高品質の物語をコンスタントに生み出すライターズ・ルーム方式とは
2020年8月22日 14:00
[映画.com ニュース] ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの業界用語を通じて、ドラマ制作の内部事情を明かします。
アメリカのドラマを見慣れた人なら、同じドラマでも、エピソードごとに異なる脚本家の名前がクレジット表記されていることに気づいているかもしれない。アメリカでは、日本のように全話をひとりの脚本家が執筆するのは非常に稀で、たいていはエピソードごとに脚本家が違っているし、1話に複数の脚本家の名前がクレジットされていることも多い。
たくさんの脚本家が入れ替わって執筆しているのに、どうしてアメリカのドラマは統一感を維持できるのだろうか。たとえば、同じレシピでも料理人によって違った料理に仕上がることがある。包丁さばきや調理の温度、盛り付けや手順の違いが出てくるからだ。
ドラマの場合は、レギュラーの登場人物や基本設定が決まっていても、エピソードで発生するイベントの種類やそのタイミング、舞台やゲストキャラなど選択肢がたくさんあるから、執筆する人によってまったく違ったテイストの作品に仕上がりそうだ。だが、「ウォーキング・デッド」のどのエピソードを見ても視聴者は違和感を感じないだろうし、「SUITS スーツ」や「グレイズ・アナトミー」でも変わらない。それぞれ、視聴者がそのドラマに期待しているものをきちんと提供してくれるばかりか、シーズンを通じたストーリーラインもきちんと貫かれている。毎回違った人が脚本を執筆しているのに、どうしてこんな芸当ができるのだろうか?
その秘密は、「ライターズ・ルーム」にある。ライターズ・ルームとは、文字通り、脚本家が会議を行う部屋だ。ドラマを執筆する脚本家はライターズ・ルームに集い、シーズン全体のストーリー展開から各エピソードの構成まで決めていく。労働時間はまちまちだが、便宜上、平日の9時から5時まで会議室にこもってディスカッションする姿を想像してもらっていい。ドラマの執筆に関わる脚本家は単独でそれぞれのエピソードを執筆しているのではなく、その前にライターズ・ルームで徹底的に話し合いをしているのだ。
ストーリーを開発することを、テレビ業界ではbreak a storyと言う。これはbreak groundという建築用語がもとになっている。文字通りの意味は「地面を掘る」で、転じて「耕作する」、「事業を始める」となる。物語作りは家屋の建築に似ている。図面を作成せず、しっかりした土台も作らずに、漠然としたアイデアを頼りにいきなり着工したら、おそらくろくな家屋にならない。結果的に立派な屋敷に仕上がったとしても、試行錯誤をくり返さなければならないから、とてつもない時間がかかる。1シーズンに22話前後のエピソードを生産しなければいけないアメリカのドラマ(ネットワーク局のドラマの場合)において、この方法は効率が悪すぎる。そこで、複数の脚本家を一堂に集めて、物語の基礎にあたるストーリー構成を一緒に作り上げる。彼らが集う場所こそがライターズ・ルームなのだ。
ライターズ・ルームにおいて、脚本家たちはどのように物語を作り上げているのか? 「X-ファイル」に脚本家として参加し、その後、「ブレイキング・バッド」の企画・制作総指揮を務めたヴィンス・ギリガンは、エミー賞を主催するテレビジョン・アカデミー向けの動画インタビューで、ライターズ・ルームの内情について明かしている。ギリガンによれば、ライターズ・ルームに必要なのはコルクボードと大量のインデックスカード(情報カード)と画鋲とマジックだけだという。
「たとえば、『X-ファイル』の新しいエピソードを考えるとする。古代インカのミイラを題材にするというアイデアが決まっていたら、まずはティーザー(オープニングタイトル前の導入部分)で何を見たいか、もっとも怖いのはなにかと、みんなでアイデアを出し合っていく。そして、決まったことをインデックスカードに書いてコルクボードに貼り付ける。ひとつのカードがワンシーンというわけではなく、物語に欠かせないビート(出来事)だ。同じことを、Act 1(第1幕)、Act 2(第2幕)、Act 3(第3幕)、Act 4(第4幕)とやっていく。この作業が終わるころには、コルクボードがインデックスカードで埋め尽くされることになる」
ひとつのカードは物語の最小単位で、家屋を作るためのコンクリートブロックだ。テレビドラマの構成(「ブレイキング・バッド」や「X-ファイル」はティーザーを含めた5幕構成)に従って、脚本家たちはアイデアを出し合いながらブロックを積み上げていく。コルクボードが埋め尽くされたとき、エピソードの骨格が完成したことになる。
なお、最良の構成を追求して話し合いを続けるので、「ブレイキング・バッド」の場合は1話に2週間以上かけたという。エミー賞を総なめにした同作は、このような地道な作業の積み重ねで成りたっているのだ。一方、「すでにアウトラインが出来て、次になにが起きるか分かっている」から、脚本執筆はとても簡単だと、ギリガンは言う。「セリフを膨らませたり、新たな思いつきを入れる要素はあるけれどね」
ライターズ・ルームのメリットは、複数の脚本家の英知を結集して、効率良くストーリー開発ができるだけではない。ライターズ・ルームにいる誰もが各話のすべてのビートを理解しているから、脚本を執筆できるのだ。キリガンいわく、「だから、たとえ(あるエピソードの執筆を任された)脚本家がバスに轢かれても、他の誰かが引き継ぐことできるんだ」。ドラマに参加するすべての脚本家がライターズ・ルームにおいてストーリー開発を一緒に行っているからこそ、誰が執筆してもドラマの統一感が維持されているのだ。
なお、ライターズ・ルームに参加する人数はドラマによって異なるが、ざっくり10人前後と考えればよい。そのなかにはエピソード執筆を任されるベテランの脚本家もいれば、新人のスタッフライターもいる。彼らに活発な意見交換を促し、最良の意見を採用するのがショーランナーの腕のみせどころとなる。一方、参加する脚本家も、エゴを捨てて、その番組にとって最良と思えるアイデアを出していく姿勢が求められる。
テレビ界では古くからあるライターズ・ルーム形式だが、最近は映画界でも採用されている。ジェームズ・キャメロン監督は、「アバター」の続編3作品(その後、さらに「アバター5」が追加されている)の脚本のために、ジョシュ・フリーマン(「ターミネーター ニュー・フェイト」)、リック・ジャッファ&アマンダ・シルバー(「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」)、シェーン・サレルノ(「アルマゲドン」)という4人の脚本家を集めた。それぞれ個別に脚本執筆を依頼する前に、ライターズ・ルームを立ち上げたと、ロサンゼルス・タイムズに語っている。
「5カ月間のあいだ、毎日8時間を費やして、一緒に3作品のすべてのビートを考えていった。3つの映画が3部作として繋がるようにね。そして、最終日までそれぞれにどの『アバター』の脚本執筆を依頼するか言わなかった。そのおかげで、みんなが3作品ぜんぶに没頭してくれたんだ」
ほかにも、ライターズ・ルーム形式でのストーリー開発は「トランスフォーマー」や「スター・ウォーズ」で行われているという。フランチャイズ映画がハリウッドでもてはやされ、シリーズものをコンスタントに生産する必要が出てくると、個の才能に依存するやり方は効率が悪い。脚本家を集めて、一緒にbreak a storyをしたほうが、高品質のものを次々と生み出すことができるというわけだ。
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