、この時のセリフは聞き取りやすかったですし「わが母の記」などでもそうでした。
では、どういう時にこれが起こるのか、というと、最大のポイントはリアリティーで、例えば「関ヶ原」の際は“戦国時代の戦い”なので、セリフの聞き取りやすさより「臨場感」を大切にする体感型の作品だったのだと。
「クライマーズ・ハイ」の時も御巣鷹山や山登りなどのシーンで、バックの自然の音も「臨場感」の意味では大切だ、という判断だと思われます。
さらに、原田眞人監督の特徴に「原作至上主義」というのがあるようで、徹底的にリサーチをし、史実を忠実に再現しようとします。
まさに「関ヶ原」の時は、「1600年」という時代を描くので、「原作」に則って、当時の戦国時代の言葉にしたせいで、これもセリフが聞き取りにくい原因となっていたようなのです。
ところが、本作「燃えよ剣」の場合は、江戸時代末期なので、「原作」に則って、かなり現代の言葉に近くなり、聞き取りやすくて分かりやすくなっていたのです!
次に、2点目の「歴史に関心が薄い人は作品に入り込みにくい」という点について。
これは正直に言うと、「関ヶ原」においては、未だに関心が薄いので、私にはまだハードルが高い作品かな、というイメージです。
ただ、本作「燃えよ剣」の場合は、多分その名を一度も聞いたことのない人はいないであろう「新選組」を描いているのです。
まさに「るろうに剣心 最終章 The Beginning」など「るろうに剣心」シリーズでも登場する「新選組」を。
しかも、最初から最後まで「新選組」を描いているのです!
これだけ題材がシンプルなので、予備知識がなくとも自然に入り込めるわけです。
これまで「土方歳三」「沖田総司」「近藤勇」など名前はうっすらと知っていた程度で、いろんな映画で出てくる「池田屋事件」など、正直、そこまで興味がなかったので、私のなかで新選組は「点」(単語)のままでした。
それが本作で、実は「新選組」というのは、幕末のわずか6年しか存在していない刺客集団であり、最盛期には200名を超える規模にまでなっていたことが分かります。
そして、その6年の間にこれだけ多くの出来事が起こっていたのかと、「点」と「点」がつながるだけでなく、「内部抗争」も含め、ようやく「新選組」とは何だったのか、が理解できました。
本作の大きな特徴に、岡田准一演じる「土方歳三」が“ある人”に話す形で物語が進んでいくという構成があります。
この構成から、少年時代に「バラガキ」(触るとイバラのようにケガをさせる乱暴者のガキ)と呼ばれていた「土方歳三」がどのような経緯で農家の子供から武士になっていくのか、「沖田総司」「近藤勇」の背景や「新選組」の成り立ちなどがよく分かるようになっているのです。
以上のように、「燃えよ剣」は「関ヶ原」より焦点が絞りやすく「面白い」と多くの人が感じる作品になっていると思われます。
さて、肝心な興行収入について考えます。
まず、本作の製作費は、「るろうに剣心」シリーズに負けないくらいの金額だと思います。
例えば、「世界遺産」「国宝級建造物」など60カ所という規模のロケ地を含め、徹底的にリアリティーにこだわっています。
「池田屋事件」を再現する際は、通常は撮影所にセットが作られるのですが、本作では滋賀県彦根に全長125mにも及ぶ「街並み」をそのまま作り上げてしまったのです!
しかも、中心となる「旅館・池田屋」は、わざわざ宮大工に完全再現してもらう徹底的なこだわり様です。
さらには総勢3000人を超えるエキストラを動員するなど、一つ一つに圧倒されるクオリティーの作品となっています。
岡田准一を筆頭に、鈴木亮平、山田涼介などの演技も光り、どの面をとっても、今年見るべき作品と言い切れる出来栄えになっていました。
ただ、やはり心配なのは新型コロナウイルスの影響です。
本来は2017年に公開された「関ヶ原」よりは上に行かないとおかしいのですが、「関ヶ原」のコア層であった人たちの動向が未だ見えにくい環境にあるのです。
とは言え、本作の場合は、アクティブな女性層にも広がりがありそうなので、まずは「関ヶ原」の興行収入24億円を超えるくらいは狙えるはずです。
いずれにしても、本作の動向でシニア世代の動きが見える面があるので、ワクチンによる行動変容などを見極められそうで大いに注目したいと思います。
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