原爆から生き延びた体験を映像で再現 被爆2世が父の実話を米国で映画化「8時15分ヒロシマ 父から娘へ」美甘章子氏に聞く
2021年9月19日 08:00
1945年8月6日、広島に投下された原子爆弾を至近距離で被爆した父の壮絶な体験を、娘である美甘章子(みかもあきこ)氏が綴ったノンフィクションを映画化した「8時15分 ヒロシマ 父から娘へ」。広島市の平和教材に採用されることが決定し、劇場公開ではそのリアルな映像表現で注目を集めた本作が、9月24日からシネマ映画.comで配信される。太平洋戦争、原爆投下に関する作品は数多くあるが、この映画は被爆者の体験談をもとに、主に米国のスタッフにより製作された。地獄のような状況にあっても生きることを諦めなかった父の思い、父から娘へ伝えられた「許す心」と平和へのメッセージを描き、ハリウッド映画化への準備も進められている。自らエグゼクティブプロデューサーを務めた美甘氏に話を聞いた。(取材・文/映画.com編集部)
「家族が広島で被爆したからアメリカに行きたい」と考えたことはありません。祖父の福一に会ったことはありませんが、父、進示の話から、祖父はとても物事の視野の広い人だったと聞いています。私も父から目の前のことだけではなく、世界を広い目で見なくてはいけないと教えられてきたのです。アメリカに行くようにとは言われていませんが、英語をしっかり学び、世界の文化を学んで、違う文化や信条の人達との橋渡しのような人間になってほしいということは小さい頃から言われていました。
父が探してくれた英語の家庭教師の先生が素晴らしい方だったので、その経験がなければ留学に興味を持たなかったと思います。家族の戦争の経験ということとは別に、アメリカのテレビや映画「ベスト・キッド」などを観たり、高校生が遊園地でデートする……など、普通のティーンエイジャーらしく、そういった自由な空気に憧れがありました。そして、世界に出てみたいという思いと、心理学の分野はアメリカが一番進んでいたことが留学を決めた理由です。
戦後65周年にあたる2010年から、私は「サンディエゴ・ウィッシュ:世界平和を願う会」という平和団体を作って活動を始めました。その式典にはアメリカの地方のテレビ局も取材に来てくれました。犠牲者の冥福を祈る、ということだけではなく、長崎を最後にこれまで65年間核戦争がなく、核兵器が使われなかったことに感謝する、という前向きなテーマで式典を行いましたが、「ヒロシマ」という言葉を聞いただけで、条件反射のように「真珠湾は?」「南京は?」「日本軍もひどいことをしていたので自業自得だ」「3発目も落としてやればよかった」……そういったコメントがネットに300近く寄せられました。ただ、その中に「そんなことを言うからアメリカは嫌われる」「どちらか始めたかとか、良い悪いではなく、人類のことを考えると原爆投下を誇りに思うのは違う」という声があり、そこに私は希望を見出しました。
ヒロシマに関する講演や文章を発表すると、今でも主に保守的な州の人達から同じようなコメントが出てきますが、若い世代は、太平洋戦争での家族の直接の体験がないので、もう少し客観的に見ているように感じます。アメリカの多くの学校では、「日本人は全くコントロールできず、一億玉砕と言うので、本土上陸を避けるために原爆は仕方なかった、原爆が日本人を救った」という教え方をされています。しかし、30代以下を中心に、私の話を聞いたり映画を観て、そんな単純なことではない、二度とあってはいけないこと、と考える世代が増えています。
一番の理由は、平和の大切さ、核兵器があってはいけない、ということを若い世代に訴えたかったからです。今はネットでいろんな情報が出てきますし、YouTubeなど動画サービスの隆盛で、若い世代はなかなか本を1冊読破するということをしなくなっている。ですから、そういう人たちに観ていただくことを前提に製作しました。今も世界で戦争やテロでお互いに敵討ちをやっている状況です。国同士の争いというスケールではなくても、家族や友人関係、職場など、被害者になって辛い思いをしている方はたくさんいる。ですからいろんな面で、すべての場所、レベルで自分の心を自由にするため、逆境にあっても生き抜く強さと許す心を養ってほしいのです。
ただ怖がらせるだけのホラー映画のようになるのはもちろんよくないですが、見なければいけない、他の誰かにも見てほしい、そういう作品でないと意味がないと思い、やけどの描写をリアルにしました。予算も時間もなく、急ピッチで作りましたので、きっちり準備する時間がなかった中、一番こだわったのが顔と腕の部分のやけどです。そこはなるべくリアルにやってほしいと、特殊メイクの担当や監督に様々な資料を渡しました。父は幸いケロイドにはならなったのですが、広範囲にやけどをしましたし、その描写から、当時の様子をリアルに再現してもらいました。
本に書いたことがすべて実話で、それがドラマのようだったのです。大げさにしたり脚色したようなことはなく100%ノンフィクション。それでも本には父から聞いたことの20分の1くらいしか書けていませんし、映画はさらに20分の1くらいしか入れられていない。でも、あの状況を生き抜いたということ自体が非常に劇的、奇跡的なことだと思います。J・R・ヘッフェルフィンガー監督、プロデューサーのニニ・レ・フュインは、もちろんこれまで核兵器は良くないと考えていたけれど、私の本を読み、こういった人間ドラマを聞いたことがないし、ぜひ世界に出したいということで全面的に協力してくれました。とても大変でしたが、多くのアメリカ人スタッフが多大な熱意をもって制作に参加してくれたのです。
昔から、アメリカ、原爆にかかわらず、社会に貢献することが大事だと育てられましたので、私が本を出した時も、映画を作るということも喜んでくれました。父は昨年10月に94歳の人生に幕を下ろしたのですが、5月頃から衰弱し、言葉を発するのも難しい状態でした。私はその間に病院に通いながら、この映画のポスプロ、編集などをニューヨークとロスと日本とのリモートで行いました。最終版ができた頃、父は意識が朦朧としている中で、一度だけベッドから起き上がって、ポスターを見たのです。クレジットを指でなぞりながらうなずいていました。完成版は、私が持ち込んだPCで病室で見てもらいました。感想が話せるような状態ではなかったのですが、福一が進示に「ぜったいにあきらめるな」と語るシーンを、音を大きくして流した時には、スーッと涙が流れていました。言葉で感想や批評を述べたりはできませんでしたが、映画が完成したことはわかったと思います。
やはり核戦争の恐ろしさ、絶対にあってはいけないことを強く伝えられましたし、祖父や父が頑張ったからこそ今があることを私も娘も息子も感謝しています。だからこそ、自分の人生を大事に、与えられたチャンスを大事にしなければならない。確率的にはなかったチャンスを与えられたのだからこそ、社会に貢献したいと、娘はアフリカで黒人女性の起業をサポートする会社を立ち上げました。二重に差別されている人たちに貢献したいと、私よりも頑張っています。父のインタビューシーンを撮影した息子はフルタイムで働きながら大学院に通い、地球全体を考える環境問題に関心を持っています。息子の日本の名前は丈示(ジョウジ)。父が名付け親です。父の子は私を含め女3人だったので、男の孫がうれしかったようで、丈夫で強い子にという思いを込めて、自らの名前から「示」という漢字も授けてくれました。
喜んでくれていると思います。福一は大昔の人ですが、先見の明があって、戦前から「豆腐は安い食べ物でみな馬鹿にするけれど100年後には世界で人気を博す食品になる」と言っていたそうです。父の進示はどちらかというと気弱でコツコツ物事を進めるタイプなのですが、福一はスケールが大きい人だったので、私は会ってみたかったです。
この映画をすべての人が見なければいけないということではありませんし、やけどの描写をお子さんが見る際には親御さんが判断されればいいと思います。多様なものの見方がありますし、人間それぞれの感覚があるのは当然です。ただ、パッと表面的なことだけ見て条件反射のように否定的な事を仰る方は、全体像を掴み取る前に、戦争の映画、被爆者の映画というのはこういうものだ、という既存の判断が先に出てしまっているのではないでしょうか。私は少しでも多くの方に、先入観を持たずに見ていただければと思うのです。
YouTubeの予告編がびっくりするような再生回数になりましたが、コロナ禍ということもあり映画館にはなかなか行けない……という方はたくさんいらっしゃると思うので、ぜひ配信版で全編を観てほしいです。51分と短い映画なので、大作のように構えず、空き時間に見るドラマ感覚で鑑賞できると思います。こういったことが現実にあったのだと知って、自分の生活の中で何ができるのか考えられる作品です。既に鑑賞した若い方たちから、もっと詳しく知りたいと思うようになったという意見もいただきました。
戦争や原爆は他人ごとではありません。とある若者は、原爆投下はフランス革命と同じくらい遠いことだと思っていたけれど、自分たちにも関係あることだと理解してくれました。もちろん明日核戦争が起こることはまずないでしょうが、人間同士がお互いの違いや多様性を理解せず、いがみ合いを続ける限りはいつか大きなことが起こります。まず、自分の生活、家庭や学校や職場など身近なところから、こういう生き方、考え方があって、みんなが幸せな方に前進できるという考えを掴んでほしい。そして、この映画を観て、原爆や父の生き方に興味を持っていただけたら、ぜひ本を読んでみてください。本には心の機微や当時の様子がより詳細に書いてあります。もちろん本を読まなくても、映画から受けたメッセージを自分の生活に取り入れ、話題にしてほしいです。
執筆者紹介
松村果奈 (まつむらかな)
映画.com編集部員。2011年入社。
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