【「スーパーノヴァ」評論】2人の人気俳優が繊細な表情一つ一つでストーリーの行間を埋め尽くして行く
2021年7月4日 09:00
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キャンピングカーの運転席と助手席に隣り合わせて座る男たちが、イギリス北部のハイランドを徐々に北上している。車のギアを使うか使わないか? カーナビに頼るか頼らないか? 些細なことでいちいち意見が異なる2人だが、そんな諍いが日常茶飯事だということ、そして、彼らは付き合いが長く、何よりも互いに深く愛し合っていることが、冒頭の数分間で説明される。やがて訪れたドライブイン・レストランで、片方がどうやら重い病に冒されていることも分かる。それが脳と記憶を蝕んでかなり深刻な状態にあることも。
脚本はやや凡庸かも知れない。しかし、演技がそれを肉付けして行く。2人の人気俳優が繊細な表情一つ一つで行間を埋め尽くして行くのだ。自分の死が近いことを知っても、悲しみを押し隠そうとする作家のタスカーを、スタンリー・トゥッチ。どんなに相手を労り、愛しんでも、残される身の恐怖から逃れられないピアニストのサムを、コリン・ファース。映画の命とも言えるこのキャスティングに不自然さはない。かつてファースは「マンマ・ミーア!」(08)や「シングルマン」(09)で、トゥッチは「プラダを着た悪魔」(06)や「バーレスク」(10)で、各々ゲイのキャラクターを演じたからだけではない。病魔に蝕まれたその上半身にまだ少し筋肉の名残があるタスカーと、自身もマッチョで端正なルックスをキープしているトゥッチとは、似たような美意識を共有しているように思える。一方、タスカーに翻弄され、怒りと赦しの間で激しく揺れ動くサムの優しさとあどけなさは、やはりファースの個性ありきの役どころだろう。
そうして、キャンピングカーはサムの実家を経由して、ハイランドのさらに上へとハンドルを切って行く。果たして、2人の思い出を辿る旅は、そして、別れを覚悟した旅は、旅路の果てに観客の記憶に何を刻みつけるのか?
そこに、答えがある。死は誰にでも平等に、着実に、容赦なく訪れ、人々の前から愛する者たちを奪っていく。それは決して抗えないこの世の掟である。しかし、掛け替えのない時間を共に過ごし、死の間際まで側に寄り添い、肌の温もりを感じ合える相手と巡り会う幸運は、限りある時間を生きる我々人間に与えられた最大のアドバンテージ。それを手に入れずして、いったい何の意味があるというのか? キャンピングカーのキッチンに立つサムを、ソファーに体を横たえ、愛おしそうに眺めるタスカーが見せる、ほんの一瞬の笑顔は、そう訴えかけて来るようだ。
依然続くパンデミックの最中で、人との出会いや触れ合いを欲している人々の心に、その笑顔はどのように映るだろうか?
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