32歳シングル女性が性差別やルッキズムと闘う「ペトルーニャに祝福を」 小津作品から学んだ北マケドニアの監督に聞く
2021年5月23日 11:00
旧ユーゴスラビア、現北マケドニアの小さな町を舞台に、女人禁制の伝統儀式に参加してしまった女性が巻き込まれる騒動を、オフビートな笑いで描き、性差別やルッキズムの問題を軽やかかつ痛烈に風刺し2019年・第69回ベルリン国際映画祭コンペティション部門エキュメニカル審査員賞ほかを受賞した「ペトルーニャに祝福を」が公開された。テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ監督が作品を語った。
実家暮らし、32歳のペトルーニャ。大学卒業後も仕事はウェイトレスのアルバイトしかない。ある日、主義を曲げてのぞんだ面接でも、セクハラを受けたうえに不採用になってしまう。その帰り道、ペトルーニャは地元の伝統儀式に遭遇する。
2014年1月19日に、この映画の撮影をした町シュティプで行われた宗教的な伝統儀式「神現祭」の時に、ある女性が十字架を勝ち取ったことに対して、「女性に十字架を取る権利は無いから、彼女が十字架を持っていることはできない」と、町が反対しました。それに対して彼女は、「誰よりも私が早く泳ぐことが出来たわけだし、私も1年を幸せでいる権利がある」と言いました。町と彼女との間で、数日間、そのやりとりが続き、最終的には彼女が十字架をキープしました。メディアに対して、「これからもマケドニアで、女性が川に飛び込んで十字架を取ってほしい」と彼女は言ったのです。
私にとって信じ難かったのは、この勇敢な行動をした女性に、マケドニアのメディアがほぼノーリアクションだったこと。ちょっと笑える話のように報道されて、彼女の行動が意味することにリアルなディスカッションが一切なかったのです。私たちはとても残念に思いました。アーティストは変化を起こすためにアートを作っていると私は思います。アーティストである自分たちは、彼女が達成することが出来なかったのであれば、作品を作ることでリアルなディスカッションをしてもらえるのではないかという気持ちが、この映画を作りたかった理由のひとつです。女性たちが置かれている状況、そして宗教の偽善的な側面であったり、教会の立ち位置といったことを含めてです。
ペトルーニャ自身がひとつひとつの妨げになる壁を乗り越えていくたびに、自分というもの、また、自分が誰なのかということが少しづつ確立されていきます。壁にぶつかるたびに、自分の持っている力、自分がどんなことを成し遂げられるのかということに気づいていくという過程を描いているのです。ドラマツルギー的に分析すると、彼女の成長の中にはたくさんのステップがあります。最初の登場シーンでペトルーニャは、ベッドのシーツの下に潜り込んでいて、食べ物も母親が持ってきてくれる。そして「役立たず」と言われ、次の瞬間には母親から「25歳だと言いなさい。本当の年齢は言ってはダメ」と言われるのです。つまり、自分の置かれている状況のために被害者になってしまっているペトルーニャというものが、そこで明らかになるわけです。
ペトルーニャが解放されていく、あるいは自由を勝ち取って行く、最初の瞬間というのは、私は工場の面接のシーンだと思っています。彼女の自由解放のスタートだったのです。彼女は、そこで初めて怒りを感じるわけです。倫理的にも道徳的にも自分には受け入れられないと感じ、次の瞬間、十字架を取ろうと川に飛び込むことに繋がって行く。そして、母親にがっかりしてしまう瞬間というのが、次の成長のステップだと考えています。警察を呼んだのが自分の母親だということ、そして、連行されて警察には行くけれども、自分の主張は正しいということに最後まで寄り添うと決めた瞬間でもあります。
次のステップは、スラビツァから与えられます。ペトルーニャを留める権利は警察には無いということを教えてくれる。そういった沢山のステップを踏んでペトルーニャの成長が描かれます。これは、ドラマツルギーに長けている共同脚本家のエルマ・タタラギッチのおかげです。セリフ、ドラマツルギー、それから映画的なフォルムも映画の成り立ちには大切です。だからこそ、ペトルーニャがカメラに向かい、観客に何かを言ったり、見たりするシーンが何回かあります。彼女が自分の力を自覚し、自分自身の解放、自由を得ていく過程を、ここまで進歩したということを見せるために、そのような瞬間を折々に入れています。
パンクロックのバンド、デルカ(DERKA)の音楽を使っています。解放を求めるペトルーニャの気持ちを表現するのに、デルカの音楽のエネルギーとクリエイティビティがぴったりでした。ペトルーニャの核となる怒りやフラストレーションをすごく表現している楽曲だと思っています。
実は、私は小津安二郎が好きで、全作品を見ていますし、細かく作品の分析もしています。そのパターンのようなものが自分の中に素地としてあります。日本の文化では、そういったパターンやデザイン性が大切であることをよく知っています。色彩やパターンのようなものは、私の映画では、どのフレームも一つの絵画のような形で作っています。一つの画の中に、どの部分を前に押し出して、どの部分を消して、照明はどの部分にあてるのか、そういったことを非常に慎重に計算しています。
色彩、照明、そのパターン、そういったことを、ひとつひとつの画において全て私が選択しています。ペトルーニャの衣装についても、もちろん同じです。このシーン(写真)は、背景が森なので、彼女が森の一部になるような衣装の柄を選びました。キャラクターがその瞬間に経験していることを伝えるために全ての選択をしています。そうすることで、より深遠な体験を観客にしてもらえると思うからです。
ただし、製作予算というのは多くはないので、全て決め込んで撮影して行かなければならない。もちろん偶然に何か良いことが起きたらそれはそれで嬉しいですけれど。限界がある状況というのは、逆にクリエイティビティに繋がる、つまりクリエイティブな解決法を見つけるきっかけになるから、そのような限界がある現場というのは私自身は好きです。
確実に影響を受けたのは、イングマール・ベルイマン、ミケランジェロ・アントニオーニ、アンドレイ・コンチァロフスキー、小津安二郎です。とりわけ小津作品のお気に入りは「東京物語」と「早春」です。旧ユーゴスラビア時代に育ったなかで、毎週金曜日に公営テレビで夜11時から、いわゆる名作シネマを放映していたんです。ベルイマンの「野いちご」やフェリーニの「8 1/2」などの世界の名作に触れる機会があったんですよね。すばらしいクオリティの文化的なものに触れるきっかけがあったのと、父がマカロニウェスタンを好きだったので、家族が集まる時はいつもマカロニウェスタンを見ていました。
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
第86回アカデミー作品賞受賞作。南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記を、「SHAME シェイム」で注目を集めたスティーブ・マックイーン監督が映画化した人間ドラマ。1841年、奴隷制度が廃止される前のニューヨーク州サラトガ。自由証明書で認められた自由黒人で、白人の友人も多くいた黒人バイオリニストのソロモンは、愛する家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白人の裏切りによって拉致され、奴隷としてニューオーリンズの地へ売られてしまう。狂信的な選民主義者のエップスら白人たちの容赦ない差別と暴力に苦しめられながらも、ソロモンは決して尊厳を失うことはなかった。やがて12年の歳月が流れたある日、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。アカデミー賞では作品、監督ほか計9部門にノミネート。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞した。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。