【NY発コラム】V・キルマーの人生を紐解く「Val」 兄との死別、「トップガン」「D.N.A」の知られざる秘話
2021年8月28日 09:00
ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。
「トップガン」の若手パイロット・アイスマン役で注目を集め、「ドアーズ」(ジム・モリソン役)、「バットマン・フォーエヴァー」(ブルース・ウェイン役)、「ヒート」(クリス・シヘリス役)などに出演してきた実力派俳優バル・キルマー。今回取り上げさせていただくのは、彼の実像に迫ったドキュメンタリー映画「Val(原題)」だ。映画スタジオ「A24」が製作し、全米ではAmazon Prime Videoで配信がスタートしている。
2014年、咽頭がんを告知されたキルマー。本作では、自身が子どもの頃から撮影していたホームビデオを通じて、カリフォルニア州で暮らしていた頃に経験した兄の死、ジュリアード音楽院時代の日々に加え、「トップガン」「ドアーズ」「ヒート」などの話題作を経て、演技派としての地位を確立していく様子を活写。あくなき探求心で役柄を得ていく姿を、撮影現場での葛藤とともにとらえている。今回は、共同で監督を務めたレオ・スコット、ティン・プーにインタビューを試みた。
咽頭がんを患ったキルマーは、治療のおかげで体調は回復したものの、いまだに話すことが困難な状況だった。そんな彼が、これまで以上に“自身の話”を人々に伝えるために想いを込めたのが「Val(原題)」である。企画はどのように始動したのだろうか。
スコット監督「実は、本作の制作を開始する前から、既にバルとは仕事をしていました。最初に会ったのは、今から10年くらい前のこと。彼が手掛けた一人芝居劇のプロジェクト(題材はマーク・トウェイン)を手助けしたんです。その時から、彼がいかにマーク・トウェインというキャラクターを作り上げたかを撮影し始めていました。その時、我々は“演技と役柄を構築する過程”について話し合うつもりでした」
スコット監督「そして同時期に、彼が保管していた古いVHSのホームビデオやフィルムを復元して、デジタル化するように頼まれていました。彼は僕を雇い、2015~16年の約9カ月間、僕の家のガレージで、そのデジタル化の作業をしていました。ちょうどデジタル化が終わった頃、彼のマーク・トウェインのプロジェクトは(咽頭がんの影響で)停止しなければいけませんでした」
プロジェクトの頓挫から数年後、スコット監督は、制作パートナーとなるプー監督から声をかけられた。彼女が提案したのは、バルが保管していた映像を基に「何かできないか?」というもの。プー監督は、その際に、長編ドキュメンタリー化した場合のトーン、構成が把握できる映像を、3分間にまとめて見せたそうだ。
キルマーには、ウェスリーとマークという2人の兄がいた。ウェスリーは15歳の頃、てんかん性の発作によって、ジャグジーで溺死。この事件はキルマーにとって、大きなトラウマにとなった。
プー監督「あの事件は、彼と、彼の家族全員にとって、非常にトラウマとなる経験でした。兄ウェスリーはバルにとって、多くの意味で気の合う仲間。ウェスリーは、小さい頃から家族が所有する牧場で撮影を行うほど映画監督としての才能があったんです。バルが“演技の道”を選択していた時も、ウェスリーは監督として傍にいて、親友のような関係を保っていたんです。映画でもわかるように、(ウェスリーの死後)バルはすぐにジュリアード音楽院に向かい、自身のクリエイティブな一面を掘り下げていきました。それはある意味『対処メカニズム』のようなものだったと思います。今作では、彼自身が体験する葛藤や困難の後に、俳優として、あるいは芸術家として、いかに創造性を取り戻すことができたかをとらえています」
「Val(原題)」で驚くべき点は、「トップガン」にオファーされた当初、脚本の出来を理由に出演を疑問視していた点だ。実際には、スタジオとの契約の都合上“出演はしなければいけない”という状況だったそうだ。
スコット監督「今では『トップガン』に関わったことを本当に感謝していると思います。あの映画で印象的な演技を披露し、彼のキャリアにおいても重要な部分になったはずだからです。当時、彼が議論の的に挙げたのは、戦争を挑発するような内容だった点。製作後のことはどうなるかわかりませんでしたし、その場で結論を下さなければいけませんでした。それにトム・クルーズ、のちにスターとなる他の俳優(アンソニー・エドワーズ、ティム・ロビンスなど)も、当時は有名ではなかったですし、これほど象徴的な映画になるとは思ってもいなかったはずです。既にスターダムを駆け上がり始めた頃でもありましたし、その他にも、きっとさまざまなオファーがあったのかもしれません。しかし、彼はトニー・スコット監督と事前に会ったことで気持ちに変化が生じたんです。スコット監督の興奮を感じとり、撮影についての説明を受け、それらに魅力を感じ、参加に至ったんだと思います」
さらに注目すべきポイントは、「フルメタル・ジャケット」(スタンリー・キューブリック監督)、「グッドフェローズ」(マーティン・スコセッシ監督)に出演するため、キルマーが自身でオーディション用のテープを作成し、製作陣に送っていたというもの。この試みは、当時の俳優たちの間では常識的なことだったのか。はたまた、キルマーがホームビデオの撮影に慣れていたためにとった独自の手法だったのか。
スコット監督「当時、オーディションテープの作成がどれほど一般的だったかはわかりません。もし仮に一般的だったとしても、そのテープを作るのに、多くの考えと努力を注ぎ込むというのは普通のことではなかったはずです。バルがテープに収めた映像は、ただ単に、自分の部屋で脚本のセリフを読むというものではありませんでした。短編映画のようなものを作りあげ、それを送っていたんです。カメラポジションに角度をつけてみたり、道路で撮影しているものもあります。特にすごかったのは『フルメタル・ジャッケット』用に送りつけたオーディションテープ。彼はカリフォルニア州の沼地で、戦闘服を着て撮影を行っていました」
「D.N.A.」では、マーロン・ブランドと共演を果たしたキルマー。その際、監督のジョン・フランケンハイマーと揉めてしまったことで、ハリウッドではメディアによって“難しい俳優”というイメージが植え付けられてしまった。だが、この印象については、多くの共演俳優が否定している。
スコット監督「元々『D.N.A』自体、かなり問題を抱えたプロダクションによる作品で、それは当時も有名なことでした。ただ、バルは、人生を通して、ずっとマーロン・ブランドと仕事がしたいと感じていたんです。だからこそ、彼は『D.N.A』にかなり高い期待を寄せていたんだと思います。ですが、色々な面で不運な作品となってしまいました。『Val(原題)』で我々が見せようとしていることは、映画業界が必ずしも最高の俳優だけを望んでいただけでなく、1990年~2000年にかけては、映画業界がより働きやすい人々を求めていた変化の時期だったという点です」
プー監督「私たちは、バルが体験したことを通して、当時の状況を見せています。確かに『D.N.A』は、現場にいた誰にとっても困難な作品でした。人に害を及ぼすような環境のセットで有名でしたね。映像を提供することで、観客には“そこにいた感覚”を味わって欲しかったんです。あのような大作が、予想できぬ方向に向かってしまうということを。レオが言った通り、ブランドはバルの生涯を通じて、彼のヒーローでした。その特別なセットでの経験は、バルにとっては本当に悲惨なことだったんです。幼い頃からブランドとの仕事を望み、あれが最初の機会だった。でも、その現場は創造的な活動ができないほど、手に負えない状況。胸が張り裂けそうな思いだったはずです」
個性的な演技で、映画史に名を刻んだ俳優バル・キルマー。彼を知るうえで「Val(原題)」は至極の1本と言えるだろう。
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